第206話・悪魔と天使が知らなかったもの
【注意・警告】
・かなり残酷で過激な描写がございます。
(ナイフ、殺める等)
苦手な方は、
ブラウザバックを推奨致します。
申し訳ございません。
繭子が追突した衝撃で、理香は突き飛ばされた。
刹那。繭子は理香に馬乗りの状態で、ナイフを向けている。
鬼の、般若にも勝る形相に、血走っている瞳。
こんな緊迫した現実にも関わらず、理香は無表情だ。
それどころか理香の心情はみるみると冷めて生き、
寧ろ落ち着きを払ったまま、無情と化した。
(感情を剥き出しにする姿は、何故こんなに見苦しいの?)
(本能のままに生き物の理に
生きている筈なのに。どうしてこんなに、無様に映るの?)
理香は内心、繭子を軽蔑の眼差しでしか見えない。
それは余計に、
悪魔だから、母親だから、思ってしまうのかも知れない。
自分自身を叔母の姿を重ねて、娘として扱えない女。
物理的に血縁の繋がりはあっても、精神的に母親になれなかった女。
「どうしたの? _______殺らないの?」
落ち着きを払う、熱のない声音。
そんな悲鳴さえ上げない、余裕綽々の態度が、
繭子の腸にある憎悪を増殖させて勝させる。
「私が憎いんでしょう? 佳代子叔母さんが憎いんでしょう?
貴女に殺められるのは、少し癪に障るけれど。
これで以上、森本の血を束縛を終わらせられるわ。
結局、この悲劇を終わらせられるのは、私達だけ。
誰も巻き込まないまま、
私達でこの悲劇を終わらせましょうよ、_____ね?」
理香の凜とした姿勢は、酷い程に佳代子に似ていた。
その顔立ちも凛然とした姿勢も。
まるで佳代子を見ている様だった。
「______最初から娘を、殺めるつもりだったんでしょう?」
「…………え」
腹が立つ感情を抑えきれず、
「なんで佳代子に似ているの?
何処まで佳代子に似たの? 最後の最後まで何処まであたしを苦しめるつもり?」
悪魔の怒号に、もう理香の感情は動かない。
それはどう足掻いたって理香の自尊心や感情は、
この悪魔に殺されたのだから。
殺められるのを、覚悟していたところで、
「_____待つんだ」
低い凛とした声。
それは記憶の何処かで聞いた事の覚えがある声だった。
理香と繭子が同時に声の主の方向へ視線を向ける。
そして、愕然とした。
其処に立っていた人物に驚きを隠せない。
何故ならば。
「………芳久?」
其処には、
白石健吾と高城芳久が立っていたのだから。
何故、二人が揃って此処にいるのだろうか。
「………誰」
繭子は険しい面持ちで呆然としていたのだが、
健吾は動じず、冷めた眼差しで繭子へ冷ややかな視線を送る。
「会うのは、27年ぶりか。………また再会するなんて思ってもいなかったな」
「………………健吾?」
険しい面持ちの中で、繭子はぽつりと呟いた。
理香は状況が読めないまま、呆然として、繭子と健吾を見ている。
繭子は呆然として健吾を見詰めながら、娘に馬乗りになっていた姿勢を起こした。
「なんで、あんたが……」
「お前に振り回されて散々だったよ。
滅茶苦茶になった人生を立て直すのにも時間がかかった」
その刹那、呆気に取られた繭子を他所に
健吾は繭子の手からナイフを取り上げ、ドア側に立っている青年に呟いた。
「高城君。理香を」
「はい」
此方へ歩み寄ってきた、
芳久は凛然とした紳士的な振る舞いを見せて、
理香の前へと来ると屈んで、
「_____久しぶり。もう大丈夫だよ。野蛮だけどごめんね」
「…………………」
紳士的な微笑みを浮かべて、
理香の血に染まった首元にハンカチを押し当てて止血する。
そのまま芳久は、理香を庇う様に自らの背中に引き込んだ。
「………ねえ」
「黙って」
漸く呟いた言葉だったが、
ドスの聞いた言葉に、理香は何も言えなくなった。
「大体、何の権利があって、うちの娘の所へ来たの。
他人であるあんたがなんで、心菜に接触しているのよ!!」
健吾は冷静沈着なままだ。
理香は状況が飲み込めないまま、呆然としている。
(この会話………もしかして知り合い?)
健吾は繭子を知っている素振りだった。
繭子も険しい顔付きながらも、健吾を知っている様だ。
しかし二人の関係性を全く解らないままだ。
「お前は変わらないな。昔から」
「他人のあんたには関係ないわ!!
良いから大人しくあたしに娘を渡しなさい………!!」
鬼の形相で叫ぶ繭子に、健吾はふっと嘲笑った。
「お前にそう言われる権利はない。
本当に何も知らないんだな」
そう言いながら、健吾は身を乗り出した。
「父親が、実の娘を助けて何が悪いんだろう?」
その瞬間に、ピリピリとした空間に稲妻が走った。
繭子は空いた口が塞がらないまま、きつく健吾を睨み付ける。
何を戯言を言っているのだろう、この男は。
(………私の、父親?)
その言葉が意味する事はつまりは、理香の実父は。
その意味を悟った瞬間に理香は言葉を失い、腰が抜けた。
繭子も怪訝な面持ちのまま呆然としていたが、
健吾は否定出来ない切り札を差し出した。
「これを見ても、同じ事が言えるのか」
健吾が差し出したのは、DNA鑑定書。
それは、前に密かに調べていた理香と自分自身のものだった。
はらりと差し出された紙を健吾から奪うと、
繭子は蹲りその結果を見詰める。
“DNA鑑定の結果を申し上げます”
【対象者】
白石 健吾(57)
椎野 理香(26)
血液型:A型(RH+)
親子関係確率:99%以上
以上の結果により
白石健吾、椎野理香の父娘関係肯定(成立)とする”。
愕然とした。
繭子は計算高く、全てが計算付くで生きてきた女だ。
娘の父親も厳重に選び抜き、娘を産みと落とした筈だった。
繭子は、
心菜の父親は、順一郎だとばかり思い込んでいた。
なのに目の前の結果は繭子の思い込みを切り裂き、
現実を示していた。
(_________心菜は、健吾の子供?)
「嘘よ。嘘………だって計算付くだったのよ。
間違えてないわ。心菜の父親は、あの人じゃないの。
あんたじゃない。あんたじゃない筈よ………」
「やっぱり二股していたんだな。でもこれが現実だ」
凛然として告げる健吾に、
DNA鑑定書の紙を握り締め、腕を震わす繭子。
驚いていたのは繭子だけではない。最も驚きを隠せないで居たのは、理香だった。
(だから、私に協力してくれたの?)
悪魔を貶める為の、
自己満足と例えられても仕方ない実母の復讐を。
『__僕も、貴女と一緒です。
あの女社長には、良い感情なんてないですから』
脳裏に浮かぶのは、嘗て、白石健吾が発した言葉。
白石健吾は、森本繭子の恋人だった人間であり犠牲者。
白石健吾は、自分自身の、実父。
突きつけた現実を、
思考回路は大人しく飲み込んでいるのに感情が追い付かない。
今まで実母の情報をリークしていたのが、実父だったなんて。
(だから、あれだけ酷く、書けたのね………)
項垂れながら、理香は俯く。
視線を落としたまま動かぬ娘に、健吾は静かに呟いた。
「………高城君、理香を頼んだよ」
「解りました。………行こう」
健吾の決意を飲み込んで、芳久は静かに呟く。
呆然自失として動かぬ理香を、芳久は颯爽と抱き抱え上げた。
心なしか心身共に窶れた彼女の身体は軽く感じた。
顔を上げた時、不意に健吾と目が合う。
実父の表情は柔らかい。そう思った。
(待って)
けれども理香は言葉を発せられないまま、
芳久に抱えられて別荘から離脱した。
このお話を読まれて、
ご不快や主人公の心理的な描写に誤解を感じられた方へ
重ねてお詫び申し上げます。作者の力不足です。
申し訳ございません。




