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悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第11章・復讐者が悟るもの
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第242話・悪魔の隠し事、復讐者の狂喜



繭子は、

悔しさから唇を噛み締め、歯軋りを繰り返す。


(どうして、あんな小娘の言いなりにならなければいけないの………)



_____数時間前。



「何故、此処に、母の遺品があったの? 隠していたの?」

目敏(めざと)い子ね。生みの母親に呼ばれた気にでもなった?」

「………………………そうかもね」

「でも無価値なあんたを拾って、育ててあげたのはあたしよ」


繭子の悪巧みの微笑。

その不適な微笑みに、理香の堪忍袋の緒は切れた。



____“佳代子は、天からの才能を預かった子”

“この子の傍には幸福が訪れるんです” 、と母親は孤児院の施設の人からそう言われたらしい。




「全然、幸福なんかじゃない!!」


理香は叫んだ。

急いで息を巻いて部屋に飛び込んできた、

芳久が理香の熱の籠った声音に目を見開いた。


「母親からの過干渉、期待、“森本家の子女”の圧力。

全て貴女の母親から、重圧で心の余裕すらなかった。

どれだけ日記で偽りを綴っても、あの人はいつも悲観に暮れていた」


佳代子は、天才バイオリンニストと称えられる裏では

森本家の血の呪縛から逃れる為や重圧やプレッシャー、

それらを避け、無になる為に、弾いていたという事はある意味、彼女なりの現実逃避だったのかも知れない。


「…………」

「貴女には、どれだけ佳代子さんが羨ましく写っていたでしょうね。

佳代子さんのものを奪えば、自分自身が幸福になれると思った?

残念ね。心が貧しく屈折している貴女には、幸福すら寄り付かない。

第一、人のものを奪って幸福なんて得られるものじゃないじゃない………」


崩れた前髪の隙間から見えた眼孔(がんこう)の鋭さは(やが)て悪魔を睨み据える。

口許だけが緩く微笑んでいるのは、微笑を浮かべていた。



(佳代子のものを、奪えば、幸せに浸れる)


或いは、佳代子の幸せさえも許せなかった悪魔の仕業。

だからこそ、健吾を追放し、娘である自分自身を奪った。

娘は憎悪の(はけ)口として、扱うつもりだった。

けれど、“悪魔が望む幸せ”は何一つ、叶う事も満たされる事もなかった。



『____本当は、…………本当は、狭苦しいの。

森本家の血を引いていない私が、何故、あれだけ期待をかけられてきたのか。

繭子が生まれて安堵した。でも変わらなかった。


育てて貰った恩義だけ、残して消えてしまいたい。

森本家に引き取られる前の、私に戻りたい。

これからは、健吾さんと、理香と、暮らしたい』






森本繭子の娘は、オマージュだった。

彼女には実子はいない。



森本心菜という少女の素性は、

彼女の異母姉である森本佳代子の実娘だ。

彼女から娘を拐い奪い、佳代子の娘・白石理香ではなく

繭子の偽りの娘・森本心菜は、オマージュの人格なのだから。

心を支配されて生きてきた操り人形(マリオネット)

偽物は存在しても、本物等は存在しない。



佳代子から拐い奪った理由は、何故だろうか。

憎しみ続ける憎悪の塊でしかなかっただろうに。



「…………いいえ、私は白石理香、よ」



誰かが、理香が拐ったみたいだ。

けれど、その足音は初めて聞いたもので、誰なのかが分からない。


離して、と訴える理香の細腕を掴み、一旦、社長室から離した。

芳久は理香を子供を諭す様に両腕を掴むと、視線を落とした。

理香は少し赤くなった瞳で、芳久を強く見詰めている。


「感情的にならないで。そうなれば、あの人の本望だ。

君は、森本佳代子さんの、お母様の一部だ。

森本社長は異母姉(あぬ)のものを奪えば、自分自身も権利が貰えると思っていたんじゃないか」


「………どういうこと?」


顔を俯かせて、理香は心がなしに呟いた。

芳久は、息を飲み込んだ。


「いい? 今から僕から告げるのは憶測だ。

違うのなら、聞き流してくれ」

「…………………」



「_______君は、人質だったんだよ。

森本家の権利は、佳代子さんに贈与されて

それに恨んだ社長は、佳代子さんの娘……君を人質に取ったんだ。


君を拐えば、佳代子さんは黙って要られないだろう

権利は社長に渡して君を返して貰うつもりだったのではないか」

「………………」


理香は、芳久を見上げた。

何処か潤んだ眼差しと、呆気に取られた表情。


(母の弱味を握った上で、私の拐ったの……?)


何処かで感じていた疑問符。

繭子が自白したとは言え食器棚を繭子が突き落とせるだろうか。

土台を削っていたとはいえ、佳代子よりも小柄で、力もか弱かった。

人一人 の人間が自分自身よりも遥かな大きさを誇る代物を倒そうというのは無理がありそうだ。

という事は裏側があるのか。


(別の方法で、母を殺めた………?)


軽度のショックが理香の頭上に落ち、心臓が激しく脈を打つ。

理香は掴まれた腕をそっと離してみせる。

そして何かを決意した眼差しで、芳久を見上げた。

この青年は誰よりも洞察力が鋭い。自分自身が見抜けていない、悪魔の感情を見抜いているのではないか。




「………そう。ありがとう。

きっと、貴方の御告げは当たっている。

もう一度、あの人に会って来る。……大丈夫だから」





「あら、戻って来たの。何処をまごついていたのかしら?」

「介助者以外の事を詮索しないで下さい。……意味もないでしょう」


理香の落ち着いた声音が、社長室に残響する。

繭子はむっと不機嫌な表情を浮かべた。


「その物言い、佳代子にそっくりね。

育てたのはあたしなのに」

「………母を伝ったのでしょう。私は貴女の娘ではないですから」

「何よ、その物言い!!」


繭子は声を荒くした。

理香はそんな突発的に感情的になる悪魔を軽蔑した眼差しで見詰める。


「佳代子、というワードには敏感なんですね。……何か後ろめたい事でも?」


理香は優雅に小首を傾げ、

ぎりぎり、と繭子は歯軋りを繰り返す。

しかし何かを見透かされた事を、驚愕しているのは、そのキツい表情に現れていた。


「…………白石さんも、佳代子さんが死んだ、という事実だけで

海外に飛ばされた。でも何か裏があると悟っている。

逃げられないわよ……?」


理香はそう言うと、繭子は強い歯軋りを繰り返す。

そしてわなわなと震えるかの様に、話を始めた。


「可笑しいじゃない、

佳代子は森本家とは無縁の孤児(みなしご)

あたしは、れっきとした森本家の血を引いている子女なのに。

周りは佳代子ばかり可愛がる。目を奪われる。

森本家の偽物………佳代子がいる事で、森本家の本物の

あたしは日陰に追いやられるばかり。

この惨めさが分かる? 佳代子がスポットライトが当たる度にあたしはくすむの」


「スポットライトに当たりたかったんじゃない。

佳代子さんは慎ましやかに暮らす事、平穏を望んでいた。

権利なんてどうでも良かったのよ」


繭子に、きっと睨まれる。けれど、どうでも良かった。

憎しみの炎に心を焦がしている繭子に、理香は身を乗り出す。


「ねえ、前に貴方が言った、

佳代子さんの亡くなった理由は、嘘よね?」

「…………っ」


理香の呟きに、繭子は固まる。

それは図星を突かれたかの様に、繭子の威勢は消えた。


「ねえ、教えて。何があったの?」

「大人の事情よ!!小娘のあんたが、でしゃばる必要なんかないわ。

気持ち悪い」

「はい?」


物静かな声音が、残響した。

その理香の掴めない声音に繭子の背筋は凍る。

理香はそっと繭子の両肩を掴むと、静かに呟いた。


「私は、佳代子から生まれた娘。

母親の死の真相を知る権利がある。そうでしょう?」


亡霊の様な存在感。

冷却水の様に、雪解けの冷や水の様に覚めきった声音。

それは狂喜を孕んでいる。繭子の身は自然と震えている。

その容貌は佳代子に似た誰かを、見ている様だった。


「もし、佳代子さんの事を話さず、有耶無耶(うやむや)にするのなら………」



その言葉と、

理香の狂喜に、繭子は、サインせざる終えなかった。





さて、理香は繭子に何と呟いたのでしょう?

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