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悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第10.5章・協力者の復讐劇
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第195話・継母が選んだ結末




『残念ですが_________………』





青年は、病院の廊下を歩いていた。






数日前、高城家にて。



ロークローゼットにぶつかって血と共に倒れ伏せ

意識を失った美菜に対して英俊の表情はみるみる顔面蒼白していく。


しかしその傍らで芳久は直ぐ様に継母に駆け寄り、

手首に触れ脈を確認しながら携帯端末を取り緊急電話をかけた。


『救急車をお願い致します。30代女性、妊娠中です。

サイレントは消して下さい。住所は_____』


血痕を見付けて、半信半疑に陥るが現実を優勢した。


心よりも体が先に動いていた。

顔面蒼白になり狼狽(うろた)える父親の存在を

無視して119番に連絡を取り付け、救急車を呼んだ。


その日の内に身重だった美菜を運んで貰い、

付添人として英俊と共に運んで貰う形になった。





骨董品の後片付けをしながら、芳久は目を伏せた。

高城家に子供が生まれる事は、その子には幸か不幸だったのか。


(…………いや、後者だろう)


こんな欲望に埋もれた高城家に、両親に育てられるのなら

出逢う前に去った方が良かったのかも知れない。

それに、次男である自分自身であると、生まれてくる子供は

どちらしろ、英俊によって比べられる結果になっていた。


和久と芳久を比べ、育てられた様に、堂々巡りの悪循環だ。


片付けを終えた青年は不意に立ち上がり、

憂いを帯びた瞳で、芳久はリビングルームから

庭に繋がる窓を指先を当てて、夜空を見上げた。

濃紺の空には、生憎、一筋の光りを見付けてしまい、複雑な心情になる。

…………結末が、分かってしまった様な気がしたからだ。


(…………ごめんな。今度は、愛されて貰うんだよ。

でも間違えてもまた此処に来てはいけない。不幸は約束されているから………)


そう言葉を送り投げた。






(…………この家は、この家にいる男は、幸せをもたらさない)


冷遇というものがどんなものか。

冷遇される立場がどんなものか、それを受けてきた芳久は一番、よく知っている。







美菜は、流産という形に終わった。

まだ不安定な時期だった上、腹に衝撃を与えてしまったからだ。

全ては英俊の言葉に絶望した、美菜の独りよがりの欲望から。

母親の、自業自得でもあるのだが。


あの時、自分自身が行動に

移して引き留めていたら変わったのだろうか。

けれどそれが正解だったとは、どうも芳久には思えない。

また大人の身勝手な都合に振り回されて、

本来の人格や性格を潰されてしまっていたのかも知れない。



病室に足を運ぶと、窓側のベッドに美菜はいた。

背中に枕を(たずさ)え、点滴が打たれている。

美菜は遠目に空を見上げていた。


まだ、絶対安静が必要だ。


足音に気付き美菜は自然と、足音の主に視線を向けた。

スーツ姿の凛とした長身痩躯の青年が、オレンジ色の花を備えて立ち止まっていた。


来客者が芳久だと解ると

美菜は気を張っている強気な面持ちをした。

それでも芳久の作り笑顔はなんとしてでも変わらない。

衝動的、自業自得だとはいえ、自分自身の子を亡くしたのだ。

しかし、憔悴さや辛さはあまり感じられない。


その理由は分かり切っていた。


人を使い

自分自身の欲望を果たす事に失敗した女の結末。

子供を亡くした事は残念に思うが、この女に気持ちに

哀れみを抱いても、同情は出来ない。



「……………何しに来たの」

「謝罪です」


即答した青年の面持ちは変わらない。

しかし、青年は膝を床に付けるとそのまま、頭を下げた。


「貴女も、貴女のお子さんも守れなかった。

これは変えられない事実です。申し訳ありませんでした」

「ふぅん…………」




静かに頭を下げた芳久の声音は酷く他人行儀だ。

しかしその謝罪には紳士的な誠実さが滲んでいる。


英俊の心を掴んだのも流産してしまう結末を選んだのも

全てが全て美菜が選んだ事だ。自業自得としか言えない。

しかし父親から美菜の面倒を任されていた以上、責任の謝罪を作らなければならない。

例え、自分自身が不服だとしても。


しかし、謝罪の念も素直に含んでいるが

美菜の真意と態度を見抜く為のパフォーマンスだった。


けれど案外、

憔悴している反面、美菜は平然としている。

でないと(ひざま)づいた芳久の謝罪に勝ち誇った様な満面の笑みを浮かべる余裕なんてものはないだろう。

無論、頭を下げながらも、美菜の浮かべている表情を芳久は悟っている。

そして確信した。


(…………この人、子供を亡くした事を悲しんでいない?)


不思議だった。

泣き腫らした涙の後も、目も赤くなかったからだ。

子供を亡くして涙を流した痕も、憔悴仕切っている素振りもない。



(ああ、やっぱり。ただ者ではないな)


だって人の物を奪って、

まだ己の(ふところ)を満たそうとするのだから。

加えて言えば父親と共謀して、実母を死にやった一人だ。

普通の心臓の持ち主ではなかろう。


この女は、奥ゆかしいふりをして、

どんな欲望を孕んでいるのかは芳久以外知らないのだから。





「あたしが、手に入れたいものを貴方は持っているのね」

「…………はい?」


花瓶の花を入れ替えていた手を止めて、


「貴方に、全て持って行かれた。

英俊さんも、あの子も……貴方は自分自身の欲しい物を持っているというのに」


手で顔を覆って、悲しむふりをする美菜。

それを演技だと見抜きながらも、芳久は知らないふりをする。

仮面を剥がすつもりはなかったけれど、実母の死に知りたいならば仮面は、捨てなければいけないのかも知れない。


「………僕が欲しいものを持っているとでも?」

「何よ、違うの?」

「貴女が思っているものは全て誤解です。僕は何一つ持っていません。マイナスに言えば、失ったものばかりで………」


無機質なロボットと思い込んでいたが、

青年の言葉は冷たい熱の中で一つ一つ説得力がある。


視線を落とし

花に触れている青年の端正に整った横顔は、

誰かを慈しむ様な、遥か彼方にいる皇子の様に今にも儚く消えてしまう様に感じた。

それと同時に、“あの女”の横顔を思い出して、デジャウに襲われた。

芳久は何処と無く優子に似ている。


『……………私が消えて、

貴女が思い通りの道を辿れると良いわね』


あの時の記憶が脳裏に(ほとばし)る。

“あの女”さえ居なければ、消してしまえば、

自分自身が望むものが手に入ると思い込んでいたあの日。



「“あの人”を追い出せば、全てが入ると思ったのに………」



「…………………え?」



芳久は、呆然とした。

“あの人を追い出せば”。洞察力が鋭い芳久の事だ。

“あの人”は、きっと実母を指しているに違いない。


やっぱり怪しんだ通りか。

あの日、ボイスレコーダーの聞いた音声と同じ、

やはり、この後妻は何かしら実母の死に絡んでいるのか。



はっとして美菜は、口を手で覆う。

しかしもう遅い。


「分かっていますよ。貴女が母さんの死に絡んでいる事は」


冷静ながらも、ドスの籠った声音。

見た事のない何処か虚ろで据わった目付きに冷たい面持ち。

芳久の悟りを開いた冷たい声音に、みるみる顔面蒼白になっていく美菜。


「…………でも、今は無しとしましょう。

でも、見てて下さい。いつか貴女は安易に息をする事が出来なくなる」

「何を言っているの………?」

「それは、僕の母にした行いを知っている貴方なら、解るでしょう?」


背筋を凍らせる程のその優しい穏やかな微笑みが怖い。

おぞましい、とすら感じた。



高城芳久である事は変わらないのに、

あの家にいた青年と、目の前にいる青年は何処か違って見えた。

その無機質な微笑みに含まれた得体の知れない何か。

それは、ジャックナイフの様だった。





そもそも自ら失敗の結末を辿った芳久は

部外者である、この欲深き女にもう用はない。

芳久は見抜きつつあった。実母を貶めた主犯は誰なのか。


しかし色目を使い偶然を装った出会いの末に、

プランシャホテル理事長夫人の座を手に入れた。

理事長夫人となりいい気になって自分自身の欲望を

全て手に入れようと調子に乗ったままで居させるか。



短絡的で易々と誰かの罠に嵌まる英俊と、芳久は違う。

では、と去っていく後ろ姿を見詰めながら狂気を感じた。

だが、青年はぴたりと足を止めて軽く此方側へ振り向く。


「ああ、一つ言い忘れていました」

「何よ………」



「残念でしたね。自分自身の思い通りにならなくて」


その灰色の瞳は、闇色を映している。



(いつか、あの人共々、息苦しい現実に追い込んでやる)




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