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悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第11章・復讐者が悟るもの
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第234話・裏切り者と利害


全てを捨てて、

自分自身の元に戻り、尽くしてくれる存在を、悪魔はどう思うのだろう。


(操り人形が戻ってきて清々しているのでしょう)


またイビり古希を使って、

精神的苦痛を与えようと思っているのなら、それは大間違いだ。

洗脳し調教した憎い娘を、何時までも操れると信じて止まないのだ。

悪魔は単純細胞の幼稚で滑稽で残酷な女なのだから。





深夜、闇夜の編集室にぽつり、

一つだけ明かりが付いている。

パソコンのキーボードと向かい合っていた健吾は

目の疲れを感じて目を閉じると目頭を抑え、上を向いた。



実の娘でなくとも、別け隔ての愛情をかけて

育ててくれれば佳代子の忘れ形見である娘を拐った

あの女を少しは許せたのかも知れない。


彼女は、

自分自身の赴く感情のまま、佳代子への劣情や憎しみ

嫉妬をぶつけて自分自身の憎悪の()け口の為に

娘の手元に置いていただけだ。愛情なんかない。

あるのは佳代子への憎悪だけ。


佳代子の娘へ向けた矛先、

晴らした劣情はさぞかし美味だった事だろう。

そして娘はそな純粋無垢な心にどれだけの傷を追ってしまったのか。


(あの女は、人間じゃない)


そう思った。




______JYUERU MORIMOTO、社長室。





ただ今は全てを捨てて、

母親に尽くす娘のふりしている今、悪魔は、何を思う。


ソファーに座った理香は木の板に特製の用紙を広げ、

理香の左手にはピンセットを持っている。点字盤だ。

点字盤とは特製の器具を用いて、用紙に対し

ピンセットによって点字を書き打っていく作業。事細かく


元々書いておいていた資料を元に、

それを点字の資料に変える。細かい作業は理香の得意義だ。

しかし。


(今となって、再び始める事になるとは)


理香が孤児院で住み込みの仕事をしていた頃、

盲目の少女、花菜の書類を点字に替えるという作業を進んで作成していた。

点字を打つ作業は久々だが、感覚とやり方を

思い出しまえば器用な理香にとっては簡単な事だった。


繭子は点字の企画書の資料達を指先でなぞり、確認しているようだ。

理香はカタカタ、とひたすら無地紙に点字を打っている。


そんな中、


「失礼致します」

「……………」


繭子は、虚空に視線を遣る。

そして解釈していた点字の資料を黒い紙に隠す。

自身が失明したという事実は理香以外は知らない。

繭子は絶対に周囲に隠し通しているからだ。


慎ましやかなノックの後、社長に入ってきたのは

三条富男だった。理香は何事もなかった様に

点字盤を鞄の前に仕舞った。


「何かしら?」


高圧的な女王の声音。

其処に現れたのは三条富男。

は白石健吾を裏切り、森本繭子の秘書に選ばれた人間。

あの頃とは違い背広姿がまだ見慣れないのだ。


「企画書・製作許可に必要な社長の署名を取りに参りました」

「ああ、それならこれよ」


樹脂製の契約書を手に取ると、繭子は富男に渡した。

富男は預かると深々と頭を下げる。


「お預かり致しました」


だが、

富男はなんだか冷気に晒された冷ややかな視線に薄々、気付いていた。そして驚きを隠せない表情を浮かべる。

対して理香は澄ました面持ちで、



「このお嬢さんは……」

「三条、無礼よ。その子は、取引先のお嬢様なの」

「これは失礼致しました。申し訳ありません。では」


(作り話がお上手だこと)


理香、繭子に急いで謝ると、三条富男は帰る素振りを見せたが、

去り際き理香に対し「少しお話を」と走り書きした紙を渡してきた。

理香は冷ややかな疑心暗鬼の視線を送った。



JYUERU MORIMOTO、ロビーカフェルーム。


「お話とは何でしょう」


酷い程の他人行儀の冷たい声音。


対面式に座っている。

お手許には、理香は紅茶。三条の方は珈琲がある。


「取引先のお嬢様という事は嘘ですよね?」

「…………何を仰有り(おっしゃ)たいのです?」

「貴女を何度も見かけました。毎回、森本社長にべったりと張り付いて。

社長とは離縁されている筈だ。何故、森本社長の傍にいるんです?」


人には土足で踏み行ってはいけない境界線、

ボーダーラインという、礼節があるのをこの人物は知らない気がした。


「貴女にはJYUERU MORIMOTOの役職メンバーには

名前がない。なのに、秘書の私より貴方はずっと森本社長に………」


あの頃、気ままな刑事という印象を払拭するかの様なスーツに整髪料できっちりと整えられたヘアスタイル。


「………嫉妬ですか?」


理香の言葉に、富男は固まった。





「何があったのかはお聞きしません。

ただ父を裏切り、あの人側に付いた方と

お話する事等、何もございませんから」

「裏切り?」

「違いますか? 父に記事を書いて欲しいと言いながら

森本繭子の方へ着いた。それは白石健吾にとって、

最大の裏切りです」


理香は冷淡に淡々と、言葉を紡ぐ。



「では何故、君は森本繭子側に居るんだ」

「………………」

「君が言う道理なら、君も父親の裏切り者ではないか」

「………………」


理香は無表情に押し黙っている。

その蜂蜜色の双眸には虚空を眺めている様で掴み所がない。

実は富男にとって、それがもどかしくも感じた。

森本繭子側付く事は、白石健吾を裏切りと言うのなら

椎野理香は父親に裏切りに相当する行動しているのではないか。


(どういう事だ)


理香は無言。

言われて見れば、確かに自分自身も裏切り者だろう。

しかし、自分自身と白石健吾には利害関係というものが一致し、その上での行動している。


(貴女とは(りゆう)が違うの。

両親を裏切り捨てた裏切り者と言えば簡単だけど………)


端から見れば不思議だろう。

父親に裏切り同然の行為を働いていると見えても仕方がない。

しかしこの行動は全て自己満足と、健吾との利害と約束だ。


しかし、悪魔の破滅を見届ける為に、

人格を変えと名前を取り戻した理香は今更、引くに引けないのだ。

虎視眈々と繭子を見詰めながら、

彼女が自爆するのを沈黙の魂の如く見詰めてきた。


(少しは、感情を揺らがせようか)


この三条富男の心情を揺らしてみようか。

この心に土足で踏み込まれるくらいならば。

それを反らす術を理香は試みる事にした。



「………そう三条さんに、一つお聞きしたい事がありました」

「なんでしょう?」



「_______森本佳代子さんの最期は、どんなものでしたか」



富男は固まった。

何故、森本佳代子を蒸し返すのだ?

森本繭子もそうだが、森本佳代子に固執するのだろう。

椎野理香にとって森本佳代子は、

出生前に亡くなった叔母でしかない。

何故、皆、佳代子に拘るのか。それが不思議でしかない。



「…………どうして貴女は、そんなに森本佳代子さんに拘るんだ」


理香は微笑する。





「母の最期を聞いて、悪いのでしょうか。

娘にはその権利すらない、とお思いで?」

「………は?」



富男は呆気に取られて、唖然とする。

この女は今、何と言った?

“母親の最期” “娘?”


まさか、と思った瞬間に、頭に衝撃が走った。




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