表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第11章・復讐者が悟るもの
214/264

第210話・怜俐な棘


その薔薇は、どの薔薇よりも強く咲き誇っていた。

控えめで柔く存在で、見る者の人目を惹いていた。けれども。


その薔薇の棘は、どの薔薇の棘よりも鋭かった。

それは言葉に表すならば、厳冬に咲く逆鱗の花____のように。




ゆっくりと、その双眸は開かれた。

まだ曖昧な意識の中、ぼやける視界が鮮明さを

増すと共に冷静沈着の思考が、現実を飲み込ませる。


「理香」


低い凛とした声音が降ってきた。

よく見ると青年が心配そうな眼差しで此方を見ている。


「芳久?」

「………大丈夫?」

「………私」

「麻酔が効いているから、まだ朧気(おぼろげ)だろう。

傷痕が障るよ。動かないで、ゆっくり休んで」


微笑を浮かべながら、芳久は冷静沈着に告げた。

刹那に稲妻が首元に走る。




痛みが理香を現実に引き戻し、記憶を思い出させた。

尾嶋博人に連れ去れた事、繭子に追い詰めて詰め寄った事。

其処に芳久と白石健吾が現れた事。



彼が自分自身の父親と悟ったこと。


理香は、

この森本の血の束縛を、終わらせようと囁きながら

繭子に刃を向けながら静かに二人で、幕を閉じようとした。

森本の血の束縛を終わらせるのなら、もう自分自身が決断するしかない。


(静かに去ろうと思った)


森本の血の束縛を終わらせて、永久(とわ)の眠りに着こうと決めていた。


森本の血も、悪魔も操り人形(マリオネット)も要らない。

悲劇しか生めず、人を傷付ける事しか出来ないのならば

この森本血の契りが負の連鎖しか浮かばないのであれば

生きている意味なんて何処にもない。

だから、静かにこの悲劇は終わらて仕舞おう。


そう思っていた。



白石健吾が、自分自身の父親だと知ってから、

思考は未だに錯乱したままだ。上手く飲み込められず

メトロノームの様に感情は複雑化したままでいる。


(…………私は、あの人の娘)


白石健吾の娘は現実に居る。小野順一郎の娘は、幻だ。

あの繭子の混乱した素振りを見るに彼女も、

娘が白石健吾の血を引いたのは想定外だった事であろう。


「…………また、再会させてしまった。私のせいで」



自分自身の復讐が、

悪魔が捨て、悪魔に捨てられた人物と再会させてしまった。

そして誰も知らない事実が26年の空白を経て浮かび上がったのだ。


健吾は復讐の為に、繭子を地に落とそうとは望んでも、

捨てられ裏切られた女には二度と会いたくなかっただろう。

まさかその女との間に娘が居た事等、予想外だった筈だ。


女は自分自身の私利私欲の為に、純粋に愛していた男を捨てた。

そして26年の空白を経て、その間に生まれた娘と、偶然が二人をまた引き合わせた。

なんという滑稽で残酷な話だろうか。


全てを忘れて生きて男を、また昔に引き摺り戻したのだから。

やはり森本の血というものは、人を不幸にしてしまうと実感した。

精神的にまた二度、殺めたも同然だ。



「…………私のせいね」

「…………?」

「私、白石さんを傷付けてしまったわ」


理香の呟きに、芳久は、首を傾げる。


健吾は繭子に裏切り捨てられたというのに。

また二人を引き合わせ、自分自身の存在があると現実は示させてしまった。


白石健吾にとって自分自身の存在とは何なのだろう。

そう思った刹那に理香は自分自身を、心内、嘲笑う。

答えは一つしかないからである。


娘という存在は、憎しみの塊ではないか。

そしてそれを象徴させるものではないか。



母親からも傷付られ、

その娘からも、相手を傷を受けたのだ。

やはり森本の血を持つ者、悪魔から生まれた自分自身は

相手に傷を負わす事しか出来ないと実感した。



(…………あの時、私が躊躇いもなく、終わらせていれば)


そう、後悔が募った。

あの時、森本の血の契りと束縛を、

静かに繭子と終わらせていれば、健吾を傷付け悩む必要性もなかっただろう。




そう思うと、合わせる顔がない。

もう復讐の利害が一致していたとしても、彼を二度も傷付けた。

理香の心は決まっていた。健吾を傷付けてしまった以上

このまま好き勝手に復讐には巻き込めない。


(この復讐は、終わりにしよう)


生憎、念願だった森本繭子の破滅は、達成しただろう。

これ以上、欲望を抱くものではない。そうすればまた、

彼を、父を、傷付けてしまう事になる。




「………あのね」

「………なに?」


芳久は、ベッドに横たわる理香に視線を向けた。

彼女は左手腕を動かし、自分自身が傷付けた首元に指先を当てた。


「終わらせる、つもりだったの。

あの人が生きていても、私が生きていても、

森本の血を持つ者は人を不幸にする事しか出来ないから。


これは脅しと、本気の殺意が籠ってる」


芳久は言葉を失った。

憂いを帯びた、悲壮感の漂う雰囲気の顔立ちが自棄に儚くて何処か人間離れしている。

だがその蜂蜜色の双眸だけは明らかに復讐の熱を込めていた。


(…………やっぱり彼女は、死ぬつもりだった)


悪魔と、天使。

誰にも知られていない、憎しみ合う二人だけの世界観の中で。

ひっそりと天使は心中を決めていたのだ。


悪魔が生む負の連鎖の立ち切る為に、

自分自身の罪無き命と引き換えに。


天使は強い決意を抱いて、悪魔に歯向かっていた。

きっと自分自身が訪れるのがもう一足遅ければ、

彼女は母親と心中していた。


そう思うとぞっとした。


もし、理香が生き絶えていたならば、

健吾は生涯を通して悔やみ、繭子を恨み続ける。

理香は健吾を傷付けてしまったと思い込んでいるけれど、


もしも

この世で娘が既に生き絶えている姿を見てしまったら

その方が、健吾に消えない心の傷を負わす事であっただろう。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ