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悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第11章・復讐者が悟るもの
248/264

第244話・26年前の真実、愛憎の夜明け

こちらが、本物の

26年前、佳代子の身にに起こった悲劇と

繭子の思惑です。


森本家とは絶縁した。

後は愛しい娘を迎えに行くだけ。

理香が引き取って貰っている家に向かった際、

団長は告げた。


「理香ちゃんは、いないよ」

「え?」




息が切れるのも構わず、佳代子は走った。

嫌な予感か立ち込める。心がぐちゃぐちゃになり、

血相を変えて地を蹴り、背筋が凍る思いで森本家に駆け込んだ。

明かりのない臼闇(うすやみ)リビングルーム。



「あーら、来ちゃった」


嘲笑う声音が闇夜に残響する。家の中に駆け込むと、

其処には____妹、繭子の姿があった。



捜していた愛しの娘は、妹の腕の中にいた。

理香は佳代子を見ると安心した様な、何処か不安そうな表情だ。

繭子は嬉々にも似た不適な微笑みを浮かべている。



「…………理香を返して」

「嫌よ」



繭子は、あっさりと切る様に告げる。

何処か恨めしく繭子は佳代子を見据えると、鼻で嘲笑う。

佳代子が抱いていた嫌な予感が当たってしまった事を後悔した。


『佳代子さんの代わりに迎えに来ました、って貴女の妹さんが来たのよ』


何故、繭子が娘の存在を知っていたのか。



「コイツ、あんたにそっくり。

ママやパパが知らないまま、娘を生んでいたなんて、ね」


柔らかい頬をつねる仕草を繭子を見せる。

止めて、という佳代子の叫びがリビングに木霊した。

冷や汗を感じながら



「…………理香は、関係はないわ。返して……」

「”リカ”って言うの、ふーん……」

「何故、理香を……」


興味の無さそうな、無気力な声音を吐き呟く。

佳代子は理香を、娘を、返して欲しいだけだ。

こんな呪縛だらけの森本家に渡す訳は毛頭もない。


(理香には、私の二の舞の様には生きて欲しくない)


“森本家の子女”という理想像を押し付けられながら

肩身の狭い思いはさせたくない。

優しく諭す様に告げる。


「…………繭子、どうしたの? 何かあるの……?」

「単刀直入に言うわ。森本家の権利をあたしに渡しなさい」

「…………………」


佳代子は固まった。

その為だけに理香を、娘を拐ったというのか。

繭子に娘の存在を知られたら、もう両親に筒抜けも同然だ。

森本家に奪われる恐怖を佳代子は覚えた。

身寄りのなかった自分自身の元に訪れてくれた娘。

絶対に奪われたくなかった。


(………理香は、私の娘よ……)


(渡さない。地を這ってでも、娘だけは………)


(…………理香を奪われたくない)


その為に、

繭子が求めるものの、交渉に理香は拐われた。

娘に申し訳なく思いながら、佳代子は、心の地を固めて繭子を見詰めた。

繭子が求め欲しているものなら渡す。今の佳代子にとって、

理香を奪われる事が、この世の最大の不幸なのだから。


「______ええ。森本家の権利は全て貴女のものになるわ。

約束する。私には要らない。頂く権利もないのだから。

貴女に渡す為に、私は今日でこの家と絶縁したの」

「……………は?」


繭子は呆気に取られた。

姉の姿を見なくなった、と思っていたのだが、絶縁したとは。


「だから、理香を渡して、返して」


心が緊迫感に満ちていく最中、

ゆっくりと佳代子は、距離を詰め寄り、理香に近付こうとした。

しかし繭子は姉の頬を思い切り叩き、突き飛ばした。

衝撃で佳代子は倒れてしまうが、変わらない凛然としたままの面持ちですぐに娘に視線を戻した。


繭子は、佳代子の視線が、気が付いた。

佳代子は繭子を見ていない。見ているのは娘だけ。


(誰もあたしを、見てくれやしない)


両親も、佳代子も、

自分自身に視線を向けず、無関心だ。

自分自身こそが森本家の子女、血筋を引いているのに。

森本家とは何も関係がない癖に、特に佳代子は、



(そうやって、いつも良いとこ取りをする)


繭子の中で、被害妄想と佳代子への逆恨み、憎悪がふつふつと爆発した。

森本家に引き取られ、母親の寵愛と期待を受け、

優雅に過ごしてきた姉。散々、良い思いをした癖に、

全てを奪って過ごした癖に、

こんなにあっさりと、森本家を切り捨て、出ていくというのか。


「………なんで、あんたばっかり………」


佳代子は何故、才能に溢れ、求められるのだろう。

それが妬ましく羨ましくて仕方なくなくなった。

繭子は俯くとそのまま、キッチン横にある父親の書斎に籠った。


「繭子? 理香を返して!!」

「嫌よ、渡さないわ」


この姉の大切で、執着しているモノを奪ってしまおう。


繭子は込み上げた、(たくら)みに嬉々の微笑を浮かべる。

きょとんと何処か脅えた表情をしている赤子を見て

苛ついた。この赤子は逃げたそうだ。


(あんたでさえも、あたしを拒絶するの?)


赤子に浮かんだ憎しみ。

そして思った。悪魔に取り憑かれた女は、

もう理性もなく、憎しみから奪う事しか考えられない。


(………いいわ。理香(あんた)の拠り所も奪ってあげる

この赤子の拠り所をあたしの所にしか行けない様にしてあげるから_____)


『ねえ、繭子。森本家の権利は貴女のもの。

奪いはしないわ。私は去るのだから。

だから、娘を返して、理香を………私には理香しかいないの………』


そう告げながらも段々と声音は弱くなる。

けれども佳代子は諦めず、時に説得、時に諭しながら

だんだん、と佳代子は、閉ざされた部屋の扉を叩いている。

闇夜の部屋の中で、繭子は悪魔の微笑を浮かべる。


『分かったわ。喉が渇いたから、水を持ってきて。

リカと交換してあげる』

『………分かったわ』


(ようや)く、佳代子は扉を叩くのを止めた。

心に淡く広がる安堵感。佳代子は(おお)せのままにキッチンに向かう。

だが悪魔の足音は、天使を蝕み近付く。


『あんたの、ママを奪ってあげる』


そう赤子に小さく囁いた後、

繭子は部屋を通して削り続けた食器棚を、倒した。

バイオリンニストの背中に近付く硝子の猛威。


怒涛の音が、残響する。

驚いた赤子は泣きじゃくり始めた。

しかし赤子が泣くのは想定外だった繭子は、

己の胸に引き寄せつつ、リビングに戻る。


其処は大惨事となっていた。

倒れた食器棚、散らばる硝子の破片、そして床に広がりゆく赤。

何度も想像した景色。姉を凝らしめてやろうと、夢にすら見た。

全ては想定内だった筈なのに何処か恐怖を感じて、

繭子は(おのの)いて引いてしまう。


繭子は静かに裏口から、赤子を抱いて去った。



どれだけ走っただろう。

歩き疲れて、繭子は緑の芝生に座り込んだ。

自分自身は絶対に悪くないと思いながら。


不意に赤子を見た。

”リカ“という赤子はすやすやと眠り込んでいる。

その寝顔は佳代子にそっくりだった。

頬を思い切りつねってやりたい……そんな憎悪めいた感情を覚えながら、



(この娘は、どうしてしまおうか)


そんな時、不意に脳内に、繭子にとっての名案が思い付いた。


(何も知らず、

あたしを慕う哀れな子として、眺めるのも良いわね)


ちょうど顔を上げた視線の先に

青々した芝生の中に黄色の菜の花が咲いていたのが見えた。

決めた。


(この子を娘としてしまおう、

佳代子の憂さ晴らしの矛先にするのだ)



『名前は、心の菜と書いて(ここな)にしましょう。

あんたは心菜よ。森本繭子の娘、あたしの娘、森本心菜。

死んだママと名前は忘れなさい。


あんたには、あたししかいないのだから____』








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