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悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第10.5章・協力者の復讐劇
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第193話・継母が欲しかったもの、抜け出せない息子の鎖


今日は雪が降っていた。

はらりと優雅に舞い落ちる無色な雪は、

コートの上に身を置くと元から存在が無かった様に静かに消えていく。


それは無慈悲な冷たさを与える。

仕事帰りに時計を見ながら、芳久は足の歩みを進めた。


銀世界に包まれた西洋式の墓地。

さく、さく、と、雪独特の足音を刻みながら、

芳久は複雑な面持ちで母親の墓の前に立ち、墓を見下ろした。


今日は、優子の月命日だ。

芳久は、母親が去ってから月命日の墓参りを欠かさない。


優子の葬儀が終わった翌日、

英俊は優子の死を待っていたかの様に、美菜と再婚した。

心身共に愛人に惚れていた男にとって、自分自身を支えてくれてくれた妻の存在はどうでもいいに等しいかったのだろう。


(きっとこの疑念は、嘘じゃない筈だ)


現に、優子が亡くなってから、

西洋式の墓を手配しただけで、

妻の墓には一度も足を運んでいないのだから。

英俊は優子の存在等、最初から居なかったかの様に、美菜を溺愛している。

きっと英俊の中で高城優子という妻がいたという事等、忘れ切っているに違いない。


高城を、理事長を支えたのは、高城優子。

美菜は単なる遊び相手ではなかったのか。



優子が居なくなった隙を付け込んで

婚姻を結んだだけに過ぎないのに。



自分自身を支えた女性を葬って、遊び相手だった女に泥酔している男に、芳久は軽蔑と哀れみの眼差しでしか見れない。

本妻と愛人の境界線を分けていると思っていたが、本当はそうじゃなかったみたいだった。


芳久にとって、

そんな自分勝手な英俊が憎たらしくて堪らなかった。




優子が一人寂しくないように、

元々は他の地に眠っていた兄の遺骨を持って行き、

この所有者に事情を説明し理解して貰い、兄の遺骨を母の隣に埋めて貰った。

所有者の青年は、母親が寂しくない様に、兄と一緒に

眠って欲しいと切実に訴える少年が、酷く儚げで健気に見えた。

それを無下に断るのは、少年を断頭台の処刑する様なもので。

青年は少年の切実な願いを受け入れた。



自分自身を支えてくれた女性と、

自分自身の跡を継ごうと健気な青年の存在は、

とっくの果てに英俊の心から消えたのは分かっている。

だからこそ、反吐を出る程に軽蔑する程の憎悪が湧き上がってくるのを否めない。

寧ろ、この抱いた感情を忘れるな、というエラーが心の中で警報を鳴らした。



高城家に、芳久の居場所はない。

それは今も昔も変わらない。


事実上の居場所という箱庭があったとしても、

厳冬の風が吹く心は冷え切って、居場所あるとは言い難い。


どれだけ外界が厳冬でも、猛暑でも、墓地には長居してしまう。

温かい記憶をくれた母親、自分自身を分け隔てなく接してくれた兄がいる。

あんな冷たい家に帰るよりも、ずっと此処に居たい。

芳久は花を手向け黙祷をした後に何時までも、墓を見下ろしていた。



けれど。

時計を見ると、時刻は夕方を差し示していた。

継母の食事の世話役をしなければならない。


『母さん。兄さん、また来るよ』


後ろ髪を引かれてしまう感覚を覚えながら、

芳久は墓地を後にしながら、見慣れた家路の道を歩き始めた。

見上げた空は暗雲に包まれ、はらりはらりと冷たさを降り注いでいる。


家に帰り、

靴を揃えてリビングルームに向かおうとした時、芳久は立ち止まった。

リビングルームの入口に美菜が仁王立ちしていた。


「…………」


視線が交じる。

凛として変わらぬ芳久の瞳とは違い、

美菜の瞳や表情は明らかに不服そうだ。


「遅かったわね。あたしを餓死させて、あたしとこの子を殺すつもり?」


きっと義理の息子を睨み付けながら、強い口調で告げる美菜。


「申し訳ございません」

「仕事の残業? あ、でも、貴方は免除させているわよね?

あたしとこの子を捨てて、何処をふらついていたの?」


残業の免除。

理事長である父親が手を回しているのは明白だった。

継母の世話役を命じている以上、高城芳久には残業はさせず定時で帰る様に根回しされているのだ。


強い口調で告げる美菜は、怒っている。

そんな美菜に対して芳久は、わざと言った。


「今日は、“あの人”の月命日だったので、墓参りに行っていました」


敢えて、実母とは言わなかった。


(……………この人が一番、知っているだろう?)


妻の座を横取りする形で奪った美菜なら、

芳久が母親と兄、どちらの月命日の墓参りか、分かっている筈だ。


芳久の推測通り。その瞬間、

強気な美菜の面持ちが固まり、瞳が見開かれた。


(身重のあたしを見捨てて、あの女のところに?)


刹那、美菜は怒りに震える。

彼の思いは儚くも美しい母親思いの息子らしいけれど、

墓参りなんてものは何時でも行けるのに。


身重の継母を放ってまで、墓場に通うのか。


英俊から芳久は、かなり律儀な人物だと聞いた事がある。

再婚して間もない頃、まだ実家に居る頃、

現に彼は月の上旬と下旬には、帰りが遅くなっていた。


美菜自身、優子の事をよくは思っていない。

彼女が居たからこそ、自分自身が理事長の妻の座に座るのが遅くなった。

優子さえ居なければ、

すぐ理事長夫人という名目の椅子に座れていた筈なのに。


美菜が優子を良く思っていない事を、

理解した上で、わざと芳久は伝えたのだ。

いつも上から目線で人を古希を使う(すべ)しか知らない相手には痛手だろう。



「遅くなってしまいごめんなさい。

今から食事をお作り致します。何が宜しいでしょうか」


芳久はそう告げた。

しかし、美菜は視線を伏せる。



そして、禁断の言葉を呟いた。

芳久にとって残酷な言葉を…………。










「何時までも、昔に(こだわ)って…………」




毒の籠った、ドスの籠った声音。



その刹那、芳久の足許が止まる。

同時にいつも変わらない芳久の仮面を剥がす。


「あたしがどんな思いをしたか…………。

英俊さんの隣に座る為の努力を貴方は無にするのね………。

可哀想なあたし。可哀想なこの子………」


己の腹を擦りながら、美菜は演技して見せた。

対して芳久は聞き捨てならない思いを、感じてしまう。



「昔に、拘ってしまうきっかけを作ったのは、貴女ではないですか」


初めて芳久が、継母に逆らった瞬間。

その無情ながら凛とした瞳は変わらないが、

美菜は初めて毒味の含んだ物言いに芳久の人間味を感じた瞬間でもあった。


けれど、美菜は恐怖心を感じた。

無情な顔付きに浮かんだ瞳は、存在感のある威圧がある。

表向きは圧力感は空気に等しいのに、青年の圧力感を感じた人間は黙りざる終えない、


まるで泣く子も黙ってしまう様な威圧感を備えていた。





「あたしを責めるの!?

…………貴方も少しは前を向いて歩いて行けばいいのに」


嘲笑ながら感情的になる美菜に、芳久は凛とした姿勢は変えない。

しかし美菜はまた違和感を覚えた。何故ならば、

青年の目付きは据わり、その瞳は貫かれてしまいそうな感覚を覚える程に冷たい。



「貴女を責めるつもりは更々ありません。

ただ貴女が仰る、僕が昔に拘ってしまうというのは否定するつもりもないです。


ただ確かなのは、貴女が全てを塗り替えた。

僕が昔に拘ってしまうきっかけは、貴女が作って頂きました。


実の母親と兄がいる以上、二人の存在を無視する事は出来ません。



勝手に思って頂いて結構です。

僕は、単なる駒使いでしかないですから。

貴方が無事に出産した後に、僕はまた消えます」


母を蔑ろにさせるきっかけを作った女。


優子と和久の存在がある限り、芳久は前を向いて歩くつもりはない。

二人を死に至らしめたのは自分自身に非がある、と芳久が誤解し思い込んでいるからだ。


この女が高城家を変えたのかも知れないと

思いながら、内心、冷めた瞳で憐れな女を見詰めていた。




「……どうしても、欲しかったのよ………」

「………え?」


視線を伏せながら美菜は呟いた。



「プランシャホテルの理事長の妻という名前が」

「…………………………」

「当然、英俊さんにも惹かれたわ。けどね。貴方の母親は幸せそうだった。プランシャホテル理事長の妻のブランドを持っているもの。


だって高貴な肩書きを持っているだけでも、

それは自分自身の誇りになるでしょ。羨ましく仕方なかった。

プランシャホテル理事長の息子という肩書きを持っている貴方も」

「…………………」


(ほら、人は何処までも腹黒いだろう)


自分自身に居るもう一人が、そう囁いた。

人は誰でも見せないだけで、何処かに黒い感情を秘めている。

美菜の自白に、芳久の心は黒い影を落とす。


(黒い思惑に、愛なんて存在しないよ)



「だから、欲しくなったのよ。

例え奪った形になったとしても構わなかった」


美菜はただ、

プランシャホテル理事長夫人の肩書きが欲しかっただけだ。

ただそれだけ。そんな女の為に実母が犠牲になった、

そんなまだ霧がかかった疑念が浮かぶ。


(母さんを貶めたのは、)


何故、回復に向かっていた優子が、死んだのか

なんとなく察し見えてしまった。

それは一人の女の欲望によって、一人の母親の(めい)を奪われる形になったのだろうか。

それは、反吐が込み上げてくる程に無慈悲な物語(ストーリー)






この世界は、何処までも残酷だ。




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