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悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第11章・復讐者が悟るもの
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第222話・契りと結び


理事長室は、ピリピリとしていた。

重く佇む沈黙と、触れるだけで逆鱗の様な空気。



数日が経過したが、相変わらず

JYUERU MORIMOTO、森本繭子の現状が飲み込めないままだ。

一刻も早く提携経営解消を望む英俊は

ただ時間だけが過ぎていく現状に苛立ちを隠せない様であった。

芳久は今日も英俊に召集され、前に真っ直ぐ、礼儀正しく立っている。



今、言ってもいいのだろうか。

けれども早く身を乗り出さない事には、

現実が変わった時の対象も出来ないであろう。

意を決して腹を括り芳久は、英俊に詰め寄る事にした。



「…………あの」

「なにかね」


「理事長、いえ、父さん。

私事ながらご報告したい事があります」

「……………」


ピリピリと落ち着かない表情を

していた英俊が途端に真顔になり、静かになる。


父さん、と呼ばれたのはいつぶりだろうか。

息子でありながら他人行儀で過ごしてきた、彼の真意だけは掴めない上に読めない。



芳久は控えめな表情を浮かべると、一歩後退りし告げた。


「…………申し訳ございません。

このプランシャホテルが慌ただしい混乱を招いている中、

私事を申し込む無礼を。すみません。忘れて下さい」

「………いや、続けろ」


芳久はきょとんとし、良いのですかと尋ねた。

英俊は芳久の言葉に一つ首を縦に振って頷いてから、

鋭い眼差しで、此方を見詰めてくる。

一呼吸を置いてから、背筋を真っ直ぐし直し、告げた。


「実は結婚したい、お相手がいるのです」

「………………」


その刹那、英俊は固まった。

息子の突然の報告に拍子抜けしては、ぽかんと口を開けた。



芳久も27歳になる。

実は結婚相手を、そろそろと英俊は思っていた。

お見合いをして政略結婚にするか、それとも息子が連れてきた相手を見定めるか。

自身が早婚だった故にのんびりとしている息子の動向に苛立ちを隠せない時もあった。



「………そうか、まあ、妻となる者にもよるがな」


高城芳久は、プランシャホテルの後継ぎ。

いつかプランシャホテル理事長を支える者となるのだから。

それに相応しい相手でなければ認めるつもりはない。

片方の手で頬杖で着きながら聞く英俊に、(ようや)く芳久は表情を緩めた。


「そうですね。

ですが、僕が結婚したいと思うお相手は、“理事長もよく知っているお方”です」

「私も知っているのか?」

「はい。……寧ろ、有名かと」





一件目の仕事が無事に終わり椅子に座ったところ

内線電話がかかってきて、受け取ると

相手は理事長秘書だった。


『理事長がお呼びです。理事長室に来るようにと』

『………分かりました』


きっと理事長の耳にも、結婚の話が伝わったのだろう。

理香はそう自然に解釈しては、再び立ち上がり、

エールウェディング課を後にすると、理事長室まで歩き出した。


(認めて貰えるかしら……)


エレベーターで最上階に向かう最中、

階がどんどん上昇していく度に神妙で、

張り詰めた感情に襲われつつ理香は思いにふける。


そして芳久の言葉を思い出していた。


『大丈夫。理事長なら君を歓迎してくれるよ。

それに何か危害を加えるならば、俺が守るから』


理事長に会ったのは、指折りを数える程だ。

JYUERU MORIMOTO社に派遣社員にならないかと

持ち掛けられた時に確か、対面した筈だ。


あの頃は人当たりの良さそうな威厳に満ち溢れた人物だと思っていたが

芳久から、高城英俊の裏側の本性を聞いてから、見方が変わって行った気がする。


結婚となると、両家の親戚も絡んでくる。

当人の好き同士では済まない問題になっていくのだろう。


(………私の素性も、いつか)


心に暗雲が立ち込める。

あの森本心菜は、この世で完全に抹殺した。

椎野理香の戸籍等は完璧に一個人として存在し、偽装ではないものだ。




_________プランシャホテル、理事室。



「此方を」


芳久は、座っている英俊の目の前のテーブルに、

ファイルに入れられた書類が静かに置かれた。

それは、身辺整理書と書かれたものだ。恐らくは結婚相手のものだろう。



それを開こうとした瞬間、ドアのノックする音が聞こえた。


「“来られたみたいですね”」


芳久はドア側に視線を遣り、英俊の方に呟いた。



「………あの、僭越(せんえつ)ながら、

僕の結婚したい方をご紹介させて頂いても宜しいですか?」

「そんなに身近な人間なのか」


微笑む芳久に、不審に思う英俊。


「大丈夫です。理事長もよくお知りの方ですから。

…………それで宜しいでしょうか?」

「お前が其処まで言うのなら、通しなさい」


いつもは控えめで物静かなのに、今の息子は強情だ。

やはり自分自身が恋い焦がれている相手に対しては

感情を変えてしまうのか。


「どうぞ」


カチャリ、と控えめな音が残響する。

英俊は目を凝らしながらドアを凝視し、

芳久はその表情に穏やかさと余裕を佇ませている。


入ってきたのは、長いさらさらな髪と清楚な佇まい。

英俊は驚いた。現れたのはエールウェディング課にて、

自身の息子と一二位を争う程の優秀なウェディングプランナー。


彼女は英俊の前に立つと、静かに一礼した。



「改めまして。

芳久さんとお付き合いさせて頂いております、椎野理香と申します」


顔を上げると、彼女は控えめに微笑んだ。

ウェディングプランナーとしては誰もが目を惹く優秀な逸材。

それに噂によるとかなりの天才肌だと聞いた覚えがある。

礼節を整え備わっている才色兼備な女性。



確か息子とは同期の筈だ。優秀の塊である椎野理香ならば

プランシャホテルの次期後継者、妻としては優秀な者だろう。

非の打ち所がない、彼女ならば________。

椎野理香の優秀な器量を、英俊は密かに認めている。



「椎野君が、結婚相手と?」

「はい。そうです」


芳久は、そう冷静に告げた。

英俊は両手で頬杖を着きながら、理香を険しい眼差しで見詰めた。

そして(やが)て。


「分かった。


______二人の、結婚を認めよう」





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