第16話・歪んだ思いと、思惑と…
「なんですって? ……嘘でしょう!?」
「此方も最善を尽くしましたが、どれだけ手を尽くしても見つかりません」
繭子は、怒っていた。
何故なら、自分自身が望む捜し人が見つからないというのだから。
怒りを露にする依頼人に対して
電話の向こうの側の人間は、ただヘコヘコと謝るだけだ。
どんな手を使っても良いからと言ったにも関わらず、
それでも見つからない。
金に糸目を着けずに捜しても結局の所、あの実娘________
森本心菜は行方知れずという結果に結びついた。
引き続き捜索を願い出て
何か朗報があったら、電話が欲しいと連絡をと片付けてから通話を切った。
乱暴に受話器を置くと、派手に椅子に持たれかかる。
12年前のあの日、突然にして心菜はその姿を消した。
それはまるで最初から存在しなかった様に。
小娘なんてすぐ見つかるだろうと
思っていた繭子の予想は、大いに外れていた。
一年、二年と時は過ぎていき、気付けば12年の時が経過している。
12年間、秘密裏に探偵に実娘の捜索を願い続けている。
代わりに警察には捜索願を出さなかった。
すぐに見付かると思い込んでいた事だし
何せ社長令嬢が無断で消えたという事で、捜索願を出す等
繭子にとっては恥だと感じたからだ。
社長の娘が長年に渡り、行方知れずで
行方不明だというのは世間には顔向け出来ない。
社長令嬢が不在、という事実はどう見ても不恰好に思ってしまう。
だからこそ繭子は警察には捜索願を出さず、
秘密裏の上で探偵を雇い、娘を捜させていた。
(こんなに手を尽くしているのよ、なのに)
彼女は、母親の期待を裏切る。
何故だ。小娘は何故見つからないのだろう。
彼女には一生隠れる術でも、持っているのか。
否、奴は人間だ。そんな空想の様な物を持っている筈が無い。
それにあの娘は、自分自身より地位の低いただの子娘でしかないのに。
小娘の分際で母親である自分自身に抗い
数十年も行方を眩ましている事が、繭子にとって腹立たしかった。
あの娘は常に自分自身に逆らい、組み立てている計画を乱す。
容姿も、性格も、能力も。
繭子が望んでいないものを、全て心菜は兼ね備えている。
心菜が存在しているという事だけでも、繭子には屈辱だというのに。
せめてでも母親として自分自身が望む事を彼女はこなすべきだと思い込んでいた。
なのに心菜は母親である自分自身に背を向け、逆らう。
そんな事は、許されない事だ__。
娘は、母親である自分自身の為の尽くすべきだ。
なのにあの日、彼女はそれらを全て放棄して逃げて行った。
(戻ってきたら今まで以上に、放棄した期間も含めて尽くして貰わないと)
そんな、歪んだ思考が繭子の中で支配していた。
昔は、大規模の会社と言っても良かった。
けれど、今もそうかと問われれば、良い顔で返事は出来ないのが現実だ。
どれだけ偽りを付いても、本音を暴露すれば業績も売り上げも落ちている。
ジュエリー会社と言えど、不景気な時代も進んでか
今では昔からの常連である婦人や、真新しい貴婦人が
時折にして訪れるばかりでJYUERU MORIMOTOの客足は遠退いていくばかりだ。
それらの顧客によって繭子の会社は、何とか持ち堪えているのが精一杯だった。
『新しい客を入れたい』。
昔の様に繁盛していた会社へ、その社長として見られたい。
けれど、理想通りに行かないというのが現実らしく、思いとは裏腹に
現実は間逆に進んでいくばかりで、
JYUERU MORIMOTOの業績はあからさまにパッとはしないままだった。
優秀な社員も今のところ見当たらず。
ただヘコヘコと頭を下げ、時には媚びを売ろうとする社員が多い様な気がする。
一触即発。心機一転。そんな会社の空気を一転させる人物は現れないだろうか。
当たり前と在り来たりが馴染みつつある会社で
自分自身の華やかな地位と栄光を求める繭子は、そんな人材を望んでいた。
自分自身をもう一度、頂点へ輝かせてくれる人物はいないだろうか。
__________そんな時だった。
あのウェディングプランナーの話を聞いたのは。
プランシャホテルに勤務する
エールウェディング課所属するウェディングプランナー。
非の打ち所の一つ見つからない。上司でさえも一目置く、
その腕前も仕事ぶりもずば抜けて優秀な社員だそうだ。
その話を聞いて繭子は直様、飛び付いたのである。
息のかかった物に、その人物の情報を調べて貰い見つけた。
名前は、椎野理香。
彼女は見るからに美人でおしとやかな容姿の人物だった。
容姿から漂う凛然とした雰囲気と端正に整いながらも何処か薄幸面持ち。
椎野理香の噂は彼女を見て、繭子は理解した。
その容姿から漂う知性に満ちたは、見るからに優秀そうだ。
椎野理香の容姿と、履歴書の情報を見て
まるで玩具を欲しがるような気持ちで、繭子は思った。
________これが欲しい。
こんな優秀な人材である彼女ならば、自分自身の下で働いてくれる。
彼女なら、この会社を変えてくれるかもしれない。
そう思い出してからの行動は、早かった。
彼女に近付く為に先ずはプランシャホテルに提携経営しないかと持ち掛けた。
万が一、両会社の未来に何かあった為にもその方が好都合ではないかと持ち掛ければ、相手は安々と乗り上がってくる。
そうだ。
そのまま、進んで貰えれば。
自分自身の思惑通りに行く事に、繭子は喜んでいた。