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悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第10.5章・協力者の復讐劇
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第200話・良心を棄てた女



「本当に、離婚は帳消しにしてくれるのね?」

「はい。約束しましょう。それに………」


あの人は、貴女が居なければ生きていけないでしょう。


その特別扱いの様な言葉に、美菜は堕ちた。



(嗚呼、容易い)


短絡的で単純細胞な思考を、操るくらい、容易い。

自分自身が見詰めてきた人物ならば、容赦なく。



美菜が焦燥感を感じ始めたのは、

不倫関係が始まってから3年が経って頃だった。

英俊を見る度に、芳久の妻や息子を思うと羨ましい、という妬みを拭えない。


(もし、この人の妻の座に座れたら………)


理事長夫人、玉の輿婚。

きっとこのプランシャホテル理事長というの男の妻になれたとしたら。

何一つ不自由はしないだろう。欲しいものは全部、何一つ手に入れ欲望を満たせる。

この人の妻となり、理事長夫人という華やかしい座に座れたのなら。


(この人の妻になりたい)


それは愛情ではなく、自分自身の欲望の為だろう。

しかし高城優子が、高城英俊の妻である限り、

自分自身は愛人、英俊とは不倫という関係でしかない。


しかし英俊と過ごす内に、美菜の欲望は膨らんでいく。

プランシャホテルの理事長夫人というブランドは、

何事も変えが得たい魅力的で、それが欲しいと思う

欲望は日に日に増していく。


「あたしを、奥さんにして」


媚を売った甘い声音でそう囁いても、

英俊は最初、冗談にしか思っていなかった。

形だけだと言えど自分自身は妻帯者で、息子も二人いる。


優子は

理知的で賢く子育てを任せっきりにしていて時間がないから

その埋め合わせを美菜に任せているというだけ。



「あのね、あたし、英俊の奥さんになりたい」

「お前はそんなに、同じ言葉を繰り返すか」


日に日に増していく高城英俊の妻になりたいという欲望。

けれどもどんなに媚を売り誘惑しても、

英俊は真面目に考えてはくれない。

けれども増し膨らんでいく美菜の欲望は、

そろそろ我慢の限界だった。


_______都心部から離れたホテル。


とある密会の日だった。

自分自身の満たしたい欲望を抑えきれなくなった美菜は用意周到で英俊の耳許で囁いた。


「あたしと、奥さん。どちらが大事?」

「………………………」


何回目の問いかけになるだろう。

英俊の答えは何時も曖昧なままで、はっきりはしない。

英俊の妻は病床に着いているという、

風の噂に聞いたからこその、呟いた問いかけだった。

英俊の妻の座に座るならば、今なのかも知れない。

いずれ英俊の妻は消えるだろうけれども、もう美菜の(ほとばし)るは待てない。


理事長夫人になりたい、玉の輿に乗りたい。


自分自身の事が、有利だと思い込んでいた。

本妻よりも高城英俊という人間を知っていると有頂天に立っていた。


「今日は、曖昧にはさせないわ」


静かに美菜はそう告げる。

そして、予め持参してきた果物ナイフを英俊に向けた。

英俊の瞳には怯えの色が浮かんでいて、ぎらりと刃物を見た瞬間、固まった。

愛人の顔を見ると真顔の中でも何処か怒りの表情が浮かんでいる。



「英俊さん、何時もはぐらかしてばかり。

あたしは何回もあたしを妻にして欲しいって言い続けてきたのに」

「…………美菜?」

「お前の欲しいものはなんだ」


「貴方の妻という座。もう不倫関係なんて嫌。

英俊さんのちゃんとした奥さんになりたいの」

「しかし、私には……」

「分かってる」


美菜は冷静な答えを返す。

しかし次の瞬間、その表情も声音も、豹変した。




「______いつになったら、私を正妻にしてくれるの!?」



何時もは大人しい、華やかな愛人の豹変した姿だった。

女性の狂気が露になった瞬間、美菜の欲望が表に出てきた瞬間だった。

美菜の狂気に英俊は驚く節を見せたが、表向きは冷静なままでいる。


「………いつだって、あなたの傍にいたのはあたしよ。

優子さんよりも。私の望みは貴方の正妻になって

傍にいる事だけなの」


(………それ程の覚悟があったのか)


英俊は唖然とした。

妻とは不穏な空気が流れているのは、事実だ。

昨年、将来を待望していたの長男の死の思い違いからすれ違い、夫婦仲も冷めつつある。

今は次男をプランシャホテルの後継者に育てないといけない。


それに優子よりも、ずっと自分自身が

溺愛していたのは優子より美菜の方が勝っている。

美菜が現れてから実際、優子の感情は冷めている。

老後を送るのかと思うと少し憂う。ならば、


今まで妻以上に溺愛していた美菜を、

妻として迎える方が合理的ではなかろうか。

そんな利害が英俊の心の中で生まれつつあった。


それに、

病床に伏せっている優子はあまり期待は出来ない。

ならば優子を葬り去り、後妻として美菜を迎えるのもいいのかも知れない。

それにこそこそとしているのも正直良からぬ。


それに優子は病魔と闘ってきたのだから、楽にしてやっても________。


黒い思惑と利害が、英俊の心の中に生まれていく。



「君が叫ばなくても、優子はもうすぐ死ぬ。

安心しろ。私が、優子の死を早めるから。

優子が死んだら君を妻として迎える」



「………………」


美菜の表情に浮かんだのは、喜びと安堵。

自分自身を選んでくれたという喜びの感情と共に、

自分自身は正妻に勝利した、という優越感だった。



優子の病は、実際、回復に向かう片鱗もあった。

芳久は毎日、学校が終わると優子の元に向かっている。


しかし、先が望めないとシラを切った英俊は、

あっさりと優子を見捨てた。


(優子を消さないと、あたしは妻にはなれない)



優子をモルヒネによって、

苦痛から解放してやって欲しいと良き夫のふりをして

そうする様に求めた。


モルヒネの打たれる日の夜。

最期が近付く病床に伏せっている優子の元に美菜は現れた。

かなり病魔に浸食されているその身体は酷くか弱く写る。


(あたしが勝ったのよ。

英俊さんは貴女より、あたしを選んだの。………貴女は負け犬ね)


濃紺の夜空の下。

美菜は嘲笑う。


後妻として迎える優越感。

自分自身が思い描いた夢が果たされる時。

満面の微笑みで優子を見下していたのだ。




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