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悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第11章・復讐者が悟るもの
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第216話・繰り返される輪廻



「繭子」


ふわりとした、穏やかな声音。


「繭子?」


悪魔は呻く。

まるで、その声は喉元を締め上げられる様なものだ。

苦痛の表情を面持ちに浮かばせながら、首を横に振り続ける。


この女の声は、ずっと忘れていた。

娘が異母姉に似ていく事だけを、ぴりぴりと

神経を尖らせては憎悪染みた感情に苛まれていた。

存在そのものも、その声音も、ずっと忘れていたのに。


それなのに。


(”アイツ”は、意図も簡単に、

全てを奪って、佳代子の姿だけを残して去った)


全部、娘のせいだ。



佳代子の亡霊。心菜された仕打ち。

その全てを掻き消すかの様な絶叫と共に繭子は飛び起きた。

肩で息をしながら、背中に冷や汗をかきながら、微かに震えている。


別荘の寝室にある、

クイーンサイズのベッドに繭子は眠っていた。

白石健吾と謎の青年が乱入して、心菜を連れ去って行ってから数日。

繭子はまだ“あの出来事”を現実とは思えず、受け入れられないでいた。


心菜の実父は、白石健吾。

自分自身が選んだ小野順一郎の娘ではないこと。

心菜と健吾が共謀し無情にも自分自身を奈落に突き落としたこと。


認めたくはない。

特に、心菜の父親の事は。

だが、その現実を受け入れる様になったのは、娘が発したあの言葉。



『__________私は、白石健吾の娘よ。



貴女がどれだけ否定しようとも、変えられない事実なの』


そう思う度に、

理香の、あの石英(せきえい)の如く冷たい言葉が突き刺さる。


存在さえ、育ててさえいない父親の味方に付き、

憎悪を孕みながらも生かし育ててやった母親を捨て、恩を仇で返すというのか。

健吾は、何も知らないのに。


暮らしてきた中で、繭子は順一郎の娘とばかり思って

“愛人の娘”、“(めかけ)の娘”と彼女に吹聴し、洗脳し、心菜はそう思い込んできた筈だ。


なのに理香は、

易々と実父の正体、白石健吾の存在を受け入れた。


『霧が晴れたの。私は妾の娘ではないと。

貴女のせいでそう思わされてきたけれど、私はあの人の娘で良かった』


怜俐な声音の中で、何処か晴れ晴れとした声音。

それは母親の計画をばっさりと切り捨てる様な、打ち砕くかの様だった。

それは小野順一郎の娘ではなく、寧ろ

白石健吾の健吾の娘である事が喜ばしいと言わんばかりに。


刹那。娘にまた憎悪が募る。

何処まで母親というものを踏みにじり、自分自身の計画を壊すのか。


(貴女は、母親を捨てるというの?

育てても、存在さえ知らなかった父親に(なつ)いて)


去った者を追いかければ、追いかける程に

どんどん相手は遠退いていく。

娘は不思議な存在だ。

それすらも憎たらしい。


それに、心菜は自分自身の娘だ。

自分自身だけのもの。操るのも、服従させるのも。

娘の存在さえ知らなかった男に奪われるものか。


傍らに置いたペットボトルの水を飲み干すと、繭子は呟いた。


(棄てた男に、娘を取られて堪らない。

娘が母親に対して恩を仇で返す、その態度も気に入らないわ。

…………絶対に、あたしの元に戻してやる)


繭子は、娘を取り戻したいのではない。

異母姉に似た憎らしい娘は、傍に置いているだけで腹が立つが

佳代子への鬱憤を晴らす操り人形としては、これ程に相応しいものはなかろう。



後は____健吾への敵対心。


(奴は父親らしい事もしていないのに、図々しいわ)



白石健吾から連絡が入り

森本佳代子に関する記事を書く上で、

会って欲しい人がいる、と言われたのは数時間だ。


待ち合わせは、

いつも喫茶店、人目に付かない奥の席だ。

なだらかな午後昼過ぎ。揺らめく珈琲の水面を見詰めながら富男は腕を組み考えた。



森本佳代子は、

見たところ不慮の事故死というよりも、変死だった。

バイオリンニストになるという意欲を見せていた

若い女に、浮わついた話も何もない。


そもそも何も起こらなかったのに、

豪奢な食器棚が突然、倒れるなんて話は無理がないだろうか。


あの華奢な彼女に出来る事は限られていて、

自身の背丈よりも巨大な食器棚を倒す様に出来るとは思えない______。


「三条さん」


凜とした声音に、富男ははっとして我に返る。

視線を遣ると其処にはラフな格好の白石健吾がいた。


とても記者とは思えない出で立ちだが、

何処か気品がありその男前に整っている顔立ちは、

まるで西洋映画に現れそうな、ダンディーな男優の様だった。


「お久しぶりです。白石さん」

「そうですね」


「………それで、

私に会わせたいという人は何方(どなた)ですか?」

「あのその事なのですが、事前に言わせて頂きます。

“とても驚かれると思いますが”、我々の力となってくれる女性です。


事情の詳細は後程、詳しく述べさせて頂きます」



健吾の言い回しに、何処か違和感を覚えた。

事情の詳細とは何か?



「_______椎野さん、此方です」


こつり、こつりとゆっくり歩み寄ってきた女性。

その現れた姿に、富男は言葉を失った。


優雅な雰囲気、

凛然とした顔立ちは目鼻立ちがくっきりとしていて

すらりとしたスタイルに雪の如く色白の肌、

暗めのハニーブラウンのストレートロングヘアには

天使の輪がある様に見え。とても似合っている。

だがそれは何処か、迷いのない蜂蜜の色の瞳やその美貌は物憂げを感じた。



しかし、富男が驚いたのはそれじゃない。


その優雅な雰囲気も、目鼻立ちも、姿も全て。

彼女は森本佳代子だった。森本佳代子が

生きて現れた様に思えて、殺到しそうになる。


「_______初めまして。椎野理香、と申します」



スーツ姿の彼女は、礼儀正しく頭を下げた。

富男は石膏の如く固まり言葉を失ったままである。

しかし刹那的に悟りを開く。


______“とても驚かれると思いますが”。


白石健吾の言い回しの違和感は、これだったのか。

森本佳代子に生き写しの如く似ている彼女。

けれども、驚くのはまだ早かった。


「驚かれたかと思います。すみません。


此方は椎野理香さん。

この方は、森本佳代子さんの姪にあたる方です。

そして。


_________彼女は、僕の娘です」


誠実さを滲ませながら健吾は、隣にいる女性の紹介した。

彼女は、森本佳代子の姪。そして____白石健吾の娘。

まさか白石健吾に娘が居て、その娘が、森本佳代子の姪だとは。


(どういうカラクリなのだろう)


突然にして

現れた彼女の存在に、富男は気絶しそうになった。

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