第214話・復讐が狂わせる感情と哀傷
お久しぶりです。ご無沙汰しております。
読者の皆様には長らくお待たせしてしまい、
誠に申し訳ございません。
これからも
小説執筆に対して、精進して参ります。
2020年もどうかよろしくお願い致します。
時刻は夜。
理香は首筋のテープ式のガーゼを取った。
洗面台、
目の前には反射した自分自身が立ち鋤くんでいる。
理香は首筋のテープ式のガーゼを取った。
目を凝らせば薄い傷痕が色白の肌にうっすらと浮かんでいる。
この傷は繭子への脅しの為。
そして、この森本家の呪縛の血縁を立ち切る覚悟で
理香は繭子に切り札を向けていた。この血縁を
終わらせるのは自分自身しかいないと悟ったからだ。
繭子にその気がないのなら、誰かが身を乗り出すしかないだろう。
現実は酷く理不尽だけれども、
“あの女”の娘として生まれ、
森本家の血を引いたなら仕方がない。
そんな悟りを開いて悪魔と生を終える覚悟だった。
(でも貴女を、森本を終わらせる事は出来なかった私は
覚悟が足りなかったわ)
白石健吾を実の父親だと知り、憔悴しながら悩んだ。
申し訳ないと思いながら反面、母親への憎悪はかなり募り、霧を含みながらどす黒く埋もれ始めた。
両親へのそれぞれを抱えて消化した今の理香は違った復讐心と人格を生み出してしまった。
(期限はない。今すぐに終わらせるのは少し惜しいわね。
もう少し泳がせて、混乱させてないと………)
鏡に写った自分自身が、微笑する。
その微笑は今までとは全く違う、それは何処か
薬罐に溺れる何者かをじっくりと見詰めて内心で静かに嘲笑い続けるかの様に。
何せ砂漠の如く渇いて
厳冬の様に凍り付いたこの心は、何をするか理解不能だ。
(悪魔は、魔女の鍋で泳がせていましょう……それがお似合いよ)
あれから有給休暇を消化しながら、
数日間在宅静養していたが完治に等しい現状まで辿り着いた。
明日から仕事に復帰予定だ。
傍らにある携帯端末を取ると、
連絡先の欄をスクロールして眺める森本繭子の文字を見付けた。
そう言えば、数日経つが森本繭子がどうなったのか、
どう過ごしているのは分からない。
理香は悟りを開いた後、健吾の身だけが心配だった。
健吾は芳久が迎えに行く形であの別荘から離れたという。
最も芳久と健吾が知人になり、
自分自身の身を捜索していた事は知らなかった。
まだ処置室にいる際に芳久に理香は尋ねた事がある。
「………どうして、あの場所が分かったの」
「健吾さん、昔、一度だけ向かった場所があったんだと。
その時はまだ建築途中だった。けれど、いずれ新居にしようという話だったらしい。
それは無しになったと聞いた」
「………そういう事ね」
言葉巧みに操って相手を手玉に取る等、悪魔には特意義だ。
新居だと言い張っていた別荘の場所は健吾だけが知る秘密で
健吾の疑いは的中した。怪しく思い乗り込んだ結果、
憎しみ合う母娘を見付けたという訳だ。
(何処までも、自分自身の欲望に忠実な女)
理香は呆れ果てた。
しかしあの出来事以降、森本繭子はどう過ごしているかは不明だ。
しかしあの悪魔の事だ。自分自身の思い通りに
ならなかった現実を悔やんで発揮しているだろう。
(………少しは乱しましょうか)
その荒れ狂う感情を。
森本繭子の欄を選ぶと、電話番号の欄を迷う事なく指先が選んだ。
「…………」
何度目かのコールの後、
何かが切れた後、怒号が飛んで来た。
『何よ!!』
「あれからどうなったのか、興味本位で連絡しただけです。
……随分と感情が昂ってらっしゃる様で。
そう言えば、私から、貴女に電話をかけた事はなかったわね」
『全部、あんたのせいでしょ!? 婚約者を蔑ろにして
あたしを惨めに晒して、終いには、父親が違うという嘘まで言い出して!!』
尾嶋博人の末路は教えて貰った。
車に当たった時、肝が冷えたが、気絶しているだけだった。
芳久と健吾が乗り込む前に救急車を呼び、彼は病院に運ばれたという。
しかし悪魔に裏切られた事の代償は大きく、
精神に異常を来たし今では精神病棟の中で過ごしている。
………森本心菜と結婚し、悪魔と仲良く暮らしているという理想郷の中で。
彼は悪魔が生んだ被害者だ。そして最後まで
振り向かずにいた自分自身も裏切り者だと思っている。
しかし、繭子の言葉に理香は呆れと共に、当然とも思った。
(嗚呼、この人は認めないのね)
森本繭子が言及した、娘の父親の事。
悪魔は、娘の父親が白石健吾である事を否定した。
「…………まだ、信じないつもり?
DNA鑑定書で明らかになったでしょう? 私の父親は………」
「あんな戯言を信じてるの!? 違うわ、絶対に違うに決まってる。
あんたの父親は小野順一郎よ!! 白石健吾なんかじゃないの!!」
そろそろ現実を受け入れないか。
森本心菜の血縁上は、
悪魔が望んだ相手である小野順一郎ではなく、白石健吾だと。
予想はしていたけれども、悪魔はちっとも娘の父親を認める事もなかった。
認めてしまえば、自分自身の間違いを容認する事になるのだから。
けれども、大人しくもう引き下がらない。
この人物に対しては、その荒れ狂う感情に、
躊躇無く、幾らでも火に水を注ぐ事が出来る。
理香は繭子の発言は嘲笑う。
「何をおっしゃるか。まだ認めないのね。
私は小野順一郎の娘? 笑わせないで。
昔、虐められていた女の父親が、
自分自身の父親だなんて認めたくないわ。
考えるだけでぞっとする。
漸く霧が晴れたの。私は妾の娘ではないと。
貴女のせいでそう思わされてきたけれど、私はあの人の娘で良かった』
アンチテーゼ。
その言葉は、恐ろしい程に冷酷で、熱がない。
けれど何処かで哀傷漂う独特の声音だった。
段々と、娘の言葉は冷酷で熱が冷めていく。
『まさかあんた、あたしの言葉を無視するのというの?
他人の言葉を信じてるの?』
「他人って…………」
『それにあんた、女々しく指輪を持っていたんですってね。
実の父親でもない男から貰った指輪を。
あの時、棄てろって言った筈よ!!なのに……』
繭子の感情の昂りに、理香は鼻で嘲笑った。
子供の父親を選び方を間違えた事に勝手に怒り、
勝手に後悔している。
(_______全ては貴女の蒔いた種。自業自得なのに、ね)
(酷くて、醜い程の、身の程知らずの貴女)
「棄てろと言われたものを、好きにして何が悪いのです?
どうしようと私の勝手だったでしょう。私は持つ事を選んだ、
ただそれだけ」
「なっ………」
理香は余裕綽々だ。
自分自身を脅した、“あの時”よりも。
「これだけ言って起きますね」
熱が冷めている声音が、一瞬、穏やかになった。
しかし、次の瞬間。
「__________私は、白石健吾の娘よ。
貴女がどれだけ否定しようとも、変えられない事実なの」
ドスの利いた、冷ややかな声音。
それは悪魔の絶対的な思想を断罪するかの様な、宣告だった。
その冷静沈着な声音が、余計に悪魔の感情を逆撫でする。
(もう少し貴女と、遊びましょう。でも………)
ゆっくりと、復讐者の口角が持ち上がる。
鏡に写った彼女は、また一つ彼女では無くなっていく。
復讐心から生まれ変わる彼女に、森本心菜の面影等、微塵も残っていなかった。
(娘といる限り
貴女はこれから、灼熱の鍋の中で、焦燥に泳がされるのよ)




