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悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第3章・母娘の愛憎
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第20話・如何なる境遇



鴉の鳴き声。

茜色の夕日が目焼き付いて、ただそれを見詰めていた。

誰も居なくなった病室で、理香は自分自身の不注意を悔いたままだ。


素性が明らかになった以上、

また嘘を重ねて悪足掻きするつもりもない。

理香はメモに書いていた事___自分自身があの森本繭子の娘であり、

幾度となり、長く続けられてきた虐待の末に、彼女を憎んでいる事

そして彼女への復讐を決めているのを、全て打ち明けた。



『私は、森本繭子の娘なの。

でも、母であるからこそ私はあの人を許せない』

『復讐を果たさないといけないの、私は』

『…………そうか』


芳久は、理香の話に時折相槌を打って、静かに聞いていただけ。

驚きも動揺もせず、ただ冷静に彼女が語る事全てを理解を示し、

誰にも言わないで、と告げる理香に


『誰にも、言わないよ。安心して。これは此処だけにしよう』


とだけ言って、帰って行ったのは先程の事だ。




(____どうして?)


理香の心に疑問が横たわる。



彼は能ある鷹は爪を隠す、で

口は堅い人物であることは重々承知だ。

軽く言いふらしたりしないのは、長い付き合いで

染み染み分かっていたからこそ自分自身の素性を話せたのかも知れない。

だが自分自身の素性は誰にも明かさない主義だったのに、

どうしてすらすらと、青年には口にする事が出来たのだろう。


けれど今は青年の尽くし続けた誠意に

理香はただ、その有り難い気遣いに感謝するしかなかった。




_______診察室。



「もう熱も下がっていますし、

精密検査結果に異常もないので退院して良いでしょう」

「そうですか。ありがとうございます」


検査結果であるだろう、カルテを見ながら医師は呟く。

医師の言葉に、理香はただ頷いた。



別に他には、不調は無かった。

理香はその日に退院手続きを済ませて、素早くと自宅へ帰ったのだ。

やはり一人の時間と自室が一番気の休まる場所だと

再認識して胸を撫で下ろし、ベットに身を投げる。

ぼんやりとしてから携帯端末を取ると、上司に連絡を付けた。


『はい』

「椎野です。ご迷惑とご心配おかけして申し訳ありませんでした」

『椎野君、そうか。で、体は大丈夫なのかね?』

「はい。さっき退院致しました。今は家に居ます』

………………明日から出勤しますので」

『いや、良い』


ばっさりと切られた電話越しの言葉に、理香は目を丸くする。

一瞬、クビの宣告かと思ってしまったがそれとは違い、

上司から言われたのは『休め』の言葉だった。


「休暇だなんて。よろしいのですか?」

『ああ。第一、君は働き過ぎだ。(しばら)く休養を取りなさい

。休んで体調を整えてから、また働いてくれ』

「……申し訳ありません。ありがとうございます」


理香は電話越しに詫びる。

主任の計らいによって数日、休暇を貰える事になった。

有給休暇もある中で、それを一つも使わなかったことに気付いて

自分自身でも働き過ぎだと思い、有難く休暇を取って休むことにした。



休暇のある一日。

電話でアポイントを取って、理香はある場所に向かう。

都心から離れた其処は整えられた西洋風の一室。



神秘的な雰囲気を感じる部屋に目を遣れば、懐かしい気持ちになる。

物憂げな表情で、窓に映る情景に頬を緩めた時、

対面式に接する机に、情景を見詰めていた視線を、その人物に移した。


(しばら)く来て居なかったから、心配していたんですよ」

「すみません。仕事に追われていて………本当は来たい気持ちの一心だったんですが」

「そう。でも顔を伺える事が出来て良かったわ」


そう女性は、緩やかに微笑んだ。

客室で差し出されたお茶を見詰めた後、また理香は窓に視線を移した。

暑くも寒くもない空気の中、新緑の葉が心地良さそうに風に揺られていて

草原のような広い敷地では、無邪気な子供達が走り回り、遊んでいる。


此処は、街から離れたのどかな雰囲気の孤児院だった。

理香にとっては、あの束縛の生活から離れて社会人として

成長するまでは住み込みで(しばら)く、働いていた場所でもある。


ウェディングプランナーとして資格を取得して、

自分自身自身の腕が認められて忙しくなってからは、

この孤児院を辞め、離れざる終えなくなったが

懐かしい思い出の場所でもあり、

時間があれば、時折訪れるのが定番だった。


理香は、此処の孤児院でも優秀な人材で

子供達からは勿論、職員からも頼りにされていたのだ。

辞めると言った時は、皆、驚いてまた来て欲しいと(すが)った程に。


最近は、ウェディングプランナーとして仕事に追われて

(しばら)く訪れる事が出来なかったが、それでも院長である彼女や職員から歓迎され、暫く会っていなかったせいか、思い出を院長と語り合っていた。


院長と語り合いの後、

帰る前に広場を四角になる所から眺める。

先程と全く変わらない情景があり、子供達の無邪気な活気が絶えては居なかった。

そんな眺めて居ながら、ふと此処にいる少年少女の経緯が脳裏に浮かんだ。


孤児院には、

赤ん坊から預けられた子や、物心が着いてから預けた子。

天涯孤独の身や、訳があって親と離れて暮らしている子達が、此処には居る。

様々な辛い思いを抱えた子達が暮らしている場所がある、と知った時

理香は此処で働きたいと思った瞬間を、今でも覚えていた。


此処で(しばら)く働いてから、子供達の心情を色々と知った。

中には自分自身と同じ様な境遇の子もいて、子供達との触れ合いを通して理香は思い知ったことがある。


この孤児院で暮らすか、親元で暮らすのか。

どちらが良いのだろう。様々な思いを抱いて生きているこの子達と

自分自身の育ってきた境遇を重ね合わせた時、

不意にそんな思いが芽生えた。


幸せに形はない。

他人が勝手に決めた幸せは、どういう結果を生むのか。

それは、母親という悪魔に束縛され生きてきた理香にとっては、

まだ未知なる思考と、辿りつけない答えだった。



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