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悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第10章・復讐者の秘密、解けない愛憎の糸
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第185話・静かな探り合い




何かの因果だったのか。

“私”が生まれ落ちて、貴女の元に戻ってきた事は。




プランシャホテルから離れたカフェ。

連れられてきたのはオープン式のカフェテラス。

開放的なカフェテラスに、青年に連れて来られた意味を、ひたすらに健吾は自問自答している。



(椎野理香の同僚、と言ったか)


対面式の席に座っている。

それぞれの右側にはお冷やが置かれていた。

注文があればどうぞ、とウェイトレスは言ったが、

静かにピリピリとしているこの空間で、そんなのは論外だった。




突然に声をかけてきた身なりもきっちりとしている。

青年には隙が無くて、礼節も立ち振る舞いもビシッとしていた。

しかし堅苦しい雰囲気は一切感じず、何処か優しい優雅さを秘めている。

スーツの左胸ポケットに差した金の線が引かれた白い高級感の氏名プレートには

『高城 芳久 (Yoshihosa Tkashiro)』と、彼が名乗った通りの名前が施されている。


彼は同僚と言っていたが、椎野理香とは特に親しそうだ。

父親であるという自覚が芽生えてしまった以上、

無意識ながら娘の人間関係は気になってしまう。




誰にも言えなくても、

椎野理香はたった一人の自分自身の血を分けた娘だ。

理香が実娘と知ってから、健吾は複雑な父性を抱いていた。


数週間前、椎野理香には、

繭子の秘密を伝えて貰う約束だった。

週刊紙には大々的に載せた森本繭子のスキャンダルは、

センセーショナルに話題を拐ったけれど、まだ全てが書き終えている訳じゃない。


それはまるでパンドラの箱の鍵を一つずつ開けられ

秘密の箱を与えられるかの様に、一つずつ椎野理香は森本繭子の鍵と切り札をを与えてくる。


『一度に全てを知ってしまえば、面白くないでしょう?』


利害関係が一致し、

情報提供を受けた際に彼女の呟いた言葉。

その際にひっそりと相手を惑わす様に浮かべた微笑は、深く脳裏に焼き付いている。


パンドラの箱の鍵を、森本繭子の情報提供を貰うのは土曜日の夜。

必ず律儀に欠かさずに椎野理香は、森本繭子の秘密を与えてくれる。


けれど

最近はぷつり、と糸が切れた様に椎野理香からの連絡は途絶えた。

彼女も忙しいのだろうと思い、数日は目を瞑っていたが、

書きかけの森本繭子のスキャンダル記事があり締め切りもある為に、

健吾も痺れを切らし、身を乗り出せずには居られなかった。


それに好奇心は、人の心を無自覚に焦らした。

森本繭子と椎野理香の秘密は気になって仕方ない。



「突然、お引き留めしてしまい申し訳ございません」


控えめに発された申し訳無さそうな声音には誠実さ、

青年の端正な顔立ちと雰囲気は控えめな上品さを醸し出し引き立たせている。

その低い物腰も目上を敬う丁重な姿勢も、今時の若者には珍しい。


ちらりと盗み見た

左胸元の名札プレートを見るに、きっと勤務中なのだろう。



しかし。


(どうして、僕を呼び止めた?)


この青年とは、面識もない無関係な筈だ。

それなのに自分自身を呼び止めたのか。その疑問だけは拭えない。


「いえ。しかし、何故、私を呼び止めたのですか?

確か、貴方とは一切面識はなかったですよね」





(いきなり、要件に乗り出したか)


冷静沈着ながら冷めた感情で、芳久は相手を見た。


そう問いかける彼の顔色には、警戒心が滲んでいた。

それは当たり前の事だろう。誰だって自分自身と無関係の人間に呼び掛けられたら警戒する。

寧ろ、疑わずに来てくれた方が運が良かったと言うべきだろう。



あれから相変わらず理香とは、一向に連絡が付かない。

母親である森本繭子や婚約者の尾嶋博人が怪しいと睨んでも、

接点のない自分自身には何も出来ない。



だから、芳久は記憶を辿りながら、

理香と面識していた人間を探す事を気付いた。


相手がいきなり身を乗り出してきたのなら、

此方も容赦する必要は無さそうだ。


「そうですね。

すみません。偶然、受付で貴方が椎野さんに

接見をお願いしていたところを見たものですから」


この人物が、

門前払いされた隙を、芳久は決して見逃さなかった。


「泥棒と同じ真似の様で申し訳ないのですが

貴方は、前に椎野さんとお会いしてしていますよね?

……………奇遇ですが僕は、その椎野さんと貴方がお会いしている所を見てしまいました」


穏和な上品な顔立ちに浮かんだ、薄い微笑。

それは何か企みを含んでいる様に見えた。


(こいつ、もしかしてストーカーか?)


椎野理香のストーカーかも知れない。

一瞬に浮かべた微笑が薄気味悪く、怪しい。

そう警戒心が働いた健吾は、目の前に居る青年に目を凝らし、疑う。


(警戒心も解いて置かねば。

このまま怪しまれるだけでは、全てが水の泡だ)


「警戒は無用です。

どう足掻いても、僕は彼女には近付けません。

“ただの親しい同僚てしかありません”ので」


芳久は目を伏せた。

表向きは天涯孤独の理香が、意味深に接していた相手。

この人物は一体何者だ?



「椎野理香さんは、数週間前から音信不通です。

ですので、椎野さんとはお会い出来ません」


「………そうですか」

「僕も彼女には恩もあり行方を捜しているのですが

椎野さんには身寄りが無く、手がかりも掴めないので

もどかしい現状にいます」


芳久の言動や態度には、自然と切なさが混じる。

その紳士的で誠実な態度を見るに、偽善者ではないようだった。


本気で娘を心配しているようだった。


健吾は落胆し、

しょんぼりとした子犬の如く肩を落とす。

やはり椎野理香は職場にも姿を現してはいない。

にしてもまるで神隠しみたいだ。何故彼女は、突然、姿を消したのだろう。


しかし相手の落胆した素振りから見て

この相手も、理香の行方は知らない。

でなければアポイント無しでプランシャホテルに乗り込む必要もない筈だ。



その相手が肩を落とした隙を狙って、芳久は隙を突いて身を乗り出した。



「椎野さんに何かご用件が?」

「…………ええ、まあ」

「図々しいのは承知の内です。宜しければ、僕が椎野さんにお伝えしましょうか?」


自分自身で、言っておいて芳久は気分が悪くなった。

基本的に他人の何やかんやの領域には土足で上がりたくはない。

理香が関係していなければ、こんな台詞は口にはしないだろう。



(気安く伝言等で片付けられる話ではないんだぞ)


細やかな気遣いだとは解っていても、

健吾は口軽く語る目の前の青年を殴りたくなった。

森本繭子、椎野理香の母娘関係は秘密裏だ。


気安く伝言で話せる訳じゃない。




こんな話は伝えられる話ではない。



「それとも________」


穏やかなポーカーフェイス。

芳久は、内心嘲笑を浮かべながら、身を乗り出した。



「二人きりでしか言えない話ですか?」


健吾は固まった。

無視しようとしたが、椎野理香と秘密裏に会っている光景を

この青年は見られてしまっている。

椎野理香と会っている事も知っているのだ。


あの近寄りがたい椎野理香と仕事の同僚と言えど、親しいという。

性格的に気難しい彼女と親しく出来る人間なんて、珍しいとすら思った。


告げる理由は無くなった。

それにこの青年は偽善者ではないと、青年の姿勢や態度が示している。


それにこの青年には、

全てを見透かされている様な気がしてならない。

同時に先程の薄気味悪さを思い出す。穏和で上品な振りをして、時折にして浮かべる表情は見過ごせない。



(もう逃げも隠れも出来なさそうだ)


健吾は、お手上げ状態になった。

厳しい面持ちになり、両手で頬杖を着くと、神妙な言葉で告げた。



「__________誰にも、話しませんか?」



(ただ事ではないな)


単なるお遊びで、付き合っていない。

悟りの良い芳久は、そう冷静に悟り飲み込んだ。



据わった健吾の表情にも、芳久は億さない。

暫くの間を置いた後、芳久は静かに頷いた後で呟く。


「はい。御約束致しましょう。

それにちっぽけな僕が、その事実を知ったとして、

誰かに話しても、誰も間に受けず笑い飛ばすだけでしょう?」



かなり口が固く、その言動はかなり冷めて聞こえる。

彼ならば簡単に言いふらしたりはしない。


健吾は鞄から名刺入れを出すと、

名刺を一つ取り、芳久の前に差し出した。


(わたくし)、○○出版社で記者をしております。

白石健吾、と申します。


椎野理香さんとは、JYUERU MORIMOTO______森本繭子社長のスキャンダルの情報提供を頂いている立場にあります。

貴方が見たのは、その話し合いの時ですよね」

「…………恐らくそうだと思います」


芳久は、冷静ながらも驚かなかったと言えば嘘になる。

まさか、椎野理香と利害が一致した関係だったとは。


(だから、意味深そうに話し込んでいたのか)



あの、カフェで見た光景の理由が分かった。

椎野理香の知り合いならばプランシャホテルに

アポイントを取らなくても、彼女に会える筈だ。


(この人と、理香が共謀して、

JYUERU MORIMOTOを、あの社長を貶めたのか)


あのスキャンダルは、皮肉にも綺麗だった。

よく見れば無造作な容姿をして、その容貌や顔立ちは知性に満ちている。



(………この人が、JYUERU MORIMOTO、森本繭子を貶めたもう一人の張本人か)



その人が、此処に、目の前にいる。




芳久は、静かに(おのの)き、絶句していた。

令和となりましても、どうぞよろしくお願い致します。

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