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悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第3章・母娘の愛憎
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第19話・秘密が剥がれる時




体がふわふわとした気分にいた。

何時もある緊張感がなくなると、こんなにも体は楽になるのか。

このままで居たいという思いとは、裏腹に意識は目覚めてしまった。


夕焼けの茜色の空色が目蓋の裏に映る。

それは幻想的で、まるで其処に自分自身がいる感覚がする。

まるで、現実から隔離された様な感覚を覚えていたが______。




ゆっくりと目を開けると、白い天井が伺えた。

仄かに漂う薬品の匂いと、腕から中身へ伝わる冷たい感触。

背中の柔い感覚して自分自身は寝かされているのだろう。


(…………此処は?)


ゆっくりと。身を起こすと周りを見回す。

綺麗に清掃された個室。


不意に腕を見ると点滴が繋がれていた。

腕から伝わる冷たい感触は下げられた点滴のものであり、

此処は病室だという事に気付く。


(……………確か、私は)


点滴が施されていない腕を額を置き

目を閉じると闇の中で理香は自分自身の記憶を辿った。


確か会社の会議に出席し、終わった後に眩暈に襲われ、

其処からの記憶が無く自覚が途切れている。

…………恐らく自分自身は倒れたのだろう。


そう思えば、此処に寝かされている意味が分かった。


仕事中に倒れてしまうなんて、

予想外で迷惑をかけてしまっただろう。

けれど、自分自身の重たい気分や身体はだいぶ楽になっている。


(…………体調管理を怠っていた証拠ね)


体調管理には気を付けていたつもりだった。

近頃はいつもより慌ただく仕事に追われていたので、

仕事だけで精一杯だったのかも知れない。


だがそれは言い訳となる、と理香は考える。

仕事中に倒れ伏せ、病院に送られてしまった事は、

現に体調管理を怠っていた証拠だ。




そんな事を考えていると、スライドドアが開く音がした。

視線を向けると、見慣れたスーツ姿の青年__同僚が現れる。

理香は芳久が現れた事に、理香が起き上がっていた事に驚いていたが、


芳久は少し安堵した様な微笑みを浮かべる中で

少しだけ張り詰めた面持ちで、此方を見詰めていた。


彼は理香の様子を見るなり、静かに此方へ駆け寄ってきた。



「目が覚めたんだ。良かった」

「……ごめんなさい。迷惑かけたでしょう?」




それから、理香は一通りの事情を聞いた。

理香が倒れたのは、過労と寝不足が主な原因だがそれに加え高熱を出していたらしい。

気怠い気持ちでいたが、煮え(たぎ)っている復讐心から、

身体がホットフラッシュに見舞われていても、

冷静に成らねばならないものだと理香は鈍感にも思い込んでいた。


しかしながら今の仕事は慌ただしい最中にいた。

最近は休憩を取る時間もあまりなかったから、疲労困憊だったんだろうと倒れてから理香の様子を見ていた芳久は、労わる口調で告げた。


だが。

それだけではないと、理香は思っていた。


理香が救急車に運ばれてから、不意に主任に目を向けると

何処か悩ましげな表情を浮かべており、額に手を押さえている。

どうかしましたか、と芳久が声をかけると主任は困ったな、と呟いた。



『椎野理香は、天涯孤独だ。

ある片田舎で育った孤児(みなしご)らしい。

彼女にとって頼れる者は身近には、誰もいない』

『…………そうですか』


椎野理香は、天涯孤独の孤児(みなしご)

エールウェディング課の上司は悩ましげに呟いた。

これからも仕事は立て込んでいる。誰も席を外せないだろう。

否。席を外して欲しいと願ったところで良い顔等、するものか。


『…………困ったな』


理由は、救急車に乗り込む付添人、同乗者が必要となる。

しかし皆、仕事中でこれからも仕事が待っている。


悩ましげに頭を押さえる上司に、芳久は告げた。


『僕が行きます』

『………だが』

『大丈夫です。それに、僕は_____』


決意のある眼差しで見詰めた芳久の訴えに、上司は悟った。

“高城芳久の立場”は、エールウェディング課の上司であり

責任者である彼がただ一人、知っている。


『すみませんが、

僕と椎野さんの仕事のフォローをお願いします。

穴を空けてしまった部分は後程(のちほど) 補いますので』


そう告げると、青年は颯爽と救急車に乗り込んだ。











聞いた処によれば、

理香は丸3日眠っていたらしく、皆心配していたという。

その上、理香は天涯孤独という身の上、緊急連絡先もなかった為に急遽ら高城芳久が身の上の責任者になっていた。


「病院側からは、親族がいないといけないルールらしいから

表向き俺は『理香の従兄』っていう事にした。

病院ではそうなってるから合わせて貰えると助かる」

「……分かった。………ごめんなさい」

「謝る事はないよ」


申し訳ない気持ちを覚えながら、

付き添ってくれた芳久に感謝の言葉を述べる理香。

3日も寝ていたお陰だったのか、気分や身体の倦怠感ももうない。





だが。

理香は青年に違和感を感じてしまう。

彼の浮かべる表情は何処か何時もとは違うからだ。


青年の態度は何処かよそよそしい。

人の表情を伺う癖が染み着いているせいか、それは解った。

けれど肝心の、何時も違うその表情の意味が分からない。


(…………やはり、不味かったかしら)



「荷物は其処の棚に置いてあるから」

「……そう、ありがとう」

「後さ」


“これ、落ちてたよ”。


と差し出された物に、理香の微笑みが一瞬で剥がれ落ちた。

芳久が持っていたのは、胸ポケットにしまっていたあの紙切れ。

それが差し出された事に驚きを隠せない。


そして、自分自身の不注意さを悔いた。

思わず受け取る為に伸ばした腕が、指先が、震えてしまう。

どうして落としてしまったのだろう。しかしこれは警戒心を無くしていた自分自身が悪いのだ。


「……………芳久」

「ん?」

「……………これ、読んだ?」


声さえも、震えてしまう。

この紙切れには自分の素性と、思いの丈を書いているのだから。

目の前にいる青年は、相変わらず張り詰めた顔のままだ。



青年が何も告げないという事は、この沈黙が回答なのか。

この青年が見せる表情が、言葉の意味を見たというのならば?

それを思うとその浮かべる表情の意味が分かりかけて、鼓動が酷く聞こえた。


本当は違うと言って欲しい。けれど、もしも……………。




鮮明な夕焼けの空色が、光が、病室に差し込む。

尋ねた青年は黙ったままで、静かに理香へ視線を回した。

人に不安を覚えた記憶しかないが、自分自身が人を不安にさせているのは、初めてだろう。


(__どう、答えようかな__)


心の中で頬杖を着き、芳久は暫し考えた。

此処は、見ていないと否定した方が良いのかも知れない。

けれど、事が、事だ。





沈黙が重い。

こんなにも、時間が長いと感じたのは久しぶりだ。

冷や汗と震える体を抑えて、理香は芳久を固く視線を向けている。


そんな理香の様子に、青年は口を開く。

ただ言える言葉。真実を見てしまった詫びる言葉遣いを。



「________ごめん」


眼を少し伏せ気味した眼差し。

そう固く呟いて、青年は問いかけられた返事を返す。

その瞬間、彼女は自分自身の行動に失望してしまった。



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