第225話・哀と虚の螺旋階段
JYUERU MORIMOTOの出入口のロビー。
其処には三条富男という室長を傍らに携えながら
森本繭子は報道人の前に堂々と、平然とした面持ちで立っていた。
「森本社長、今のお気持ちを」
「…………とても晴れ晴れしいお気持ちでございます」
ぼんやりとした視界で、花束を赤子の様に抱きながら
悪魔は恍惚の微笑みで、報道人に告げた。
“__________JYUERU MORIMOTO、営業再開。
森本社長「とても晴れ晴れしいお気持ち」”
(気付いていないのね、これが惨めな悪足掻きだと)
佳代子、異父姉を心の底から憎しみ越えて見せると
息巻いている悪魔は取り憑かれている。
佳代子を越えて、自身の欲望の壺を満たす事しか頭にない。
世間がどう言おうと軽蔑の厳しい眼差しを見られ様とも
自己欲を満たし佳代子を越える事しか頭にないのだ。
救い様がない悪魔に理香は苦笑した。
しかし。
(…………何処か可笑しい?)
理香は、目を凝らした。
華やかな姿に恍惚の微笑みを浮かべている。
しかし表情は微笑みを浮かべているのに、その菫色の瞳は、
何処か虚ろの様に見える。焦点が定まっていない。
繭子の瞳は、
いつも覇気と生き生きとした情熱に溢れていた。
悪魔の元で育ち、一時期は悪魔の悪行を味方として見てきた娘が忘れる筈がない。
彼女にとって“違和感”だった。
世間には知られていないが、
森本繭子は一時期精神に異常を来し、
精神安定剤を過剰摂取する程の薬漬けの生活を送っていた。
周りには華やかな姿を見せていても、
裏では精神安定剤を服用しているのかも知れない。
薬の錠数を多く服用していると、まだ身体から
薬の作用が抜けていない為に、それらが表情に現れると効いた事がある。
(そのせいかしら)
あれから森本繭子の私生活には、踏み込んでいないが
繭子の私生活に何かしらの変化が現れたのだろうか。
闇夜の部屋。
ブルーライトを抑える眼鏡を掛けて、
理香はデスクトップのパソコンを見詰めている。
パソコンが示しているのは、森本邸のリビングルーム。
暫く森本繭子の私生活は、伺えていなかった。
JYUERU MORIMOTOの営業再開を押し切り、
華々しい女社長として生きる女の裏の姿。
しかし理香は小首を傾けて、メガネのブリッジを上げた。
静かに目を凝らす。物の収拾が着かず散乱した部屋は変わらない。
だが。
森本繭子の足取りが、何処か覚束無ない。
何か助けを求める様に歩きながら、床は物に覆われて見えない床を歩き、物に躓き転倒する事が数回。
動画を止めて、繭子の姿、表情が見れる様に拡大。
繭子の瞳に目を凝らした。
(…………やはり、間違いない)
瞳は、焦点が定まっていない。何処か虚ろめいている。
急にだ。それに歩き方も、何処か怪しい。
辺りにある物を確かめる様に繭子は歩いている。
まだ10代、
椎野理香として孤児院で住み込みで働いていた頃。
自分自身と同い年の盲目の少女の事を、理香は思い出していた。
名前は花菜。
花菜は幼少期に事故で両親を亡くし自身は
盲目となり孤児院に引き取られた、と言っていた。
視覚障がいを持つ彼女は白杖を頼りに花菜は歩き、
度々、理香と遭遇する事があったので、理香が自然と
自発的に花菜の支えになっていた。
同い年という事もあり、親しかった事を覚えている。
花菜の歩行と繭子の歩行と、酷似しているのだ。
しゃきしゃきと動く繭子の姿は、何処にもない。
カメラ越しに見る繭子は何処か弱々しい。
(………まさか)
理香は、ある疑いが浮上した。
_____総合病院。
「午前有給休暇を取りたいんです。………はい。
午後からは出社し、任された業務を行います」
『本人が改めて、
自分自身の現状を知りたいと申しております。
ご説明を伺う事は可能でしょうか』
午前の有給休暇を取り、理香は総合病院に来ていた。
此処は繭子のゴシップがスクープされ、また復帰謝罪会見では此処に入院していたと噂された場所。
事情を話した上で、
森本繭子の代理人、と言って通して貰えるか不安だったが
しかし味方だった頃の事もあり、あっさりと
森本繭子の繭子の主治医に出会う事が出来た。
「照明が落下し、森本さんは下敷きになりました。
視神経にダメージが加えられた事により
緑内障の症状も顕著に現れたのだと思います」
「彼女の視力は、0.01。今回の事故、緑内障の事も重なり
白い霧の様な視野だと思われます。いずれは……失明する事が待っているかと」
悩ましげに、神妙な面持ちで主治医は告げた。
理香は、
今までの繭子の行動が変わった事に納得したと同時に
繭子が持病を持っている事が初耳で、衝撃的だった。
何せ繭子自身、自分自身は健康体というのが自慢だったからだ。
(…………これは、佳代子叔母さんを蹴落とした罰が
漸く下ったのかしら、ね)
異父姉を蹴落とし、
挫折を味わう事も無く華々しい螺旋階段を歩んできたた。
自分自身の欲望の壺を満たしながら、
全てを明らかにするゴシップ記事が出ても完全否定し
強硬的に押し切る形でJYUERU MORIMOTOの営業再開した。
『週刊紙が噂され書かれたのは、全て嘘です』
『私の経歴が詐称という事も、一人娘が自殺した、という事も。
私は経歴詐称等しておりませんし
何せJYUERU MORIMOTOのは私一代で築き上げた会社です。
皆さんは新しいお城に嘘を塗りますか? 答えはNOでしょう。
これらに不正等、一つもありません』
『そして何故、可愛い可愛いたった一人の娘に
虐待等をする理由等あるのでしょうか。彼女には愛情を一新に注ぎました。
今は行方不明となっておりますが、母娘関係は良好にあります』
復帰謝罪会見で、威勢を張りながら、
自分自身は正しいと豪語していた森本繭子の姿と言葉が脳裏に残響する。
華々しい栄光と名誉ばかりを求める、物欲の悪魔。
その結末に、理香の心は凍るばかりで、
自然と憂いの眼差しと感覚か浮かび上がってくる。
悪魔は救えない。自分自身の行動が正しいとばかり思っていても、その行動は墓穴を掘り、自分自身を追い込んでいるのだ。
(…………貴女の、終わりも近付いているのかも知れない)
けれども、悪魔は絶対に認めない。
森本繭子は、自身の状態を世間に隠している。
彼女が失明寸前だなんて誰も知らない。
総合病院から
プランシャホテルに向かう道を、一歩一歩歩きながら
理香は繭子の行いを振り返りながら、それらを憂いた。
彼女の行いに絶対に同情はしない。
しかし。
(自分自身が、哀れな道を進んでいても、それが名誉だと思い込んでいるの?
佳代子叔母さんから奪ったもの、それは本当に貴女の心を満たしたのかしら)
虚栄だったのではないか。
悪魔は虚栄心に満たされていたに過ぎなくて、
それが本物の名誉だとばかり思い込んでいる。
(…………貴女が身を退かないから
そろそろ、身を引く機会を与えたのね)
その機会を与えたのは、誰か知らないけれど。




