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悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第10.5章・協力者の復讐劇
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第196話・誰も知らない継母の隠し事





青年は携帯端末を指先で動かし、スライドさせる。

青年が見ているのは、とある数枚の写真達だ。

それらを眺め見ては、自然とその沈黙の表情に、深い微笑が浮かんだ。


(______この現実を見れば、平常心では居られなくなる)


慎ましやかな一定のノックを指先で数回。



「エールウェディング課の高城です」

「_______入れ」



その端正な面持ちに浮かべた微笑は消し去る。

携帯端末を閉まってから、彼はドアノブに手をかけた。




_____プランシャホテル理事長室。



芳久は英俊から、呼び出しを食らっていた。

理由は言うまでもなく、数日前の、あの出来事だろう。

プランシャの玉座に座っている男が、どれだけ哀れに映るのだろうか。



芳久は、英俊を見ると静かに一礼する。

頭を上げろと告げても青年はそ直角に頭を下げたまま、微動打一つはしない。


『お前の対応は見事な物だった。現実的で冷静沈着で、見直したものだ。

結果は残念なものに終わってしまったが………』


冷静沈着な声音だと思うかも知れないが、

その声音の真意はまるで、酷く他人事の様に聞こえる。

子供を亡くした妻を敬い労る気持ちすらこの男には微塵も感じられない。

この男にとって大切なのは高城家、プランシャホテル_____その二人だけ。

それ以外の事なんてどうでもいいのだろう。

それは英俊の雰囲気が放つ、態度が表している。


(ほら、この男に父性なんてない)


(高城とプランシャだけが大事なんだよ)


分かり切っている言葉を、

自分自身の中にいる誰かが冷たく囁いた。

諦観を抱いた芳久の心は凍り付いて冷めていく。

不謹慎だがやはりこれ以上、高城家の犠牲者は出てはならないものだと実感した。


(______けれど案外、この男は容易い)



「僕は、当然の事をしたまでです」


顔を上げた青年の顔と声音には、高揚のない声音と感情の失せた表情だが。

その儚げな端正に整った顔立ちに浮かび上がっているのは、誠実さの中に潜んだやりきれなさを浮かべた。

無論、それは芳久が浮かべた作り表情でしかないが。



「______ですが、』


そう固く呟くと、青年は膝を地に着け(ひざま)づいた。

英俊は息子の行動に目を見開いた。


「今回の事は、僕の責任です。

理事長から御願いをされていたにも関わらず、

僕は、義母と生まれてくる弟、妹を守れませんでした。

申し訳ございません」


青年の態度は、紳士的な誠実さを兼ね備えている。

嘘だと思えない。平然と凛とした態度は真っ直ぐな人間性を写る。



(やはり、この人間性は高城の器に見合っている)


息子の態度や行動に英俊は圧巻された。

その姿は、ある“誰か”と似ていた気がした。


「_____もういい。

お前の責任ではない。感情になった美菜にも非がある」

「(……………心にも思ってもいない事を)」


芳久は内心、英俊の態度や心情を、鼻で嘲笑った。

幼き頃から生きる形すらない立たずと罵ってきた癖に

それに子供が亡くなってしまった事も他人事の様に思っている癖に。


美菜もそうだが、この男にもかなり非がある。

父親となる身として感情的に為らず、妻を冷静に説得していれば良かった。

そうすれば、美菜は激昂せず丸く収まった筈だ。


後継ぎが要るから、英俊は焦っていないだけで、

後継ぎが居なければ最も焦っていただろう。

その面を考えれば自身にも非があるとしか言えない。

それだけは、その責任は、ひっそりと芳久に影を落としていた。


しかし、美菜の事も、無邪気に美菜に泥酔する英俊も

野放しに息をさせておくつもりはない。


酷く他人行儀な父親と息子の、重い沈黙が包むの中、

携帯端末の着信音が鳴った。


芳久ではない。

芳久の携帯端末はマナーモードになっている。



『済まない、少し失礼する』


英俊は、デスクに画面を下にして置いた携帯端末を持った。

指先でスクロールしていたが、(やが)てその威厳ある面持ちが歪み、眉間に皺が寄る。

その瞬間に芳久は内心、嘲笑する。



(_______夢から醒めろ、愚か者)


本妻を冷たく棄て、愛人に熱く泥酔した男め。





(_______嘘だろう?)


英俊は、言葉を失った。



何故ならば、画面には見慣れた女が写されていたからだ。

メールで送られてきたのは、妻の身辺調査の結果だった。

写真は数枚に渡る。よそ行きなドレスに身を包み、

メイクした美菜が息子と変わらない年齢の若い男の密会写真が写され、仕舞いにはホテルに行く様が写されている。


英俊が固まっている隙を見計らい、芳久は身を乗り出した。


「______“父さん”」


「………………なんだ」



英俊の声は掠れていた。

顔面蒼白した面持ちで、芳久に視線を遣ると、一枚の封筒を差し出している。


「“父さん”には、これは、ご覧頂くべきかと」


重みのある封筒を震える手で封筒を持つとそれを開け、手荒に中身の資料を見た。



_______高城美菜についての、身辺報告書。


携帯端末に届いた写真と共に、

それぞれの写真の日にちの高城美菜の行動を明確に記載されている。


「………これは」

「失礼ながら、独自に調べさせて頂きました」

「………お前、仮にも継母とは言え、美菜を疑っていたのか!?」


熱のない冷静な声音で告げる芳久に、英俊は声を荒げた。

衝撃と飲み込みたくない現実を突き付けられ、頭は混乱の中にいる。

睨み付ける英俊に、芳久は冷静沈着な冷めた面持ちを変えない。

それはまるで父親を軽蔑するかの様な面持ちと、哀れみの眼差しが含まれていた。


「…………高城に害をもたらす、と判断したまでです」

「何?」


激昂する父親を他所に

ふっ、と無表情の面持ちに軽く笑みを浮かべた。


「もうお分かりではないですか。

美菜さんのお腹にいた“あの子”の事を」

「………………」

「この証拠が示している理由を、

賢い理事長なら、お分かりになる筈です」


芳久に言われて、英俊は絶句した。

そうだ。この証拠を示しているのが本当ならば、美菜が身籠っていた子供は_____。


“_____高城家の子供でも、英俊の血を引いている子供ではない“。


美菜は浮気していたのだ。

プランシャホテルの理事長であり夫である、英俊を愛したふりをしながら本当は他所の男と付き合っていた。

身籠っていた子供も英俊の血を引いているとは信じがたい。


芳久は、防寒具を取ると、

芳久を押し退けて飛び出そうとした。

_________しかし。



「あの人を、責めるおつもりですか?」


冷静沈着な息子の声に、英俊は足を止めた。


「なんだと?」

「貴方にそんな権利があると思いますか?」

「……………………芳久、何を言っている?」



バレリーナ顔負けの

しなかで優雅、綺麗な半回転をした芳久に、英俊は固まった。



にやり、と上がった口角に冷たい逆鱗の灰色の瞳。

見た事もない微笑を浮かべた息子が、其処に居た。

本当に自身の息子、高城芳久だろうか、と疑ってしまう程に。


『………あの子は、薄気味悪いのよ。

視界に入るだけでも身の毛がよだってしまうわ』


『言葉の通りよ。

あの子を見ていると薄気味悪いの。

喜怒哀楽も、人間味の一つもない、まるでロボットみたい。


見ていて普通に接されているだけで気持ち悪いのよ』


不意に妻の言葉が脳裏に反響した。

継母と息子の仲がよろしくない事は知っている。

美菜が高城家に嫁入りと入れ代わる様に息子は姿を消したから、

単にまだ、美菜がまだ慣れていないだけと思っていた。


けれど。

今は、美菜の言っている言葉が分かる。

“今”目の前に居る青年は狂気を孕みながらかなり薄気味が悪い。

だが同時に何処か麗の儚さを備えた雰囲気は、寂しそうに揺らめいている。



「“僕の母さん”を見棄て、冷たい仕打ちを下した貴方に、

同じくしてまた妻を責め棄てる権利が御自分には存在すると?」


(本当に嘲笑を浮かべる息子は、高城芳久か)


凛然とし穏和な表情しか見た事の無い

英俊には意外で必然的に同一人物か疑ってしまう。


酷く冷たく凍り付いた声音は、

空間や人間の全てを凍り付かせる様だ。

芳久の静かに目尻の上げた表情を見た瞬間、

息子の冷酷さを悟った瞬間、彼の狂気を浮かべた面持ちに

英俊は背筋が凍り付き、何故か足許は動けなかった。


(_____後ろめたい事があるから、動けないのだろう?)


(_______この人は、何かを隠している)



嘲笑の中で、芳久はそう確信した。






『追記』

芳久は垂れ目気味の目の形をしています。


どんどん冷酷になっていく芳久。彼が探す

母親の死の真相には、どんな結末が待っているのでしょうか。


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