第17話・歪んだ思惑が生んだ計画
世の中は理不尽で不公平だ。
全てを計算し尽くして、綺麗になる様に生きてきたのに。
”あの女“を越えてやると、そう思い続けて生きてきたのに。
人並みのモノが欲しかった。
実際に世間から羨まれるくらいの地位と人格を積んできた筈だ。
『ジュエリー界の女王』と呼ばれ良い気分に浸って、
自分自身の人生は、勝ち組で順風満帆だと思い込んでいた。
けれど繭子の思考を壊したのは、あの日。
“アイツ”に似た娘が生まれた事で、無残にも打ち砕かれてしまった。
娘が生まれた事で繭子の心は、
日々、悲観的に哀れに僻み歪んでいくばかりだった。
(______なんで、あたしだけ?)
たった一人の娘は思い通りには行かなかった。
繭子が憎み続ける“アイツ”に瓜二つで、顔を見るだけで憎悪が走る。
シングルマザーの女社長としての地位を上げる為に生んだ実娘は、繭子にとって気に入らなかった。
見たくもない実娘を避ける事にした。
実娘を見る度に沸き上がる感情は、終わりなき憎しみと僻み。
周りの評価___世間体と、己の終わりなき欲望を満たす為に。
けれど終焉のない欲望は、終わりを告げどころか、益々膨らんでいく。
(あたしを見て。輝いているあたしを_____)
自己欲を満たす為ならば、
自分自身以外は犠牲をしても構わない。
自分自身の身近に存在するものは、全て自分自身を引き立たせる道具。
けれど
森本繭子の地位や名誉を蹴落とすというのならば、容赦はしない。
犠牲者を生んだとしても、繭子にとっての邪魔者は消してやる。
そして自分自身は、傷を一つ負う事なく輝き続けるのだ。
都心の街は、賑やかで活気に溢れている。
絶え間なく通り、すれ違う人々。人間という同じ人種だけれども
自分の知り合い___血族の繋がりを持つ人間など、其処には誰も居ない。
そんな時、公園の風景が見えて、無意識に視線がゆく。
そしてある様子にふと、目が止まった。
「お母さん、お待たせ」
自分自身と同い年くらいの女性の方に
そう呼んで近付くのは、きっと女性の娘だろう。
朗らかに微笑みを浮かべる彼女に、母と呼んだ娘も優しく笑って
己の胸に抱いていた子供を見せた。
「あらまあ、相変わらず可愛いねえ」
「ふふ、そうでしょう?」
その子は、即ち孫なのだろう。
隙間から見えてあやされている赤ん坊も、無邪気に笑っている。
それは見るからに幸せそうで、文句のない雰囲気に包まれていた。
(______なんで)
それが、繭子にとって腹立たしく映った。
それは喉から手を伸ばしてもどんなに欲しても、自分自身にはないもの。
幸せそうな雰囲気に娘と__そして孫。理想の家族像だった。
周りは自分自身には持っていないのに、周りは平然と持っている。
(あたしだって欲しい)
幸せそうな雰囲気に、娘と孫。祖母という地位。
そうすれば自分の評価だって上がり、あの娘だって幸せになれた筈だ。
心菜。
あれは、自分自身を良い様に見せる道具。
母親である自分自身を輝かせ、地位を上げて良い世間体を保つ為に養育してきた。
繭子は考えていたのだ。
高校を卒業して大学に入る時期の年頃ともあって、
そのタイミングを計画的に狙って、自分自身の気に入った相手を
選んでその者を婚約者とし娘と結婚させるつもりだったのに。
そうすれば、今頃は孫の顔だって見れただろうに。
なのにあの娘は、念入りに組み立ててきた自分自身の計画を打ち壊した。
養って貰っている恩も知らずに、小娘の分際で繭子の元から出て行ってしまったのだ。
自分自身が逃げて隠れる器用さも益々、“アイツ”に似て来たと思っては
心の腸が煮え繰り返ってしまいそうな感覚を覚えてしまう。
身勝手な思いは、繭子の欲望と共に歪んでいく。
(______自由になんてさせない)
あの娘は、自分自身の腹いせに生んだ。
あの頃の、自分自身に受けた仕打ちの仕返しは、終わっていない。
自分自身を侮辱した、仕打ちを受けるべきなのだ。
ずっと、それが自分自身を放って置いた罰なのだから………。
あの夜。
椎野理香____彼女に会いたいと言って、手配して貰った。
前の出張で来た時は、自分自身が不在にしていたせいで会えなかった。
祝福の席の後で、きっちりとした
形で何としても彼女を見て見たかったのだ。
繭子の予想は、当たっていた。
完璧な容姿。丁重な物腰と、凛とした雰囲気は間近くで伺える。
流石、エールウェディング課では麗人と呼ばれるだけの
器量は持っているのだと確信した。
(________これは使える。会社の再建の為に)
繭子は思った。これが、欲しいと。
繭子の欲望はどんどん、膨らむ一方だった。
「________ということよ」
「それは、待ち遠しいですね」
________JYUERU MORIMOTO、社長室。
事情を説明すると、相手は朗らかに微笑んだ。
社長室の一角、客間をテーブルに見立てた形で、彼女と面と向かって座るのは若い青年だ。
尾嶋 博人。
繭子が目を置いている社員であり、彼女のお気に入りの人間の一人。
繭子を時間を経て、得意の話術で引き込んだ人間なのだ。
加えて言えば、尾嶋は
彼女が組む計画を知って、それに嵌ろうとしている。
「娘さんと結婚出来るなんて、光栄です」
「そうでしょ。なんとしても見つけ出すわ」
尾嶋は、繭子のお気に入りの人間。
行方知れずの娘を見つけたら、自分自身の気に入った相手を引き合わせる。
つまりは尾嶋と、心菜を結婚させよう____繭子はそう計画を立てていた。