第243話・迫る罠、絶望の足音
貴女が私に与えたもの、
絶望と復讐心、偽りの、社長令嬢。
「娘の心菜です」
「あら、可愛い娘さんだこと」
「さあ、心菜。挨拶なさい」
その無慈悲な
欲望の暖かい手に触れた刹那、世界が、ひび割れた。
マリオネットは悪魔に手招きされ、静かにお辞儀をする。
機械的に、無機質に。
「森本 心菜、です」
そんな悪魔の人形を、理香は呆然と見詰めている。
酷く哀れで呆れてしまうくらいに、忠誠心の裏返しの愛情を求め渇望する娘を見た。
其処には他者には絶対的に見えない、悪魔とマリオネットを結ぶ縄の様な糸。
理香は思った。
(……………森本繭子の言うことしか飲み込まない、機械)
その人形は
微笑みを浮かべているのに、瞳だけは、光りを無くしていた。
私は、貴女のお人形じゃないの。
私は、佳代子ではないの。
貴女が私に奪ったもの、
両親、名前、生きる生気。自尊心。
両親も、名前も、全て奪われた。
貴女の娘・心菜として、偽りの人生のレールを歩いてきたの。
貴女が私に奪ったもの、貴女の元で、“心菜”として生きた17年。
心菜という人間は、
“森本繭子”という悪魔しか知らない人形。偽りのマリオネット。
______JYUERU MORIMOTO、社長室。
「三条富男は、貴女を裏切った様です。
そして、三条富男と白石健吾と共謀して
貴女の秘密を掘り起こそうとしています」
「………秘密?」
繭子は怪訝な表情を浮かべる。
怪しげな理香の言葉に耳を寄せる。理香は語り部の様に話を続けた。
「森本佳代子_____貴女にとって、忘れられない人です」
そう囁き、理香は微笑した。
その瞬間にみるみる、繭子の顔色は顔面蒼白になり色合いと失っていく。
「社長にとって、これは致命的となられるでしょう」
JYUERU MORIMOTOの社長としてまた、
華々しい未来を迎えられると過信し、繭子は信じて疑わなかった。
けれども現実はどうだろう。復活を望む度に横槍が入り
“ジュエリー界の女王”として生まれ変われない。
今の繭子に残ったのは、
三条富男の元妻から請求された多額の慰謝料がある。
この不倫が明るみになり、それを上書きする様なダメージ。
加えて、佳代子の事が世に知れ渡れば自分自身は社会的に抹殺される。
否、
(闇に葬ったものは、陽に当たらなくていいのよ………)
謝罪会見の際の不運から
日々、己の視力は喪われていく。
思えば何時でも、この小娘がいた。
自身がJYUERU MORIMOTOの全盛期“ジュエリー界の女王”という華やかな名誉を手にしていた頃も。
JYUERU MORIMOTOという城が崩れていく最中であった時も。
そして、佳代子を殺めた時も。
いつだって、“佳代子の娘”は、自分自身の手許に居る。
そういえば、“佳代子の娘”が現れてからだ。
繭子の華々しい人生を陽の目から陰りに引きずり込んだのは。
何時でも手元に居る操り人形ならば、
腐れ縁として人生を共にする事になるのだろうか。
(だったら、この知能犯なお人形の心を壊してしまおう)
今思えば、小娘が息をしているから、
自分自身の華々しい人生の雲行きが怪しくなってしまったのだ。
理香は、何処までも自分自身を苦しめる。苦しめたがる。
(あたしの人生に邪魔はさせないわ)
この横槍を入れる人間を壊してしまえばいい。
自暴自棄的になった繭子に、悪魔は囁いた。
“天使に、あの秘密を話してしまえ”と。
知られたくない事実。繭子は拒絶したが、
“あの秘密を知れば、理香は壊れてしまう”だろう。
そう思い至った。
(_____絶望に堕ちなさい、憎い小娘)
「ねえ」
理香は、振り返る。
そして、ぞっと背筋を凍らせた。
何かの霊気が乗り移った、悪魔の嘲笑にも似た微笑。
上がった口角に、不自然な微笑みは、本当の悪魔の様だった。
こんなあからさまな、悪の微笑みを浮かべる女は、初めて見た。
「もういいわ。ちょうどいい、あんたに教えてあげる」
「…………何をでしょうか」
「知りたくない? ______“あの日の秘密”を」
「“あの日の秘密”?」
理香は怪訝な表情で小首を傾けた。
繭子は両手で頬杖を着きながら、不適な微笑みを嬉々として浮かべる。
「_____あんたが知りたがって、
欲しがっている、“森本佳代子の最期の日”」
理香は固まった。聞き捨てならない台詞だ。
警戒心を張り巡らしながら、ゆっくりと女王の座る玉座の前に立ち竦む。
理香は怪訝さに眉を潜めながら、話を紡ぐ。
「_____それは嘘偽りのない、本当の話ですか」
「_____ええ、嘘偽りのない真相を」
「…………あれだけ拒んでいたのに、何故、今、口にするのです?」
「そんな事はどうでも良いじゃない。貴女にとって朗報よ?」
繭子には、絶対的自信があった。
(この真相を語れば、“理香”は壊れる。
そして大人しくあたしの操り人形として戻りなさい。
“心菜”として生きていれば間違いはないのだから……)
繭子は、口を開いた。26年前の、あの日を。




