第212話・憎しみの連鎖
物語の構成上とはいえ
言葉の表現の過激なので、ご了承下さい。
こんな筈じゃなかった。
突き付けられたDNA鑑定書を握り締めながら、繭子は、塞ぎ込む。
繭子にとって、子供はブランドだ。
だから良い優秀な遺伝子を引いた子供が欲しかった。
小野順一郎と白石健吾。二人の優秀な男性を見極めた末に繭子は、順一郎の子を望んだ。
周りは知らなくとも、あの知名度も名声もある、小野家の血を引く娘を育てている、そんな優越感に浸っていた。
生憎、心菜は佳代子に似てしまい、
娘に対して覚える感情は常に憎しみと恨みが絶えなかった。
それでも傍に置いていたのは自分自身の面倒を見させる都合の良い操り人形、小野家の血を引く娘だから、
と見逃してやったのだ。
けれども。
このDNA鑑定書が、繭子の思い込みを無情に、怜俐に裏切った。
心菜は白石健吾の娘であり、小野家、小野順一郎の血は微塵も引いていない。
完璧な誤算は、悪魔を奈落の絶望感を味わわせるに過ぎないものと化していた。
心菜は、健吾の娘。
あの憎しみ、恨んだ女の容姿を備えた小娘。
繭子が望んでいたものは単なる虚像で現実は、
悪魔に対して沈黙の偽りを寄り添わせた。繭子が望んでいたものは現実には何一つ無かったのだ。
(…………あたしには、普通の幸せもくれなかったの?)
所詮、優越感等、偽り。
森本心菜は白石健吾の娘、森本佳代子の容姿を持っている。
何事も計算付くで生きてきた悪魔の失敗は、この上ない絶望感を味わわせた。
一旦外に出たのであろう、健吾がいつの間にかまた、
繭子を静かに見下ろしていた。
彼は直立不動に立ち竦んだままだ。
26年前に棄てた男。
その哀れみを含んだ冷たい眼差しに、繭子は怒りを覚える。
何故、高貴で気高い人物がそんな怜俐で哀れみの瞳で見られないといけないのか。
「…………こんなの、嘘よ」
「まだ言うのか」
健吾は呆気ない口調で、嘆く繭子へそう吐き捨てた。
「あたしが、どんな思いであの子を育ててきたと思っているの!?」
嘆く様に血走った瞳を潤ませながら、健吾へ罵声を浴びせる。
健吾は動じない。この女の欲望の穢さは、悪に満ちていると知っているからだ。
「…………自分自身の欲望の為だろう?」
「…………!!」
「一つ、聞いていいか」
「……………」
俯き項垂れている繭子に、健吾は身を乗り出した。
「どうして、理香____心菜を虐待していたんだ。
お前にとって自分自身の望んだ男の子供だったのだろう?
なのに、あの子の心を傷付けて壊す様な真似をした」
「……………………」
繭子は、ぎりり、と歯軋りを一つ。
健吾真剣な面持ちで悪魔を見据えたまま、微動打一つしない。
健吾は怜俐さを感じながらも、何も言わない繭子に呆れ果てていた。
自分自身の都合が悪いと、この女は何も言わなくなる。
「酷い虐待だったそうだな。主に心理的虐待、幼少時には身体的虐待、時には育児放棄____」
「それどこで知ったのよ!?」
「_______椎野理香に教えて貰ったんだよ」
「…………アイツ」
繭子は、理香に対して憎悪が芽生えた。
色気付いて、父親を味方に着ける根性があったとは。
「週刊誌にも載っている事だ。今更、抗っても無駄だろう?
俺が気になる事はそれだけだ。計画付くで産み落とした娘を無下にした“理由”」
それまで大人しくしていた繭子が、
いきなり立ち上がり、いきなり健吾の胸ぐらを掴んだ。
ボサボサの髪に、血走った瞳、般若の様な形相。
視点を変えれば悪魔の様な形相にも見える。
「元はと言えば、あんたのせいよ。
あんたが、あんな失敗作を置いて行ったから……。
あんたの血を引いてなければ、あたしの娘は、佳代子に似ずに済んだの!!」
「…………佳代子?」
森本佳代子の事は知っている。
繭子の7歳離れた姉で、若くしてその命を奪われた儚きバイオリンニスト。
その姉と、自分自身の娘の容姿が瓜二つなのは、健吾も承知の上だ。
しかしながら何故
佳代子、というワードに酷く繭子が発狂しているのか。
それが、それだけが分からない。
佳代子と理香、同じ容姿を持っている二人に対して
何故こんなにも異常に熱を燃やすのか。
佳代子、姉の存在には狂乱している様にも見える。
「止めろ。みっともない。
それに失敗作だの、なんだの、好き勝手に言いやがって。
俺が娘の存在に知らない間、理香の心を壊す程に虐めていた癖に。
何故、そんな事をする必要があったんだ!!」
「…………っ」
きつく、胸ぐらを掴まれていた手を話して、
ソファーに座る様に仕向け健吾は、軽く繭子の身を引き剥がした。
案の定、繭子はソファーに座り込み、
上半身を捻らせながら再び俯き項垂れている。
(何の理由があって、娘の心は壊れたのだ?)
(理香には、何も罪がないのに______)
「佳代子が悪いのよ…………」
「…………は?」
「佳代子ばかり、周りの注目を奪うから。
ちやほやされて幸せそうな顔を見る度に、あたしは、惨めだった。
周りからはちやほやされているのに、何故か佳代子は周りの視線にへこへこするだけで何処か嬉しそうじゃなかった。
佳代子ばかり見られて、
あたしは置いてきぼり。佳代子が跳躍する程に、あたしは侮辱感に晒されたわ。
だから佳代子が亡くなった時、清々したわ。
これでアイツに行く筈だった権利や財産は、全てあたしのもの。
けれどそんなの、どうでも良かったわ。
あの憎い女が消えただけで清々したわ、もう苦しめられなくていいと思った」
けれども、その清々した悪魔の気持ちは長続きしなかった。
「心菜は顔立ちを見た時、ぞっとした。
だって佳代子がいるんだもの。最初は、成長して顔も容姿も変わっていくって信じてた。
でも違ったの。
恐ろしい程に、心菜は佳代子に似ていくのよ。
容姿だけじゃなくて性格まで生き写し。気持ち悪いじゃない………」
「………………」
「心菜が成長する度に、 佳代子に抱いていた憎しみが蘇ったの。
佳代子に似ていく心菜を、正常な神経で見れると思うかしら?
……………そんなの出来ない。あたしの心が潰れそう。
あの頃はあたしが妹だったから何も出来なかったけれど……。
娘なら母親には逆らえないでしょ? だから、佳代子に
抱いて憎しみを心菜で晴らしていたのよ………!!」
(この女の精神も性格も、狂っている)
健吾は絶句せざる終えなかった。
まさかそんな自分勝手な思いで、娘へ虐待を繰り返していたとは。
心菜が母親と縁を切り、椎野理香として生きる道を選んだ理由も理解出来た。
(よくも、純粋無垢な娘に惨い仕打ちが出来たものだ)
姉への歪んだ感情が、娘への虐待へと繋がった。
けれどどんなに心菜を虐待しても、繭子の憎しみは晴れなかった。
それどころか憎しみは募るばかりで繭子の心を苛立たしく、焦燥感と憎悪を覚えさせた。
「………最低だな」
健吾は、ぽつりと呟いた。
目の前に居るのは大人に成りきれていない子供。
こんなを結婚する覚悟で愛していた自分自身にも寒気が走る。
「そんな幼稚な自分自身の思いを
娘にぶつけていたなんて、最低だ。理不尽過ぎる。………お前は母親失格者だ」
そう吐き捨てた健吾は呆れ果てた表情を浮かべながらも
一瞬、伺えた健吾の瞳は悲しそうだ。
娘の事を思うと胸が痛い。
芳久の迎えを待つ為に、繭子を置いて外へと出る。
最もはこの冷酷非道な女と同じ空気を吸いたくなくて部屋を出た。
この文章を読まれて、
ご不快に感じられた方、申し訳ございません。




