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悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第11章・復讐者が悟るもの
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第236話・天使の脅威


______JYUERU MORIMOTO、社長室。



「そうだわ。結婚の話を進めましょう」



その一言にぴたり、と理香は固まった。

そして出来上がった点字の資料を机に起きながら、



「…………何故です?

私には結婚の意思はないとお伝えした筈です」


その刹那的、繭子の眼孔が怪訝なものになった。

嗚呼、この小娘は何処まで逆らう気なのだろうか。


孤児(みなしご)同然のあんたを育てたのは、あたしよ。

愛情を持って育てた。あんたがのうのうと生きているのは誰のお陰かしら?

少しは育ての親に親孝行しようと言う気はないの?」

「…………育ての親? ええ、確かにそうです。でも、

貴女から愛情を貰った記憶も、目をかけて貰った記憶もないのですが」

「いい加減になさい!!」


社長室に怒号が響いた。


その刹那、剛力で襟元を掴まれた。

その般若の形相が近付く。目線は合わなくとも、鋭い眼孔で睨み付けられている。

幸いか否か、薬指に嵌めた指輪が繭子には見られていないと言う事か。


理香は無表情だった。

うっすらと娘の輪郭が視界に入る。



「JYUERU MORIMOTOの評判や名誉を上げるのは、

娘、貴女の役割であり責任なのよ。

それを無視させるなんて絶対に許さない」


「______JYUERU MORIMOTOの令嬢としての責任を果たしなさい」


目線は合わなくとも、繭子は強い瞳で告げた。


(私から両親を奪った事を棚に上げるのね)


理香は静かに掴まれた手を離すと、微笑して告げた。


「…………強い気でいるままなのですね。あの契約は忘れました?

今の私が貴女の傍に、追放されたJYUERU MORIMOTO、私の居る意味は、介助者だけでいる契約した。

令嬢として貴女の面子(メンツ)を立てる為に居る訳ではない。


あまりにも以前と変わらず、

図に乗っていると此方にも考えがあるわ____」


冷静沈着な声音。

しかしその声音の中には、言葉に出来ない威圧感を感じた。

触れば逆鱗に触れてしまいそうな、鋭利な刃物の如く。

繭子は背筋に悪寒が迸った。






「ありがとうございます」



そう優しく告げると、タクシーのドアが閉まる。

タクシーを見送ってから芳久はくるり、と後ろを向いた。



淡い風が青年のサラサラの髪を踊らせる。

芳久のその複雑な心境を表情に映し

その建物を見詰めながら、物憂げに瞳を伏せた。




小さな窓枠には柵があり其処からは煌々と温かな光りが惜しみ無く差し込んでいる。その傍にある簡素なベッド。

それだけだ。此処は無機質な白い箱庭の様なものだ。


そのベッドに座っている人物は、

きらきらと眼を輝かせながら手を不定期に叩いている。

その横顔は無邪気な少年、そのもの様に見えた。


「ヒロト君」

「……………?」


あの時

繭子に突き飛ばされた衝撃で、博人は頭を打った。

芳久と健吾が駆け付けた時に直ちに病院へ搬送させた。


『………心菜は、どこ?』



幸い外傷はなかったものの、

彼が眼を覚ました瞬間に“尾嶋博人”は消えた。

彼は幼児退行の兆候が見られ、自分自身の事も認識出来ていない。

全てを忘れてしまい、“森本心菜”への執着のみ残したままの器に成り果てた。

心菜が現れないと子供の様に、暴れ精神が乱れる様になってしまった。


幼児退行に伴い精神年齢も下がり、

彼は今は精神病棟に入院している。

…………そして今に至る。


尾嶋博人の末路を、理香は知らない。

白石健吾が父親と知り、(やが)て、森本佳代子の娘と悟った心は冷静を装いながら混乱しているに違いない。

これ以上、理香に重荷と混乱を波に

突き飛ばされてしまえば、彼女も危うくなるだろう。


(…………後は、焦燥と嫉妬か……)


目の前にいる無邪気な青年が、

森本繭子のしもべ、だったなんて信じられない。

理香を苦しめていた実行犯と繋がり、自身も理香を苦しめていた人物に理香を渡したくない。それによって

また理香を苦痛の海に溺れさせるのは嫌だ。


しかし博人に理香を取られたくないという思いが、

芳久の心に渦巻いていたのは否めなかった。


最終的に契約と言えど、結婚まで辿り着いた。

これ以上、理香を混乱と陰謀の渦の中で操られて欲しくない。




「ねえ、心菜は?」

「もうすぐ来るよ。

だから、心菜が来たらこの花を渡すんだよ」


博人は芳久を“お兄さん”と呼び懐いている。

なので芳久の言葉には従順だ。



紳士的な振る舞いで、穏やかに微笑むと

芳久はベッドの傍らに(かがん)で博人と向き合うと

優しくそう告げ、一輪のコスモスを包んだ花束を渡した。


博人は疑わず、

満面の笑みを浮かべると花束を受け取った。

もう一生、自分自身の前に彼女は現れないとも知らずに。


「じゃあ、またね」

「またね、お兄さん」


彼は無邪気な子供の様に、手を振っていた。

尾嶋博人の病室を後にしたタイミングで、

ポケットに入れていた携帯端末が鳴る。


メッセージのようだ。

画面を見ると“理事長”と表記されていた。


“______至急、理事長室へ来るように。大事な話がある”

“______了解致しました”




理事長に着くと、

英俊の第一声は静かに声を張り上げる。



「この度、

JYUERU MORIMOTOとの提携経営を解消すると決めた」


芳久は固まった。そしていよいよなのだ、と悟る。

双方の噛み合わない事情も重なり、御座(おざ)なりになっていた提携経営を解消するというのだから。


威厳ある険しい面持ちで、英俊は告げる。

静粛な重い雰囲気が流れる空気を、裂いた。


「お一つ、宜しいでしょうか」

「なんだ?」

「提携経営の解消を決めたきっかけを、お聞きしてもよろしいでしょうか?」


残酷な程の、他人行儀な物言いと辛辣な空気。

真剣な表情と物腰の青年に理事長は、静かに口角を上げて微笑んだ。


「お前も(ようや)く身を固めたからだ。

椎野理香が、高城家に嫁入りした事は大歓迎だ。

彼女は優秀で物腰低く、プランシャ創業者の妻としては相応しい。


だからこそ節目として、JYUERU MORIMOTOとの

提携経営を解消すると決めたのだ」

「………そうですか」


芳久は納得し、口許を緩める。


「これは今朝の会議で正式に決まった事だ。

お前は、プランシャホテルを担う者となる。

世代交代の際に前理事長が残した重荷を

新理事長には背負わせるのはいけないからな」


(心にもない、格好いい嘘を連ねて)


狐と狸の馬鹿試合。

それはまるで、血縁関係のある他人同士の様だった。

英俊は理事長の座を渡す気はない。誰にも、それが息子であったとしても。

何がなんでも、その玉座にしがみつくだろう。


それを隠す為に、表向き良い父親を装う為の息子への

思いの言葉を並べた、大姦似忠(たいかんじちゅう)だろう。


「ありがとうございます。其処まで考えて下さって」

「礼はいい。これは高城家の決まりだ。お前も受け継いで行ってくれ」

「了解致しました」





可笑しい。

何処か可笑しい。


あの別荘の一件から、尾嶋博人と連絡が着かない。

尾嶋邸にも向かったが彼は帰って居らず、

捜索願を出すのだと家族は言っていた。


あの自分自身に忠実な部下である、

尾嶋博人が、自身を裏切る筈はないと繭子は思い込んでいた。

忽然と消えた青年を怪しみながら、

理由の分からないもどかしさに悶々としていた。


(…………早く、博人と結婚させなければ)


繭子は己の爪を噛んだ。

JYUERU MORIMOTOにとって大切なのは、良い評価の祝いの話だ。

それによっては社長である自分自身の価値や名誉も上がるのだ。


(心菜には、令嬢としての役割、あたしの株を上げて貰わないと)







「今夜、会食でもしませんか。大事なお話があるんです」


プランシャホテル理事長・高城英俊から、

そう連絡がきたのは、その夕方の事であった。

繭子は快諾し、早速、理香を呼び出した。


「………プランシャ理事長との会食が決まったわ。

貴女はプランシャホテルに顔が知られているから、

変装して付き添って頂戴」


JYUERU MORIMOTOの営業再開に従い、快気祝いの話し合いかも知れない。

このチャンスを欲望の悪魔は絶対に逃しはしない。

だがしかし、理香は不穏な表情を浮かべて申し訳なさそうに目を伏せる。


「なに? 返事は?」

「……あの、その日は、外せない用事がありまして」


ぽそぽそと、呟く。

繭子はその弱々しい言葉にかっと、頭に血が昇る。


「何を言うの、逆らう気? あんたのちっぽけな用事よりあたしの用事の方が大切でしょ!? あたしの名誉に傷を付ける気」

「………いいえ。ただ、どうしても外せない用事なんです」

「なんなのよ、言いなさい」

「私情ですので……」


繭子は舌打ちをした。

何故、この小娘は自分自身に逆らいたがる。


「…………っ、この役立たず!!」


繭子は手元にあった書類を、

そのまま理香に向かって投げ付けた。

その投げられた書類は理香に当たると宙を舞い、理香の白い手首に切り傷を残す。

白い肌に赤い一線が浮かぶ。


(挑発されても

その売られた喧嘩に乗ってしまえば、貴女と同類になってしまうわ)



「………社長、大丈夫です。

秘書である三条さんと話し合い、会食では三条さんに付き添って頂ける様に折り合いを着けました」

「…………は?」

「寧ろ、その方が本望ではありませんか。

それに秘書である三条のお務めでもあります」


あっけらかんとして言った言葉に、繭子は固まる。

理香はポケットから出した紙切れを繭子の机に静かに差し出した。



(三条さんは、秘書であり、恋人でしょう)


点字を指先でなぞり、

その言葉を悟った刹那に、繭子はみるみる顔が青ざめていく。


「なんで、それを………」

「仲睦まじく、ご一緒に会食に行かれては、ね?」


理香は小首を傾げて、微笑した。



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