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悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第10.5章・協力者の復讐劇
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第201話・父親の見知らぬ息子



俯きながら、長身痩躯のスーツ姿の青年が

ゆっくりと一定のリズム感の靴音が、静寂な闇夜に響く。




芳久は、静かに嘲笑う。まるで自分自身で自傷するかの様に。

全ては高城家、高城英俊の駒だったのだ。

其処に欲望や野望が存在しても、愛や情等、存在はしない。


(母さんは、死んだんじゃない。殺されたんだ)



優子の死は、偶然ではなく必然的に仕組まれたのだと

腹を括っていたが、やはり自分自身が抱いた疑念が

確信にとなった現実に、ショックはないと言えば、嘘になる。


優子は、ただ純粋に夫に(つか)えて支えては、二人の愛情を注ぎ慈しんだ。

慈愛に満ちた、一人の純粋な女性であり、母親であった。



そんな

まるで玩具の様に、人一人の人生を左右させた。

血も涙もない冷徹な男と、自分自身の野望に満ちた良心の一欠片もない女。


二人の利害によって、人一人の命が消えた。




だん、と拳を壁にぶつける。

吐き出したい程の煮え(たぎ)る諦観と憎しみ。

ぎりり、と静寂な闇に残響する、言葉に出来ない歯軋りは、彼の絶望。


しかし厳冬の憐れみが、芳久の瞳に佇んだ。



(良いでしょう。

そちらがその気ならば、俺の考えを味わって貰いましょう)



寧ろ、優子の死の白黒がはっきりして良かったのかも知れない。

やっと割り切る事が出来るのだから。

そう霧が晴れれば、感情も冷酷になれる。





高城家に帰る頃には、夜明けが迫っていた。

“契約”と“利害”によって高城家に佇んでいたが、契約が切れて、利害が膨らんだ今、もうこの家に居る必要はない。


さっさと、出て行ってしまおう。



「……………帰宅したのか」

「…………はい」


落ち着いた口調で、芳久は告げる。

しかし英俊は異変を感じていた。…………何かが違う。

“高城芳久”という、落ち着いた掴めない息子である事には変わらないのに。


その色白で端正に整った面持ちは、心なしか

げっそりと痩せて見え、目の下の隈がうっすらと浮かんでいる。



「話がある。来なさい」

「………分かりました」



________高城家、書斎。


父親の書斎に足を踏み入れるのは、生まれて初めてかも知れない。

一面に置かれた巨大な本棚には、隙間無く、様々な本が並べられ詰められている。

部屋の中央にあるのは、豪奢なデスクと椅子。

机に置かれたランプには淡い色が揺らめいている。


テーブルには、一枚の紙切れが置かれていた。


緑のラインの線が見えた時点で、芳久は紙切れの意味を理解した。

この男の人生計画は、また計画通りにレールを引いているらしい。

後ろに着いてきた芳久の存在感を横目に、

英俊は椅子に腰掛け、直立の姿勢で立っている息子を見た。



「________離婚届の保証人になってくれないか」



「……………お話の事、ですか」



美菜の破滅は、近付いている。

否。破滅になる様に彼女は、無自覚にしかし破滅の道を進んだも同然だ。

現に英俊の信用を一瞬で失望に蹴落とした。

あんなにあの女に浮かれていたのに、この代わり様に、芳久は嘲笑う。




否、この男に、“愛情”というものはあるのだろうか。


愛情なんて、この男にはないのだろう。

だったら、こんな一瞬で手の平を返したりしない。

優子が去った時も、美菜が自滅した時も。この男は、あっさり切り替えた。

自分自身の為に、人を簡単に切り捨てる。

それは当人の意思の固さを物語っているのだけれど。



(………あんなに執着していたものを、自分自身で壊すなんて無様だな)


予定通り、妻を捨てるらしい。



この男が唯一、執着し続けるのは、“高城家の後継ぎ”だけか。


時に首を締め付けられる様な執着は、当然と言えるが。

裏の一面を知っている息子には、時に見苦しくも思えてしまう。

しかし芳久は密かにこの空間と、この瞬間を嘲笑い、微笑みが止まらない。


「…………分かりました。署名します」


そのまま一歩前に出、ペンを持つとそのまま走らせ証人欄に署名する。

端正で達筆な文字はすらすらを絵を描くような様だった。




署名した後で、芳久は一歩後ろへ下がり、



「よろしいですか」



と聞いてきたので、英俊はそのまま頷いた。

安堵した様な、満足げな表情を浮かべる英俊に、

芳久は切り札を手に身を乗り出す。





後ろ手に隠していた切り札。



一部始終、美菜が吐き棄てた毒の数々。


『………どうしても欲しかったのよ。

プランシャホテルの理事長の妻という名前が』



その音声に刹那、芳久は瞳を見開く。



「…………美菜さん、貴方には愛情はなかったみたいです。

プランシャホテル理事長の妻という名目に、愛情はあったみたいですけど」


芳久はさらり、と毒を吐き出した。

英俊は息子の行動に、背筋が凍る。



(…………………こんな人間だったか?)



“無害な息子”という英俊の思い込みを、目の前の青年が塗り替えていく。

高城芳久は、こんな高尚な計算高い人間だっただろうか。

裏を返せば、冷静な理知的さを秘めている証拠だろう。

しかし、今は無性にこの息子に警戒心を覚える。



「それと父さん、僕、最近、“ある事”を知ってしまったんです」

「…………何を?」


恐る恐る、尋ねた。

息子が実父の利害を知っているとも知らず目線を落とし、表情に影を落としたその刹那。



『_______あたしを、奥さんにして』



そして、モルヒネ、と言葉が呟かれた瞬間、

みるみる英俊の顔は顔面蒼白になっていく。

ICUレコーダーに録音されたのは、美菜の自白。“あの秘密”の一部始終。


(何故、芳久が………)



(美菜が簡単に口を滑らせる筈はないのに)


あの時、

結婚の条件として、優子の死を闇に葬ると決めた。

現に美菜に口を割らないと誓約書も書かせたのだ。



二人だけしか知らない秘密、

欲望の利害の一致の末の過ち、忘れてしまおうとすら思っていた。


_______なのに。




「あれだけ、罵詈雑言を吐いて否定していたのに、

本当だったんですね。母さんを、殺した事を」

「口を(つつし)め、殺したとは人聞きの悪い!!」


その刹那。

青年の瞳に狂気が、表に露になる。


ダン、という轟音。

首元を締め付ける様な感覚を覚えた瞬間、

目の前には静寂な狂気を瞳に秘めた青年が目の前にあった。


見た事もない表情。

逆鱗の、厳冬の、灰色の瞳。

何時もは理性に満ちた青年が、人の胸ぐらを掴みながら微笑を浮かべているのは信じがたい。


「_____ふざけないで下さいよ。

これを、“殺し”以外に何を表すというのです?」

「…………………」

「僕が何も知らないとでも? 全部、知っていますよ。

母さんを裏切った事だけでも許せなかった。

加えてまさか、愛人の為に、妻を裏切り棄てて息子から母親を奪った、なんて、ね………」


その諦観と哀れみに満ちた声音は、まるで鋭い刃物の様だった。





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