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悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第11章・復讐者が悟るもの
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第223話・偽物が本物になれたのなら


生まれ落ちた瞬間、

ずっと孤独に、独りで生きてきた。

森本心菜という人間を抹殺して、椎野理香として生き

椎野理香としての厳重に人格を守り続けながら、独り冷たい厳冬の道を歩いてきた。


“椎野理香”という人格は、自分自身だけのもの。

独りで生きていくと誓った上で、この人格だけは蔑ろにしない。


けれど。

それは独り身であって、

良く言えば自由に、悪く言えば好き勝手に出来ていた事だ。




『高城家に嫁ぐ身として、君には聞きたい事がある』


『休憩時間の時に来なさい』

『_____分かりました』



そう理事長から、言われた。


(そうか。私だけで終わる話じゃない)


高城芳久との、復讐の利害関係一致の為の

政略結婚、契約結婚だとしても、自分自身・高城家を巻き込む事になるのだから。


誰かと生きていくとなれば、

変わらず独りで守り続け秘密にする訳にはいかない。

いつか誰かに自身の素性を話さなければならない事だ。


道を踏み外す事はなく、

椎野理香という人格を守り居られる事は出来るだろうか。


本当は椎野理香ではなく、森本心菜。

本当はJYUERU MORIMOTOの社長令嬢であり、森本繭子の一人娘。

今、高城英俊が業火を燃やしている気を咎めている(かたき)の娘だ。


それが、息子の結婚相手だと知れば、

当然の如く、彼は反対するのだろう。



(大丈夫。森本心菜は消えたもの)





________プランシャホテル、理事長室。



英俊は呆気に取られていた。

芳久が自分自身に向けて置いて行った書類は、椎野理香の身辺調査報告書。


椎野理香は、天涯孤独の孤児(みなしご)


昼休みの休憩時間に、ぴったりと椎野理香は現れた。

英俊は予め命令していた椎野理香が持っている書類を

見せる様にと、釘を指していたので理香はそれらを持参している筈だ。


神妙な、張り詰めた空間。

対面式に置かれたのソファーに座る理香、英俊。

理香は(カバン)からファイルを取り出し、

その中身の書類を英俊の前に提示した。




棄児発見報告書


性別:女児

生年月日:19XX年 2月12日

名前:理香 (リカ)

本籍地:東京都 ◯◯市 〇〇村 子守唄の園 (養護施設)


続いて、養子縁組届が二枚。


10歳の時に養女に引き取られた先の届。

西園寺という資産家の養女に引き取られたが、1年後に虐待が発覚し

自らが育った場所へ再び引き取られている。

この後で理香の西園寺夫妻と養子縁組は解消されている。


続いて理香は添える様に、紙を差し出した。



【診断書


西園寺 理香様



1年に渡る身体的・精神的虐待により


・PTSD<心的外傷後ストレス障害>

・重度不眠症

・対人恐怖症


を発症している事をここに記します。


19XX年 4月11日 担当医師:亀井 彩】


それは理香が医師の診断の元、負った傷の証拠。

これ程に苦労と傷を負いながら生きている女性だとは思わなかった。



身辺調査報告書にて、

椎野理香が受けた虐待の内容はかなり酷いもので、

医師の診断書まで差し出されたのもあり、英俊は

理香から自身の素性を聞くのを逡巡(しゅんじゅん)を感じ

口籠りつつあるが、理香側から自然と口を開いた。


「以上が私の全てです。

本当の誕生日は分かりません。

………孤児院の前に置き去りにされていたという事ですから。

赤子の大きさで私の誕生日は決まったそうです。


東京都から少し離れた下町の先にある孤児院で

育ちました。自然が豊かで皆様、優しいと記憶があります。

10歳の時に養女に迎えられました。


けれども、私の器量が悪かったのでしょう。

養父母を怒らせてしまい、最終的に孤児院に戻って参りました。

ただ………」


「ただ?」

「私は、養女に引き取られ生活していた時期の記憶がありません。先生か仰るには心のストレスと辛さから身を守る為に記憶がないのだと言われました。


ですが、何故か恐怖心だけはあり、

孤児院に戻ってからも私は怯えておりました。

これはPTSDの症状だと言われています。


私は、“養女になりたくない”と自然と思うようになり過ごしておりました。

怖いという感情がずっとあったのです。


そんな時期を過ごしていた時、ある方から助けを頂きました」


その理香が話す口調は淡々としているが、

何処か儚く薄幸で、切なさが瞳に浮かんでいる。

悪い事を聞いてしまっているのかも知れない、と

久しく英俊は己の自責点を感じた。


虐待は

大人のエゴと自分勝手で行われてしまうというのに

椎野理香は自身の器量のせい、という思い込んでいる。

それは現に養父母の事を悪く言っていない事が証拠だ。


(控えめだと思っていたが、こんなに謙虚だとは)



(なんだか誰かの人生を語っているみたい_____)


傍観者の様な感覚と、本当に自分語りをしている様な感覚。

全てが完璧に造り上げた椎野理香という人間。

戸籍や素性、椎野理香という人格は完璧に造り込んである。


理香は悟っていた。全ては嘘八百だが

椎野理香という人格が憑依すると、全てが変わるのだと。

迷う事なく言葉が台詞の様に溢れ出してくる。


令嬢・森本心菜という身分を棄てて、

孤児(みなしご)である椎野理香の事を語っている。

そして思った。


(私は、もう森本心菜には戻れない)



「助けて貰った」

「孤児院長夫人の事です。あの方は、慈悲深くお優しいお方でした。

いつ養女に引き取られる事を恐れを抱いている私を、

後見人となり私を自らの娘にして下さったのです」

「それは…………」



【養子縁組届


氏名: 理香

生年月日:19XX年 2月12日

住所:東京都 ◯◯市 〇〇村 子守唄の園 (養護施設)



養母:椎野 舞夏

生年月日:19XX年 7月6日

住所:東京都 ◯◯市 ノースウエスト202号室



19XX年 7月31日に養子縁組が成立としたとする。

よって理香は、後見人である椎野舞夏の養女とする】


身元保証人及び後見人である椎野舞夏は

椎野理香が21歳の時に病死したそうだ。最期を看取ったのも椎野理香だったという。


「………以上が、私の全てとなります」

「そうか。辛い思いをしてきたな」

「今はどうなのかね?」

「………今は、養母の支えもあり、病気は完治したと

主治医からお言葉を頂いています」

「そうか」


一通り話終わった所で、

理香は何処か懐かしむ様に目を微かに細めた。

養母の事を考えているのだろうか。その表情は言葉には表せない程に切なく綺麗だ。


「苦労と傷を負い、

乗り越えたからこそ今の君が居ると分かった。

済まんな。辛い過去を思い出させてしまって。


これからは芳久を支えてやってくれ。

そしてエールウェディング課のウェディングプランナーとしても期待しているよ」

「はい。ありがとうございます」


理香は、一礼した。


(この苦労と傷を、嫌と言う程の煮え湯を飲んできた彼女ならば

高城家、次期後継者の妻に相応しい結果を出してくれるであろう。

そしてその過去に囚われず、品位ある低い物腰と謙虚な佇まいは惚れたものだ)


英俊は理香を気に行った。

前々から優秀なウェディングプランナーとしての器量を認めていたが、息子の嫁となる身としても相応しい。



(本当に椎野理香になれたら、いいのに)


何処かでそう思っていた。

理香の中で森本心菜、という過去の人間は恥だと思う様になっている。



本当は、JYUERU MORIMOTO、森本繭子の一人娘。

提携経営先の令嬢だ。けれども、この事実は知らない。

その社長令嬢という身分を隠し偽り嫁に行くのだ。

JYUERU MORIMOTOの社長令嬢、という身分を隠して嫁ぐ事に気が引けて、後ろめたくなったと同時に

森本心菜という人間が邪魔だと感じた。


(貴女がいなければ、後ろめたさなんて、感じないのに)


森本心菜という社長令嬢は消えて、代わりに天涯孤独の椎野理香が存在している。

森本心菜は棄てたも同然の人格だけれども、本当に椎野理香にはなれないか。


令嬢・森本心菜という身分を棄てて、

孤児(みなしご)である椎野理香の事を語っていた彼女に

珍しくそんな欲が芽生えた。




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