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悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第11章・復讐者が悟るもの
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第215話・責任から生まれる利害関係



人気のない無人の駐車場に、白石健吾はいた。

雪が舞い散る。都心部を一面の銀の世界に染めても

尚、まだ雪ははらりと優雅に空を舞う。


高城芳久から、

自分自身に理香が会いたいと話しているらしい。

白石健吾にはまだ負い目があった。繭子から切り離す手段だったとは言え、血縁上の父親である事を叫んでしまった事を。


繭子からは、父親事は、

二股をかけた相手の娘だと教え込まれていたそうだ。

それは繭子はそう信じて止まなかったからで、

自分自身が父親である事は毛頭思いもしなかった。


どんな言い訳なんて許されない。

実娘を混乱させ、傷付けてしまったのは間違えのない事だろう。



そう思っていると、

ダッフルコートに、マフラー姿の娘を見付けた。

彼女は此方へ歩いて、目の前で止まる。


「__________お久しぶりです」






「今回の事、君を混乱させてしまっただろう。済まない」

「…………いえ」


理香は、酷く悟りを開いた表情を浮かべながら

何処か穏やかな表情を見せている。

優雅に舞い散る雪は、まるで彼女を包容するかの様に、

ぽつりぽつりと彼女に身に降り、雪に包まれている。


素直に綺麗だと思った。

儚げで何処か薄幸感のある顔立ちと雰囲気が、

余計にそうさせるのかは分からないけれど。

そして、酷く森本佳代子が生きているかの様にも伺えた。


真顔で少し目線を附せている。

そして(やが)て綺麗な姿勢のまま、理香は深々とお辞儀する。


「此方こそ、助けて下さってありがとうございました」

「いえ、貴女が僕にそう言う事はないですよ」



先程の穏やかだった表情はまやかしだったのだろうか。

目の前の娘は、固い真顔の表情を崩さず少し目線を附せている。

声音も態度も互いに酷い程に、他人行儀に戻っていた。

利害関係が一致していた頃よりも冷酷でまるで凍える様だ。


「それと………」



理香が、ぽつりと呟いた。

そして、深々と頭を下げてから


「………白石さんに対して、

あの人は、取り返しの付かない事をしました。

誠に申し訳ございませんでした」


健吾は、硬直した。

全ては森本繭子の蒔いた種なのに、娘である彼女が謝罪するのだろう。

そんな必要はないのに。


健吾は実の娘に頭を下げられている複雑さと

同時に繭子への怒りを覚えた。


「何故、貴女が謝るのです?」

「あの人が白石さんの人生を潰したに等しいでしょう?

あの人はきっと頭を下げる事はないでしょうから、

私にお詫びを言わせて下さい。


………でないと、示しが着きません。

私からも被害者である白石さんに謝りかったのです」


(本当に、森本繭子の娘か)




あの我が儘で自分自身の思い通りにならないと

不機嫌になりヒステリーを起こす、礼節等、

全くない女の子供とは微塵も思えなかった。


誠実さ、後ろめたさ、全てに一点の曇りがない。


そして、

椎野理香は森本繭子、実母の事を“あの人”と呼んだ。

もう母親と呼びたくない程に、憎悪を抱いているのは一目瞭然だった。


「………頭を上げなさい」

「……………」


頭から降ってきた低い声に、理香は硬直を見せた後で

微かに震えながらも理香は頭を上げた。

白石健吾の表情は変わらない。

しかしその表情からは、彼の感情は読めない。


「貴女が謝る事ではない。

貴女が起こした事ではないからだ。付け加えるなら貴女も被害者だ。


貴女に今更、父親面をする気はない。

しかし貴女が常識を兼ね備えた責任感のある娘である事は誇らしい事だ」


「………………」




(………私が、欲していたもの……)



理香は、はっとした。

目の前にいる彼は、実父は、

まるで神父の様な優しさと慈悲深さを兼ね備えている。


あの頃、厳冬の館にいた頃、怯えていた幼少期。

誰か母を(たしな)めてくれる人、そして孤独感に震えていた自分自身と接してくれる人を求めていたのだと気付いた。


(この人が、居たらどんなに穏やかだっただろう)


そしてあの悪魔から、

父親という存在すらも取り上げられていた事に気付いた。

けれど、このままではいけないのだ。


「……………今日は、ある事をお伝えしに来たのです」

「……………ある事とは」


理香は瞳を、少し左右に揺らした後で健吾を見上げた。


「私は白石さんに頼ってばかりでした。


けれど、もう終わりにさせて下さい。

でないと私は白石さんに申し訳ないのです。


あの人の秘密にしていた酷い酷いものを、

明らかにして下さりありがとうございました」


これ以上、白石健吾に甘えたままでは居られない。

それに父親とは知らなかったいえ、自分自身も

悪魔と同じ事をしていたのだから。


そう呟く彼女の表情と声音は何処か穏やかだった。



「貴女は、これからどうするつもりだ」


健吾の問いかけに、真っ直ぐに理香は答える。


「私は、変わらず母を追い詰めます。

叔母の無念の為にも、自分自身の為にも」

「それは止める気はないんだな?」

「………はい。


ですが、白石さんのお力をお借りする訳には行きません。

あの人と私が白石さんにした仕打ちは酷いものですから。

終わらせたいのです。負の連鎖を。


勝手を申して、すみません。

ですがこれが、白石さんにお会いするのは最後です。

改めてありがとうございました」


そして再び、理香は頭を深々と下げた。


「………では」




(“このまま”だったら、あの子はどうなる)



孤独に生きながら、母を憎しみ、恨み続ける。

そんな堂々巡りを続けても、何も変わらない。


その時に、不意に三条富男の事を思い出した。

森本佳代子の不慮の事故死を明らかにしたい。


娘をこのまま、置き去りにしてしまえば、

27年前と同じ過ちを犯す様な気がして、白石健吾は娘を手放しには出来なかった。

そして娘や三条富男の望む、森本佳代子の不慮の事故死の真相も闇に葬られたままになってしまう。


「待って下さい」

「……………?」


「貴女が謝る事ではない。

そして貴女は、森本佳代子さんの姪に当たる人ですよね?」

「………………」


“森本 佳代子”というワードに、理香は動けない。

母親に殺められた叔母だ。


「………それは」

「これは内密ですが……。

森本佳代子さんの死の真相を知りたいという方がもう一人います。

貴女が僕を利用した、と勝手に責めるのなら

今度は僕にご協力をして貰えませんか?」


白石健吾に完全に背を向けていた理香は、ゆっくり記者に振り返った。


「それで両成敗にしましょう。

今度は貴女が、僕に情報提供をお願い致します」

「……………」


理香は無言。

しかしどう足掻いても、叔母の不慮の事故には辿れない。

責任を感じるのであれば、父親である白石健吾に協力する。

そうすれば、恩を仇で返す事はないだろう。


理香は迷った末に、答えを出した。





「…………分かりました。ご協力致します」




(貴女に、復讐を誓う人は私だけじゃない。

もう一人居たわ。貴女が裏切り棄てた人よ。


貴女は、煮え滾る灼熱の魔女の鍋の中で、無様にまだ悪足掻(わるあが)きしそうね。


……………でも“大丈夫”よ。



今度は、

“貴女が裏切り棄てられた人”と、“貴女を裏切った私”が

追い詰めて上げるわ。


声が枯れる程に、()いても、知らないわ。


…………寧ろ、それが貴女にお似合いね)



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