第204話・天使には届かなかったもの
大変、お待たせしてしまい申し訳ございません。
これからは芳久の話は飛ばして頂きまして
第187話からの視点、190.5話の続きである
理香と繭子の話へ戻ります。
貴女を、愛していた。
どんなに嫌われても構わなかった。貴女への愛情が欲しかった。
だからどんなに理不尽な暴力や精神的な虐待を受けても耐えて求め続けた。
ただ操り人形と知りながらも、悪魔に尽くしていたのは、いつか自分自身が欲するものに、手が届くかも知れないと思っていたからだ。
(だから心菜は、貴女の言う通りに動いたじゃない)
悪魔の求めるものを、懐の欲望を満たした筈だ。
心菜は母親に逆らった事もなく、王妃の求める忠実な娘像を演じて続けた。
成績優秀、頭脳明晰な才女。
JYUERU MORIMOTO、貴女の大事なお城に恥じぬ令嬢、娘で有り続けた。
(貴女の望む理想像、心菜の生きる糧は、
貴女の理想像で居る事、いつか母親から
自分自身が一番、欲しがっていたものを貰う日を糧に生きていたの)
貴女の顔に泥を塗らぬ様に必死で息をしていたではないか。
愛情を貰えるのなら、振り向いて貰えるのなら、
何だってしてやると誓っては母親からの愛情を
求めていた娘は母親にしか眼中しかなかったのに。
けれど。
欲しいものは、
手に届かなかった。手に入れられなかった。
天使が欲していた細やかで健気な感情は与えらないまま時は過ぎる。
欲しがっていたものは、自分自身の生を承けた人生では、
絶対に手に届かず、手に入らないものだった。
愛情は、見えない。
見えないからこそ、求め続けてしまったのかも知れない。
この悪魔の前では無様に、愚屈に。
愛情は素直で純粋だけれども、残酷で人を傷付けやすい。
けれど目の前のものが、愛情とも、思えない。
愛情とは一体なんなのだ。無条件の情とはどんなものなのだ。
それが解らないまま、たださ迷い続けた。
でも。
漸く解った。
この女、悪魔の元に居ても愛情は学べないのだ。
普通の母娘の様に過ごす事も、接する事も出来ないのだと。
(“私達”は普通じゃない。そして”普通“にはなれない)
異常な母娘に成れても、普通の母娘にはなれない。
ただあるのはの人間の道理としての、血縁の縛りだけ。
だが、普通の母娘ではない。
その事実はどう足掻いても、変わらない事実だ。
切った切り傷から、血が伝う。
赤い血は、傷口から溢れ出すのは、血という名の憎悪。
白いシャツの襟には、憎悪が付着した。
繭子は、眉間に皺を寄せる。
(…………小娘如きが、親を脅す真似をして、何様のつもり?)
恐怖が、
憎悪に変わるのは、悪魔にとって容易い事だった。
異父姉に似ている、似ていない女。
何故なのだ。
愛情を受けた子供ならば、親の言う通りにするだろう。
生きるだろう。絶対王政にも似た人間の理を獣は、生き物はするのではないか。
なのに、何故、この女は逆らうのだ。
(………異常だわ。こんな奴)
考えてみれば、佳代子もそうだった。
母親の言う通りに生きながらも最後は、親の言う事、道から背を向けた。
理香の生き様は、異父姉とそっくりだ。
母親として愛情は与えただろう。
望むもの全て、心を満たしてやった筈だ。
なのに何故、こんな枝分かれの様な道を歩いているのか、繭子には理解出来ない。
心菜は、自分自身が、娘を憎んでいるとは知らない。
従ったふりをして、下されたレールを歩きながら、
最後はそのレールを無惨にぶち壊して、
何処かへふらっと行ってしまう。
こんな筈じゃなかった。
娘はいずれ婚約者と結婚し、子供を産み、家庭に収まる。
孫の顔も拝める筈だったのに。
何処で間違えたのだ。
そう思う繭子の瞳は潤み、軈て一筋の涙が頬を伝う。
「貴女はいい子だったじゃない………完璧な子だったじゃない。
なのになんでよ!! どうして親を裏切る様な真似をするのよ!!」
「アイツにそっくり。何もかもアイツにそっくり!!
あたしは正しい子育てをしたのに、あんたはなんで
間違えた道を選んだの!!」
「あたしは、何一つ間違えていないのに!!」
手足をじたばたとさせながら、
地団駄を踏み泣き叫び暴れ回る悪魔に、
理香の感情は厳冬の如く冷めていく。現にその心理を表す様に、微かに空いた口が塞がらない。
繭子は正気を失い、泣き叫びながら暴れている。
般若の形相でそんな子供の様な、
獣の本能、感情を剥き出しにしている悪魔に
理香は静かに嘲笑う。
「________今度は泣き落とし?」
(_______哀れな人)
泣いて、涙を見せれば、自分自身の思い通りになると
思っている時点で哀れを、軽蔑の感情を覚えてしまう。
我が儘を言って暴れ回れば事が通ると思っている単純で子供的な思想。
悪魔は、大人にすらなれていない。容姿も、中身も。
無様な、人間の本能や道理を、悪魔は晒している。
間違えたままの人間の本能を。
(あれは、媚薬だったのかしら)
先程、一筋、悪魔の口に入れた、血液。
自分自身の血と佳代子の血と、己の血も混ざっている。
興味本意で理香は己の血を指先に取り舐めてみる。
(_______どうもしない)
ただ鉄錆の苦い味が、脳に伝うだけ。
ただの血液。
それともこれは
ある意味、この悪魔にだけ聞く媚薬なのだろうか。
不快感や
語弊を感じてしまった方、申し訳ございません。
ただ
理香と繭子の関係は、こうでしかならない、
変わらないものだと作者の視点で書かせて頂いています。




