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悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第3章・母娘の愛憎
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第22話・理不尽に敷かれたレール




芳久には、二つ年上の和久という兄が居た。

才色兼備で優等生___それは絵に描いた様な人物で、

芳久自身も実兄の事を素直に尊敬していたのだ。



和久は頭脳明晰で非常に謙虚な人物だった。

弟である芳久の事も純粋に別け隔て無く可愛いがり目を掛けてくれていた。

そんな兄に芳久も、懐き慕って彼の様になりたいと思うまでになる。


和久は似たり寄ったりの

欲望や思惑を秘めた中でもイレギュラーな存在で、

本当に高城家の人間かと疑う程、高城家の人間とは180℃違った人物だった。

優しい兄の事を人として、兄として、ただ尊敬していた。

無条件に注いでくれる愛も申し訳ない程、すら思える。

________ただ、一つを除いては。




高城財閥____プランシャホテルを継ぐ者の器を

父親である英俊は、二人の息子をを比べて贔屓しながら育ててきた。


『私の跡目を継ぐのは和久と定める』


しかし長男であり、

常に優等生の肩書きを持つ兄・和久が次第に期待されていき

自らの次期理事長、後継者として、英俊が見る様になってからは周りの環境が一変したのだ。


『芳久には、あまり近付かず構わない様に』



高城家、理事長に逆らう者は、必ず潰される。

それを知って居た周りの人達は、素直に英俊に従う様になった。

みんな自分の身が可愛いのだ。だから、従っていれば良い。

高城家の家族・親戚、周りに関わる者達には、それは暗黙の了解であった。



高城家の後継ぎが決まってからの

芳久の待遇は、非常に悪く悪いものであった。

恐らくは父親の命令だったのだろう。高城家の家政婦、

親族からは軽蔑の眼差しと共に冷遇され、誰も人間としては扱ってくれない。



特に父親である英俊は酷かった。

プランシャホテルの後継者を、長男を決めてからは

次男である彼には、空気以下のぞんざいな扱いをする。


芳久が悪かった訳ではない。

芳久自身も兄に並ぶ程の優秀な成績を持つ少年だったが、

後継者として、周りから未来を期待されていく兄には敵わない。


(僕は、生まれてきても、望まれなかった)


(生まれてきては駄目だったんだ)


幼心に突き刺さった、冷酷非道な刃物(ナイフ)

周りから芳久に注がれる視線は、軽蔑、不快さ、哀れみ。

それらの視線を呑み込んだ瞬間。


周りは自分に振り向きはしない悟った時、

芳久は絶望と共に諦観を生み出し、心は無情と化してしまった。

そして高城英俊という人物が、どれだけの陰謀と思惑に包まれたもので出来ているのか理解した。



一番は、大事であるのは、自らが認めた高城家の後継者。

二番は、それを定め、周りを動かす権力を持つ理事長。


温もりと純粋ささえ奪われ

無情な心と化していく彼に、唯一目を掛けてくれていたのは

後継者として期待されていく和久と、優しい実の母親だけだったが、

特に父親は、周りは、自分自身の存在を忘れている様だった。



実母と実兄。

二人の愛情と言葉だけを、微かな救いに

なんとか息はして居たものの

冷遇と差別を受け続け、悟った無情心は

もう、取り返しの付かないものになっていた。


(僕は、何の為に此処に生まれてしまったのだろう)


人間界という世界を知る為か。

それとも高城家という家を知り、冷遇と差別を受ける為か。



高城家の、期待された未来は決まっている。

いずれ和久が跡目を継げば、自分自身は出て行こうと思った。

誰も自分に興味を示さない分、それは、自分自身は自由の身は約束されたものなのだから。





そう思って居たのに。

なのに、こんな時に限って神は罰を下すのか。


芳久が15歳になった時、

不慮の交通事故により、兄は帰らぬ人となった。

信号無視のトラックの轢き逃げに遭い、即死したのだ。

まだ未来のある若い17歳の少年の儚い命は一瞬に消えてしまった。


高城家の家族や親戚、

特に父は過剰な期待を掛けていた分、

突然の理事長の後継者の死に、皆が失望して悲しみに暮れたのだ。


だが。

皆が次世代の理事長候補だった少年の死に、

ただ一人だけ、芳久は、違った感情を持っていた。




(________兄さん、お疲れ様。疲れたでしょう。

こんな周りから異常過剰な期待を掛けられて、自由もなく育って。

どうか。周りに奪われた分、ゆっくりと休んで自分自身の為に暮らして下さい)



棺に眠る兄の顔を見ながら、そう思いを抱きながら花を捧げた。

本当は、家業を継ぐというプレッシャーに日々耐え兼ねながら

懸命に尽くし生きようとしていた兄の姿を、


自分自身とは違った意味で

辛い思いをしてきた兄の心情を芳久は誰よりも知っていた。

高城家、高城英俊から与えられるプレッシャー、兄弟差別。

何よりも父親の望んだ結果発表ださなければいけない。


だからこそ束縛された分、ゆっくりと休んで欲しい。

もう高城家からの束縛も、過剰なプレッシャーも

期待も背負わなくて良いのだから。


(せめてでも、安らかに)



それが客観的に兄を見てきた弟の立場である少年の思いだった。



そして次の年の冬。

まるで後を追うかのように、実母である母親も病死した。

きっと高城家の為に、理事長の妻、後継者を育てる母として、

苦労を重ね無理が祟ったせいだろう。


母親が死した時も、

芳久は兄が死した時と同じ感情を覚え言葉を送った。

安らかに眠る様にと、天国で兄と平穏に過ごして欲しいと。



しかし、妻である母親の死を父親は待ち望んでいた様だった。

何故ならば、妻の死を悲しむ事もなく父はすぐに長年、

愛人として囲っていた女を妻に迎えたのだから。


(許せない。

けれど、これが“あの人“の人間性だ)


許せなかった。

けれど父親の性格を思うと、その行いにも納得出来た。

家業、高城家の事しか頭にしかない冷酷非道な父親。



これでもう孤独な少年に

無償の愛情を注いでくれる人間は、誰も居なくなってしまった。

唯 優しく接してくれ、尊敬していた実兄も実母も。

二人が居なくなった事、それは少年を益々、

高城家から、感情から。隔離していく。


兄である和久が亡くなってから、

跡目を継げる者、高城家の唯一の血縁者は芳久しかいなくなった。



それから都合の良い大人達は、

今まで避けて冷遇してきた次男に目を向け、

贔屓するようになったのだが、もう時は既に遅かったのだ。


(だいぶ、都合の良い人達だ。

哀れで、単純で、自分勝手な人達の集まり)


(今更になって振り回されるという事か)



高城家の闇も、理事長である父親の黒い思惑も

鋭い薔薇の刺の如く、身に染みて解ってきたつもりだ、



もう飴を上げて手慣けられる様な子供じゃない。

全て解っていた芳久は後継ぎのとしての忠犬のふりをしながら

時をかけて父を、高城家を遠ざける様になった。




しかし“抗い”という感情を捨ててしまった

諦観の感情を備えている、悟りの彼にとっては



(_____どうにでもなってしまえ)



冷たい刺にも似た無情な、思いを抱いていた。



高城芳久は、“諦観”で成り立っている。

高城家に冷遇と軽蔑に晒されて育ってきた彼にとっては、

もう暖かみ等、遥か昔の、遠い話だ。



だが。次期理事長として、後継者として期待される事を

実際に体感にしてからはどれだけ

長年、兄が背負ってきた期待のプレッシャーはどんなものかと思い始め

敷かれた(レール)に、表向きは父に従う振りをすることにしたのだ。


それは、ある意味、

兄を束縛し、期待のプレッシャーを掛けて、

そして何よりも、自分を冷遇した一族への仕返しでもあった。


……………息子である自分自身を軽蔑し、冷遇してきた人間が

心を変えて期待を向ける目はどんなものだろう、と。

そして無自覚の上で息子に軽蔑と哀れみを向けられている、

姿はどんなに身の程を知らぬのか、と。



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