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悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第3章・母娘の愛憎
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第18話・知らないふりの者




壊れたものは修復出来るものと、出来ないものがある。

例えば物にもよれば、修復が可能な物とそうでないものがあるだろう。

けれど、人間の心が壊れてしまった場合はどうなのだろうか。





_______私は、森本心菜。

_______あの森本繭子の一人娘。けれど、それは名目だけのもの。

_______理不尽な私を虐待し続けた女を、許すつもりもない。


だから。

今度は、私が復讐するの。

あの女が私にした無残な仕打ちを、そのまま返せば良い。



小さな便箋に綴ったのは、弱虫な心。

自分自身の思いの丈の全てを、理香は衝動的に書き綴っていた。

それを全て書き留めると、細かく折って自分の胸ポケットに入れる。


(______貴女への憎しみを、一瞬も忘れやしないわ)


これは、自分自身を奮い立たせるけじめだ。

躊躇いと恐怖を拭い捨てる為の決意を身につけて居れば良い。

決別の意を込めた印を抗う為に、刻んだ誓いの言葉。




ホテルは、いつもより更に活気を増していた。

この時期に何故か、ウェディングと挙式を挙げる者達が多かったからだ。


理由は明確だった。

それは、提携経営が決まり統合のプラン等が増えたからだ。

新しいものに飛び付く者が多くホテルに訪れたお陰なのか、

普段よりもかなり慌ただしい。


式の日取りや顧客のプランの打ち合わせ、

そして花嫁や新郎の衣装合わせや、披露宴や式のイメージなど。

それらを全てこなすには、簡単に言葉を綴ったスケジュールよりも大変で休憩をする時間もない程だった。


特にエールウェディング課の実力者である

椎野理香にお願いしたい、という依頼は多かった。

だが流石に全部というのは引けてしまい、理香の体調も壊れてしまうに違いない。


その面のフォローとして、エールウェディング課の先陣として

同じく同僚で、椎野理香と成績を一位二位を争う実力者である

指名も多い優秀なウェディングプランナーである、高城芳久と分割でこなし始めた。





理香自身、

あの悪魔との提携を結んだ事で更に栄えるプランシャホテルは

何処かで悪魔に利用されているのだと冷静に物事を考えては

傍観者の如く、見詰め続けていた。



(____これでまた、あの人の(ふところ)は、満たされるわね)




ねえ、満足?


本当は繭子の前で、そう問いて見たかった。



怒涛のスケジュールは、慌ただしく過ぎて行った。

何時もより、どれだけのドレスに触れ迷い、式を躊躇う花嫁に淡い言葉をかけたのだろう。

花嫁のウェディングドレスの評価を、メモに刻んだ事だろう。



数え切れない中で、理香は仮面という名の偽りを被って、

必死に椎野理香を演じているに過ぎなかった。

本当はクールな性格で、あまり他者との関わりを

避けている筈なのだが、仕事は仕事、と割り切り働く。


第一、自分自身を押し殺す事は癖となり、

慣れ切っているのだから。これくらいの言葉は、どうという物ではない。




_______プランシャホテル、エールウェディング課、会議室。




「我がウェディング課の業績は、提携経営を結んだことにより

普段よりも倍増した結果を出している。順調に上がって行っていることは喜ばしい事だ。


これからもこのペースを維持し、続けていくとともに____」



慌ただしいスケジュールが終わってからの、

エールウェディング課のミーティングだった。

暗転された会議室の前に映し出されるモニターには、

エールウェディングの業績グラフが写し出されている。


見るからに慌ただしい生活の結果だろう。

モニターに写し出されたグラフは緩やかな右肩上がりに上昇している。

これが提携経営の出した結果だと悟り、かなり力を示している事は明らかだった。


熱心に解説する理事長。

確か提携経営を勧めている張本人だと、同僚が言っていたか。


ホテル界では最高峰と評されるプランシャホテルと、

ジュエリー界の女王とのタッグは、予想以上の成果を生み出している様だった。


そのせいか、やけに理事長の言葉に熱が通っていると思いながら

これは悪魔の手の中で遊ばれている駒なのだと、理香は何処かで思っていた。


此処に、提携経営を結んだ先の

社長の令嬢がいるとなれば、きっと皆が仰天するだろう。

そんなこと、口が裂けても言えない____否、言いたくない話だ。


知らない者のふりで通すこと。

それが理香に出来る事であり、(あざむ)く形でも復讐だ。

巻き添えとなってしまったプランシャホテルには申し訳ないが、

物理的な縁は切れなくとも、他人の振る舞いで、あの悪魔を追い詰めてみせる。


(_____この提携経営は

貴女の砂の城を壊す為の、必要な道なのでしょうね)



だが、正直なところ、あまり悪魔の話は聞きたくはない。

森本繭子の顔を見る度に、あの頃に引き戻された感覚に陥るからだ。

もう悪魔の操り人形としては脱出したが、

心の奥底では植え付けられた感覚が、未だに残っている。

囚われ続けた心は、フラッシュバックとして時折、脳裏に甦り、無垢な彼女を苦しめる。


だが自分自身ではどうしようもない。

ただ職場(ここ)では、聞くしか選択の余地はないのだから。

それに、この提携経営が悪魔を追い詰める一つの糧となるならば、好都合だ。


薄ら心内で微笑を浮かべて理香は、

熱弁を振るう理事長に視線を送っていた。




会議も無事に終了して、皆が帰って行く。

自分自身も立ち上がった瞬間、そんな時、くらりと視界が微かに回った。

額に頭を当てて冷静沈着な理香の思考回路に疑問符が浮かんだ。


元からある貧血のせいだろうか。

それとも慌ただしさに追われて、最近は寝不足気味だったせいか。

この眩暈(めまい)の理由は解らない。


(こんな時期にふらふらとしている場合じゃないのに)


今は、最も大事な時期だ。





「理香? 大丈夫?」

「ええ…………平気。だい_____」


心配そうに様子を伺ってくる芳久にそう言ったものの

その瞬間、大きく視界が回り、ぐらりと身体の軸を失うと

棄てられた人形の如く理香は倒れた。


倒れた事は、すぐに悟った。

けれど気怠く重い身体が言う事を利かない。


倒れたと同時に薄れゆく意識が遠くなっていく。

ぐらりと芯を失った体が傾いて倒れていくと同時に、

自分自身の名前を呼ぶ同僚の声すら聞こえないまま、

理香は意識を手放して、静かに瞳を閉じた。




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