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悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第10章・復讐者の秘密、解けない愛憎の糸
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第181話・復讐者の誘拐


暴走した車に乗せられ、不安と警戒心ばかりが募る。

自分は、この狂気に狂い正気を失った相手に何をされたるのだろうか。

尾嶋博人は、何の目的で、車を走らせている?


いよいよ車は東京都を抜けて、高速道路に入っていく。

見慣れた街から大胆にも離れていくのを

やや驚いた眼差しと心情で見詰め、後ろを振り返る。

遠近法で段々と離れていく街が見えて、少し不安が(よぎ)る。


沈黙の車内。

東京都を離れてから急に車は緩やかな運転へと変わった。




(……………何処へ行くの?)


理香は怪しむ。

しかし、狂気に狂い正気を失っている相手が答えてくれそうもない。

それに相手の狂気を逆撫でしない方が、マシだ。

敢えて黙ったままでいた。



今はただ、忠実なふりをしておいた方が良いのか。



この車が、何処へは向かうのは分からないけれど。



空は、日が暮れ始めていた。

茜色と淡い紫が混ざり合った空を見詰めている理香。


車はある静観な住宅街の平屋に止まった。

西洋風の家が立ち並び静寂な住宅街で、物音一つもしない。

此処は何処だろうかと、キョロキョロと周りを見回してみる。

不意に平屋に目を向ける淡いブラウンシュガーを特徴とした洒落た外壁のこじんまりとした家だった。




渡されたのは、金色の鍵。

きっとこの色の家の鍵であろう。


目を伏せたまま、

陰った面持ちで理香はそれを見詰めている。

博人は別荘の平屋へ、視線を見詰め置いたままだ。



森本繭子が『ジュエリー界の女王』と呼ばれた女社長が、

別荘の一つや二つ所有していても可笑しくはない。

あの黄金期は(まばゆ)い程に、森本繭子も、

JYUERU MORIMOTOも華やかしいものだった。


ただ自分自身が知らなかっただけだ。

悪魔に洗脳されて古希を存分に使われていたから。

母親が別荘を、しかも、娘夫婦の家を構えていたとは以外だ。

けれど。


(……………造り物でしかない)


母親が与えた別荘も、婚約者も、娘でさえも。

全ては女王の(ふところ)を満たす為だけに造られた虚像でしかないのだ。

皆、私利私欲に(まみれ)れた女王の懐を満たす為だけに存在している。


「夢のようだ」

「…………」


ぽつりと呟かれた言葉に、理香はその面持ちを上げた。

爽やかな顔立ちと雰囲気を持つ博人は微笑んでいる。

まるで憑き物が落ちたかのようだ。

素直な微笑みに、少し理香は申し訳無くなる。


婚約者だけを求め、洗脳に近い形で

繭子の言葉だけを信じ愚直に未来像を信じ歩んでいる青年。

本当はそんな未来は、実現しないというのに。


悪魔の血を絶やす。

それが、もう一つの復讐の理由だった。


繭子のせいで人間不信に陥った影響もあるが、

あの女の子孫は絶対にこの世には現せない。残さない。

それはきっと森本家に生まれても幸はないから。

自分自身を苦しみに苦しめた女が、憎い存在が生んだ孫を可愛がる訳がない。


その子には、自身が味わった苦しみを与えたくはない。


この身体も、この心も、誰にも渡すつもりはない。

これは、繭子に憎悪を抱くと共に決めた事だ。




自分自身の為だけに、生きていく。

繭子に奪われた16年間を埋める為にも、

理香は元々、一切結婚願望はない。故に出産もしないと心に固く決めていた。




「僕は君に一目惚れしてね。ずっと待ち焦がれていたんだ。

君と結婚して暮らす事を。だから、君が帰ってくる事を今か今かと思っていた」

「…………尾嶋さん」


嬉しそうな感情を、そのまま言葉に現す博人。

再び、理香の表情は俯き、曇っている。

憂いを潜めたその表情は、(かげ)りを見せた天使の様に美しい。


尾嶋博人は、心菜に恋い焦がれ愛してきた。

何年も一途に待ち望んでいた彼にとって、今は有頂天な筈だ。

けれど博人が思う愛情を受け入れるのは、理香にとって無理な事でしかない。


これは、悪魔が仕組んだ一方通行の愛なのだから。


否、この関係は愛は生まれない。

ある意味、博人も独りよがりで歩いているのかも知れない。



「…………悪いけれど、貴方の気持ちに答えられない」




残酷な言葉。しかし、これ意外に何と返せばいい。

今まで世の中に埋もれて、その中いるの他者が一人、

自分自身の婚約者だと突然現れた人物に、何の感情も湧かない。


それに結婚願望も一切ない理香にとって、

誰かと縁を結び暮らしていく等、考えられない。

それに眼中にもない、相手の期待に答えられない以上、彼に期待を持たせたくはない。


(…………貴方に待っているのは、失望しかないのだから)


悪いと思っている。けれどこれははっきりとさせないといけない。

理香の表情、言葉に博人は呆気に取られた様に固まっている。

だが、(やが)て理香の華奢な両肩をそれぞれ掴むと鬼の形相で睨まれた。

先程まで見せていた表情とは真逆___何か闇に取り憑かれたのか様に。



「今更、何を言っているんだ!?

僕達はお義母さんから決められた婚約者同士なんだぞ!?

現に僕は浮気の一つもせずに君だけを待っていた!!

なのに、どうして答えてくれないんだ!!」


鼓膜を不快に揺さぶる怒号。

至近距離に睨む博人の


「大体、お義母さんは、今、憔悴仕切っているんだ。

君には慈愛の精神の一欠片もないのか。母親が大変なのに姿を消して何を考えているんだ。

普通なら、傍に居てやるべきだろ!!」


目の前には、鬼の形相。

昔ならば怯えていただろう。けれど今は……。

こんな静観な住宅街で叫ばないで欲しい。周りが何かと驚くだろう。


(…………何も知らない癖に、好き勝手言って)


ぷつり、と何かの糸が切れた気がした。

けれど前にも理由を説明した上に悪魔に洗脳される以上、この青年に弁解を述べても通用しないと悟る。



「まだ君が僕やお義母さんを拒絶するのか」

「受け入れるつもりはないわ。前にも言ったでしょう。

私は虐待を受けて育った娘よ。虐めていた母に今更、情も何もない」

「_______っ」


機械人形の如く、無表情で冷淡に淡々と告げる理香。

博人の焦りは止まらない。現実を見せて、自分自身の気持ちを見せれば、彼女の心は動いてくれると思っていたのに。


目の前にいる心菜が、自分自身の理想とかけ離れていく。

温かみのある心優しい人物が、実際はこんなにも無慈悲な人形だなんて。



(なんて、冷たい女なんだ)


婚約者(じぶん)にも、義母にも。

まるで氷の様に凍り切った彼女は、冷酷非道にも見えた。


けれど何故、まだ彼女への恋心が捨てられない。

鍵を変えそうと理香が左手を伸ばした瞬間、

博人は左手首を掴み、そのまま、家の中に上がり込んだ。


博人は何をするのだろう。

正当防衛になるのを覚悟で、自分自身の身を守らければと思った刹那、



「………………」



理香は、目を見開いた。

何故ならば、ソファーには紅茶を片手に此方を見ている繭子の姿があったからだ。


「やっと来たわね」


どす黒く据わった声音。

その皺のめり込んだ微笑は、何か陰謀を含んだものだった。



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