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悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第10.5章・協力者の復讐劇
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第202話・暴走する私情




「白状して下さいよ、

もう全部知っているから、隠すものなんてないでしょう?」




_______10年前。



「奥様は回復の方向に向かっています。

新薬の投薬が効いている様です。この薬で経過を見て行きましょう」


優子は新しく開発された新薬が確実に、

優子の身体に潜む病魔が撃退され聞いている様子だった。

しかし英俊には、それは困る言葉だった。




何故か女性という生き物は、形を求めがる。

現に言わないだけで、本当は優子への愛情なんて冷めていて仮面夫婦の様だった。

それは重度に期待をかけていた長男の事もあるのだけれども。


まだ長男の不慮の事故で

亡くなった悲しみの傷痕は癒えていない。

英俊は、後継者を亡くした、としか思えない悲しみ、

優子は、最愛の息子の失った悲しみ。


和久が去ってから、優子は弱って行った。

その憔悴仕切った面持ちと心で、プランシャホテル理事長夫人が務まるのかと疑念すら抱いてしまう。




美菜は黙っていないだろう。

それに、優子とこのまま仮面夫婦を続けるのなら、

あの美菜との甘い時間を、このまま高城家に引き入れた方がいいか。


その方が、優子にとっても、美菜にとっても優位だ。


溺愛しているのは、美菜の方。

密会という形になって数年、彼女が怒るのも無理はない。

しかし優子は高城家に完璧に近い形で、自分自身にも尽くしてきた。

妻としても母親としても非の打ち所を探す方が難しい。

高城家に優秀に仕えた女に、

離婚してくれ、というのは吐けない台詞だった。

けれども


(優子が居る以上、美菜の願いは叶わない)





「先生、もう妻を楽にして下さいませんか」


医師は目を丸くしている。


「闘病で苦しむする妻をずっと見てきました。

私はもう見ていられません。なので、妻を楽にして上げて欲しいんです」

「高城さん」


確かに優子の病状は回復に向かっているものの、

身体は病魔に蝕まれた名残りがあり、患者の身体は弱り切っている。

それに新薬は患者にとってめざましい回復を見せているが、何時か身体に耐性が現れてしまう事が怖い。

しかし、それは治療断念を選ぶという事は。


「高城さん、奥様はなんと?」

「妻には言えません、私や息子が見ているのが耐えられないんです………」


か弱い夫を演じてみたら、医師のあっさり気持ちは掴めた。

それに積んだ金を(ふところ)に押し込めたら、尚更。

こうしてモルヒネを手に入れては、

『病死』として、自分自身の手を汚す事もなく優子を消せる。


今、進んだのは自分自身の私情。

溺愛している愛人を選び、妻には犠牲を払って貰おう。






「_______お前は何がしたい? 何が言いたい」






未だに実父の首元を掴んでいる息子は、そう問うと薄ら笑いを浮かべた。

息子の掴めない態度は一切、変わらない。




「母さんの裏切りを、知りたかっただけです。

誰よりも冷徹で血も涙もない貴方が、どういう風にして

妻を、裏切り棄てたのか。


その手口を、ね。




でも、酷過ぎました。

回復に向かっていた妻の命を殺めて、葬るとは。

たった一人の女如きに泥酔したばかりに。

そんなにあの人が魅力でした? 母さんを葬りたい程に。


誰かを殺めてまでも………」


大人しい理事長の下僕を演じていた青年が、

冷酷な表情を浮かべながら次の切り札を差し出し、身を乗り出した。



「_______このゴシップを誰かが、耳に入ってしまえば、どうなるでしょう。

愛人の為に______」



「無力なお前に何が出来る!? 何も出来もしないだろう」

「…………僕の同窓生だった人が記者がいるんです。その人の耳にでも入れましょうかね」


その瞬間、英俊の顔色が失せた。

同窓生というのは嘘にしか過ぎないけれど、

白石健吾にこのゴシップと証拠を持って行けば、きっと事の全てを書いてくれる。


愛人を妻にする為に、妻を殺めた男。

愛人を、妻にしたい程に愛し抜いた男の姿や物語(ストーリー)は美談になるだろう。

残酷で冷酷非道の物語はこの男と女にしか作り出せない。


ふっ、と鼻で嗤いながら、


「こんな貴方が、

自分自身の父親だなんて恥です。認めたくもない。

高城の血が流れているという現実さえ否定したくなる。


でも。この事実を知った以上、僕は黙る事を止めます」




芳久は、微笑しながら次の切り札を差し出した。



「絶縁、して下さい」






それは、英俊にとっては最も困る台詞だった。


芳久と絶縁する、という事は高城家の断絶を意味する。

血縁上、英俊の実子は芳久しかいない。芳久が後を継がなければ

プランシャホテル、高城家は終わりを告げるのだ。


それは許さない。

英俊は渾身の力を振り絞り、息子を突き飛ばした。

芳久は棄てられた人形に突き飛ばされ、壁に背中が激突する。

背中に痛みが走るが、この男に抱く哀れみと軽蔑に比べれば、

痛みなんてあまり、かすり傷にも満たない。


「何を言っているんだ!!

そんな事が許されるとでも思っているのか?

お前しか高城家の後継ぎはいない。高城家に泥を塗るというのか!!」


その英俊の必死の形相に、芳久は嗤った。

あれだけ蔑ろにしてきた癖に、

誰も居なくなった今になって異常な程、執着する。






(…………そんな砂の城が大事か)






「あれだけ人を(けな)して蔑ろにして、今更になって異常に執着して構う。

でももう遅いですよ。“父さんと僕”は何かも遅過ぎた。

僕のご機嫌取りをしていたいようですけれど、もう遅い」





その英俊の必死の形相に、芳久は嗤った。

あれだけ蔑ろにしてきた癖に、

誰も居なくなった今になって異常な程、執着を見せる。


(けれど、もうこんな家に用はない)


実母の死の真相を知った今、もうこの家には用はない。

この実家からも、この理事長の忠犬として生きるのも、反吐が出る。




「あれだけ蔑ろにして、今更になって構う。

でももう遅いですよ。何かも遅過ぎた。

僕のご機嫌取りをしていたいようですけれど、もう遅い」



「絶縁は認めてはくれないんですね?」

「嗚呼。絶対に認めはしない」

「じゃあ、なら」


芳久は、嘲笑い微から、満面の優しい微笑みに差し替えた。


「では、両成敗にしませんか。

僕は今まで通りでいましょう。けれど貴方の後を継ぐ訳じゃない。

僕の貴方への恨みは根強く残っているんです。

貴方が絶縁を認めない、何か逆らうというのなら、このゴシップを世間へ流します」


英俊は、喉元が枯れた様に、言葉が出ない。


「貴方はただ、

“プランシャホテルの理事長”、が居れば良いんですよね?

名目は果たしますが、僕は今日限り、この家とは絶縁します」


英俊は、顔面蒼白のまま、玉座に腰を抜かしたままでいる。



これは自分自身の息子か、高城芳久か。

大人しい無害の息子が、こんな脅迫と脅迫的な言葉を、

微笑みながら告げる事が出来るのか。人を嘲笑いながら言えたのか。


英俊は背筋が凍る程に、芳久に怯えた。




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