第220話・栄光と偽り
このままJYUERU MORIMOTOの
森本繭子の掌に踊らされているのは不本意だ。
「_____芳久」
「はい」
「森本社長と外食を開ける様に取り付ける。
お前も次期理事長として同席しなさい。決定事項だ」
「………了解致しました」
芳久は静かに頭を下げた。
緊急事態が起きたのは、それから数日の事だった。
JYUERU MORIMOTO営業再開という見出しと共に
午後2時に森本繭子から直々に記者会見を開くというものだった。
このセンセーショナルな内容を、
理香は携帯端末のニュースを見て固まっていた。
しかし何処かで理香は物憂げな眼差しで心は呆れている中、森本繭子を見詰めている。
【JYUERU MORIMOTO、森本繭子氏、謝罪を伴う復帰会見へ】
携帯端末に映る悪魔の笑顔。
それを冷ややかな眼差しで見詰める理香は、ふっと嘲笑う。
(……………まだ、悪足掻きしようというのね)
JYUERU MORIMOTO、森本繭子の悪行は
世間から大バッシングを受けて
長らくJYUERU MORIMOTOも営業停止。
依願退職者は続出という、会社としては傾けかけている。
だが嘗ての栄光にしがみつく女は、這ってでも自分自身の欲望を晴らしたいみたいだ。
(…………そんなに、佳代子叔母さんを越えたいの?)
品行方正、成績優秀な才女だった異父姉。
繭子は到底、彼女の天性の才能には届かなかったけれど
繭子は自分勝手にもそれを逆恨みしていた。
今の森本繭子の行動は、“異父姉を越えたい”という
感情の元、動いている様にしか見えないのが率直な感想だ。
その姿は哀れでもあり、惨めな自分自身への慰めの様に感じてしまう。
異父姉に勝つ為に道を踏み外したにも関わらず、
その道が正しいと亀裂の入った道を選んでいる。
記者会見は、JYUERU MORIMOTOではなく
とあるホテルのホールで行われるらしい。
このホテルはプランシャホテル次に最高峰のホテルとして知られている場所だ。
(………悪足掻きをしている貴女は、何を告げるのかしら?)
次に連絡、電話がかかってきた。
それは白石健吾、と画面に表示されたのを見て理香は応答する。
「白石さん」
「…………おはようございます。
あの椎野さん、……あの記事はご覧に成られましたか?」
「…………はい」
「そうですか」
白石健吾は、複雑化した思いを抱いていた。
自分自身の実母が欲望の女王で、未だに無様な悪足掻きをしている事に。
娘として母親を見るのは苦しさを感じるのではないか。
「………大丈夫ですか」
「………? はい。私はもうあの人の娘である事を止めましたので」
通話口から話す、冷めた声音に健吾は責任を感じた。
自分自身が父親として傍に居れば、彼女は森本心菜で
要られたのかも知れない。無力だが、娘が傷付く行為から守りたかった。
そんな後に退けない複雑化した感情で、娘を想っている。
(………ごめんな。僕が、繭子を野放しにした責任だ)
「今日はお時間あります?」
「はい。今日は会社が臨時休業となりましたので。
お時間は空いています」
「そうですか」
その瞬間、健吾は身を乗り出した。
「よろければ、森本繭子の記者会見を一緒に身に行きませんか?」
「……………よろしいですよ。そう言えば
記者会見の記事も白石さんがお書きに成られるんですよね……?」
「はい。しっかり書いて記事に出来れば、と思います。
理香は、
何処と無く白石健吾からのプロ根性・魂を感じた。
一見、西洋劇映画に現れる、真意の見えず掴み処がない自由な男性だと思っていた。
ただ熱意を心に秘めて絶対に見せない人間なだけだ。
その為には現場……森本繭子の証言を聞かなければ」
「では、よろしくお願い致します」
(………“あの事は、まだ泳がせた方が良いわね”)
理香はくす、と微笑した。
果実は早く手に取るよりも、熟れて熟してからが食べ時だ。
その方が余計に美味で、ダメージを受けやすい。
理香は二つ返事で返した。
球体型のホテルのホール。
それは舞踏会の様な華やかな会場だった。
鮮やかな華々。ステージには【JYUERU MORIMOTO、
森本繭子復帰会見】と記した存在感の存在感の強い深紅色の垂れ幕。
周りにはマスコミ関係者が
ぽつりぽつりと現れて、席を陣取り始めている。
記者会見の会場で白石健吾と合流した後で、
見えやすい様にステージ脇の
スポットライトが当たらない箇所に父娘が雛壇の如く並んで立ち監視する事にした。
何せJYUERU MORIMOTOが営業再開、女社長の記者会見となれば
これ程のセンセーショナルな報道はないだろう。
ステージに灯された明かり。
その上に立派な壇上が備え付けられてある。
_________プランシャホテル、理事長室。
闇夜の部屋。
遮光カーテンで締め切られ、
理事長は神妙さと複雑化した面持ちでパソコン画面を凝視している。
英俊は腕組みをし、
顎を着けて鋭い眼光を向けて今か今かと待っている。
その後ろ、
一歩引いて直立不動で立っているのは、彼の息子である高城芳久だ。
冷静沈着な彼は真剣な面持ちを浮かべたままだった。
それはポーカーフェイスなのか分からない。
JYUERU MORIMOTO、森本繭子の記者会見は異様だった。
テレビ中継も無論事ながら、ライブビューイング方式で
形は違えど、それぞれの形で記者会見は伺えるのだ。
森本繭子がかなりの期待とお金を掛けているのは、
言わなくても分かる。
(何がしたいのだろう)
『えー、只今からJYUERU MORIMOTO及び
JYUERU MORIMOTO・取締役社長・森本繭子の会見を開始致します。ご静粛にお聞き頂けますと幸いです』
ホール内に、アナウンスの声が響いた。
身体のラインが見える赤いスーツを来て、森本繭子は颯爽と現れた。
途端にマスコミ関係者からパシャパシャと光るフラッシュとカメラ音。
ばっちりとしたヘアメイク。巻き髪に、完璧な厚めの化粧。
まるで自分自身は女優かの様なスポットライトと、カメラのフラッシュを浴びている。
(そうよ、これこそが、あたしには相応しい___)
高揚感が高まり、優越感により心が満たされていく。
この高貴な自分自身が燻っているのは相応しいものではない。
嘗ての栄光を、名声や名誉を、取り戻してみせる。
ジュエリー界で再び輝くのは、自分自身だ。
「この度は、お騒がせしてしまい申し訳ございませんでした」
深々と頭を下げた。
(…………全てが違う)
“あの時の記者会見”とは、あの時の繭子は顔面蒼白で
挙動不審でパニックに陥り今にも倒れてしまいそうな、
芯のない、まともに言葉の呂律すらも、回っていなかった。
けれど今は違う。
自信に道溢れた面持ちと、血色の良い顔色。
凛とした佇まいに希望に満ち溢れた双眸。
まるで弱々しかった
あの記者会見をなかった事にしてしまう様な勢い。
ここ数日の間で、森本繭子の中で何が変わってしまったというのだろうか。
「週刊紙が噂され書かれたのは、全て嘘です。
私の経歴が詐称という事も、一人娘が自殺した、という事も。
私は経歴詐称等しておりませんし
何せJYUERU MORIMOTOのは私一代で築き上げた会社です。
皆さんは新しいお城に嘘を塗りますか? 答えはNOでしょう。
これらに不正等、一つもありません。
そして何故、可愛い可愛いたった一人の娘に
虐待等をする理由等あるのでしょうか。彼女には愛情を一新に注ぎました。
今は行方不明となっておりますが、母娘関係は良好にあります」
白けた言葉。熱の籠った覇気のある声音。
娘に対しての言葉に堪忍袋の緒が切れそうになったが
それすらも理香の中では凍えて切り、感情が失われている。
(………相変わらず、
自分自身を守る為となれば口が達者になることだわ)
冷静に理香は遠くの実母を見詰めていた。
嘘で塗り固めた鉄仮面の女は、不死鳥の如く、何度も蘇るらしい。
「JYUERU MORIMOTOは、明日より通常営業を再開致します」
そのはきはきとした話し方、その言葉に皆が驚愕する。
あれだけ自分自身の素性の不正が明らかになり、
JYUERU MORIMOTOは依願退職者が増えたというよに。
どうするつもりなのか。
ホールが暗転し、モニタースクリーンに注目が集まる。
それは今後のJYUERU MORIMOTOのプランとも呼べる。
「実は現在、JYUERU MORIMOTOの
株価が急激に下昇しております。そして依願退職者の
増加も認めざる終えない事です。
その間は、私一人でJYUERU MORIMOTOの営業を致します。
JYUERU MORIMOTOの創業者は私です。私の会社ならば
全てを熟知しております。私一人でも営業は成り立ちます。
何もご心配は要りません。
提携先のプランシャホテル様も存在もございますから」
森本繭子の言葉は、強気だった。
誰にも負けない勝ち気な顔立ちは悪魔の微笑みにも見えた。
「そして、私以外に数名役職が変わった者がおります。
此方をご覧下さい」
モニターには、名簿らしき重役の名前が刻み込まれていた。
しかしその名簿にあった名前に理香と健吾は絶句せざる終えない。
取締役社長:森本繭子
社長秘書:三条富男
室長:尾嶋博人
という名前と役職に。
それぞれに驚きを隠せないままだった。
三条富男が何故、JYUERU MORIMOTO側にいるのだ?
最近めっきり連絡がなかったと思っていなかったら、
こういう事だったのか。
今までの交流は一体、何だったのだ、と健吾は思う。
欲しいものを手に入れて全てを塗り替えて富男は
JYUERU MORIMOTOは再出発する筈なのだ。
まだ、繭子は尾嶋博人を放さないと理香は悟った。
それはまだ尾嶋博人との接点が消えていない、という事になる。
二度目の再出発。悪魔は、繭子は、何がしたいのだろう。
ホールが明るくなり、
マスコミ関係者はざわざわとしている。
森本繭子は全てを否定した上で、また偽りの華やかさを求めている。
(あたしは、この場で返り咲いて見せる!!)
そう息巻いた瞬間、ビリ、と何か鋭い音がした。
続いてバチ、という音。
理香は不意に顔を上げた。
その刹那、悪魔と復讐者の視線が不意に絡んだ。
繭子は理香を見た瞬間に憎悪を沸き上がったが、
その理香の隣に立つ人物に呆気に取られた。
(………何故、あんたが………)
理香の隣には、健吾がいた。まるで当然かの様に。
すぐに娘をを手懐けたくらいだから、ただ者ではない。
しかし自分自身を奈落に突き落とした張本人が、この華やかなステージ脇にいるのか。
(なんのつもりで来たの?)
(あたしを奈落に突き落としたのに、平然な顔をして)
(…………破滅する貴女を見届ける為よ)
そっと澄まし顔で、小首を傾けながら微笑む理香。
晴れやかな心が一瞬に暗雲めいた。
途端にどす暗い、心の中で理香への憎悪が燃え上がり、
繭子の瞳が揺らいだ瞬間、健吾すらも微笑した様に思えた。
その瞬間、けたたましい音が轟いた。
火花を散らしながら、バチバチと音を立て
森本繭子の真上にあった照明類が轟音と共に落下した。
ガシャン、というガラスが割れる音。
重い鉛が轟音を立てながら、電気の回線がバチバチ、と光る。
暗闇の中で周りは悲鳴に包まれている。
沈黙に包まれ、騒然となるホール。
鳩が豆鉄砲を食らった様に茫然自失となれマスコミ関係者。
ホテルの関係者は突然の事故に慌てふためく声が聞こえた。
だが一瞬だけ、ライトの隙間に見えた赤。
「きゃああああー!!」
とある女性の悲鳴。
理香は驚いたまま、暗転したホールに佇んでいた。




