第247話・復讐の最善
惜しみ無く注ぐ、高城家の光り。
高城家の人々は消えていく、そんな感じがした。
実母も実兄も、そして難癖あった後妻も。……そしてこの家の主も。
提携経営契約解消、次期後継者の結婚、と重なり
英俊は、肩の荷が下りたと言わんばかりに、別荘の地で羽を伸ばし始めた。
此処に訪れた人々は、全て偽善者だ。
高城家は偽りの涙を流しても、本物の涙は現れない。
だからなのか、此処に訪れる人は“偽善の演者”と思って生きてきた。
けれども現在、母と兄の仏壇の前に座る、
”彼女“だけは、偽善者に見えないのは不思議だ。
理香は礼節を備え、静かに優子と和久に対して、
線香を上げ、静かに目を閉じ手を合わせている。
彼女の真意は分からない。
けれども、その真摯で、
静かに祈りを捧げるその姿に偽善者の色は見えない。
理香の振る舞いと祈りに、心無しか写真の二人が、微笑んでいる気がした。
高城家は冷たい冷気を放っている筈だ。
キッチンに貸して欲しい、と言い、芳久は快く許諾した。
彼女は持っていた生け花を見ながら、彼女の傍に立ち、彼女の手許を見た。
「何を作っているの?」
「…………ドライフラワー」
水の中に花が沈む。
水中の中で淡く揺らいで咲く、水の氷の様に冷たい。
その慎ましやかに咲く花を見下ろしながら、理香は、過去の自分自身の様だと思った。
絶望の中の水に落ちた花の存在を、その名を
芳久は分かり思い出した。理香が作っているもの。
水の中で凍えている花言葉を思い出して、確かと思う。
「花と人間って、同じだと思ってる」
「………どうして?」
「儚いでしょう? 人間もそう。命は尊いものなのに、何処か呆気ない。
壊れてしまうのも、消えてしまうのも一時の様で一瞬だから………」
確かに生命は、刹那的だ。
心身共に尊く儚く、たった一つのもの、きっかけが、
その人物を心意を光りに、又は闇夜に染め、染まり
左右されていく。
幸福か不幸かなんて他人が決め付けるものではない、
きっとその人物自身が決めていくのだろう。
(けれども淡く茫洋としていても、
この一時が長く続いていけばいいのに)
手入れされた
背に流された髪と、その華奢な後ろ姿を眺めた。
母親と同様、それ以上に、薄幸で儚げな彼女。
(彼女にとっての最善、とはなんだろう)
慎ましやかでも、静かな雨音の様に
こうやって傍に居て過ごしていけないだろうか。
彼女を見守りたい、という庇護欲は、単なる我が儘なのだろうか。
(けれども淡く茫洋としていても、
この一時が長く続いていけば、いいのに)
彼女が望むもの。
自身の共に隣り合わせに過ごした孤独共に生きること。
せめてもの彼女を平穏を願うのなら、この気持ちは間違えている。
一人の欲深き女に
両親を奪われ、抗えないまま母親の最期を見届け、
偽りの娘として過ごし、その女の全てを奪い、復讐を果たした。
母親と同様、それ以上、薄幸で儚げな彼女。
彼女の最善は、自由の身として解放すること。
「………理香、」
「……………?」
そう呼び掛けて、
此方を振り向いた彼女の美しさに、芳久は息を飲んだ。
「ありがとう。母さんと兄さんに、ここまでしてくれて」
「………いいえ。私自身がしたかった事なの。気にしないで」
『契約結婚を、解消しようか』
そう言いかけて喉元まで、止めた。
責任放棄も甚だしい。結局は自分自身も彼女の存在を利用しただけではないか。
それに、彼女の物憂げさと儚げさな雰囲気と
共にある危うさを目の当たりにして、手放してはいけない。
言葉には出来ないが、自然とそんな気して
彼女を孤独の海に放り出してはいけない気がした。
(結局は、俺も最低で最悪の人間だ)
根本的に変われない。
高城家の血が流れている冷酷非道なのだと実感させられた。
「恐らく精神的なショックが影響しているのかと」
「………そうですか」
あの時、
意識を喪ってから、理香は意識不明に陥った。
だが眠るその端正な顔立ちは、儚い雰囲気を纏い
何処か心穏やかに、安らぎのある面持ちを浮かべながら固く瞳を閉じている。
あの日、あの瞬間から、
まるで時が止まった様に彼女は動かなくなった。
「…………理香、全て終わったよ」
「…………理香の望むものは、見えたかな」
薬指に嵌められた、偽りの指輪。
そう問いかけて、青年は微笑んだ。
(俺が居たら、邪魔だったら、ごめんなさい。
……ただ、君の安らぎを願っている)
『理香を奪った罪こそが、君の不幸の始まりだ』
去り際に健吾はそう言い放って、面会室から去った。
その言葉は思いの外、繭子の心の中で反響する。
あの姉から奪った忘れ形見。
操り人形として、彼女を洗脳しただけ。
自分自身のブランドとして、彼女を利用しただけ。
心菜は繭子にとって都合の良い操り人形だった。
けれども毅然として繭子の前に現れた理香は、
自分自身から全てを奪い拐った。
まるで自分自身の行いを、主を失い糸が切れた、蘇らせる操り人形の様に。