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悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第10章・復讐者の秘密、解けない愛憎の糸
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第176話・動き始める婚約者の歪んだ狂気


理香は足を止めた。

何故ならば、木に隠れる形で見慣れた青年が居たからだ。


「………芳久」

「………………………」


寡黙な青年は、複雑化した表情を浮かべている。

(やま)しい事は何もないけれど、見られてしまった。

端から見れば、親密そうにも伺えてしまったのかも知れない。


理香が違うと弁解を話す前に、

芳久は首を横に振り、優雅に手をひらひらとさせた。

何時も通りの“作られた微笑”で。


「解ってる。話は聞いていたよ。

勤務前から要らない仕事を、お疲れ様」

「…………………………」

「あの人が、例の“尾嶋博人”さんだね」

「………ええ」


理香は静かに頷いた。

芳久の視線の先には、打ちしがれた寂しい子犬の様な地面に地を着けて茫然自失としている尾嶋の姿が見える。


理香が拐われる瞬間を、芳久は目撃していた。

地を蹴り急いで二人の後を追いかけると込み入った話をし出したので、

携帯端末の録音機能と動画保存を連携させて、

動画と音声を録音をしていた。


証拠になると思い、

咄嗟に二人の会話や姿を一部始終、納めておいたのだ。


しかし証拠を確保しつつ、椎野理香を見て芳久は思った。

本当に森本心菜は死んでしまったのだと。

本当は同一人物な筈の理香に、心菜の片鱗は微塵も感じられない。

其処に居るのは、椎野理香という完璧な別人格者。

森本心菜は死した者。





「…………行こう」


外は氷の様に冷えている。こんな寒空にいる場合ではない。

形のない空気上のエスコート。芳久は呟くと建物を指差しして

自然と誘い、理香と共にプランシャホテルへと向かった。





(嘘だ。あの社長は、そんな酷い人じゃない)


博人は、厳冬下に放り出され

冷たい冷水を浴びせられた気持ちだった。

ずっと待ち望んで、恋い慕い待ち焦がれていた少女。

その人物は自分自身が抱いていた理想や、繭子の口から語られた人物ではない。


冷たく凍った逆鱗の華のように、冷酷で無情な人間。

情の欠片もない。鉄仮面の様な女だ。


(上手く行くと思っていたのに…………)


弟の治療費を援助の話を、交換条件に引き出せば、

自分自身の何も知らなかった後ろめたさから、

椎野理香という人間を捨てて、森本心菜へと戻り、

自分自身と母親の元に戻ると思っていたのに。


________けれどそれは、違った。


彼女は自分自身が、森本心菜というだという事を

仄めかしただけで、微塵も姿勢や態度を曲げやしなかった。




(あの女は、何を言っているのだ?)


目を見開き、博人は血走った眼球を見開く。

当初こそ森本繭子のスキャンダルの事実と、

理香の冷酷さに絶望の色を揺らめかせていたが、


(やが)て、否定へと走らせた。

それは、森本繭子という魔性の悪魔の女から

長期に渡って植え付けられた思いと感情がそうさせる。


(あの女は心菜自身なのに、何故、意固地に化けの皮を被る?

何故、温かな母親の悪口を言うんだ?)


そして(やが)て、その歪んだ思いは被害妄想へと変わる。

何故、自分自身を拒絶するのだろう。



(君が知らない間、僕はずっと待ち焦がれていんたぞ……!!)


「あはは…………」


ぷつり、と切れた正気。

心に生まれたのは、狂気。

生まれた狂気に取り憑かれたかの如く、博人は手で顔を隠しながら高らかに嘲笑う。



(………森本心菜。君はもう僕のものなんだ。

君が実母から虐待を受けていたかなんて、どうでもいい。

僕から逃げるというなら、許さない。絶対に逃がすものか。


絶対に君を射止めてやる。

僕の恋い焦がれた期間を無駄にはしないでくれ)




_______プランシャホテル、エールウェディング課。



休憩時間、理香はデスクワークの仕事に励んでいた。

キーボードを打つ手は止まらない中、傍らにそっと紅茶の缶カップを置かれた音から、現実に引き戻される。


視線を向けると、

麗人への差し入れ、と呟いた青年の姿があった。

芳久は珍しく紅茶の缶カップを手にしている。

理香は礼を告げながら、静かに視線を伏せた。


「あの人、かなり厄介な相手のようだね」

「………確かにかなり、手強かったわ」


「理香、大丈夫? 乱暴とかはされていない?」

「………平気。大丈夫。乱暴されると解ったら、その前に私が始末するわ」

「………そうだったね………」


芳久は苦笑いを浮かべた。

理香は柔道の黒帯の持ち主だ。その腕前は、プロ顔負けだ。

一見から伺える物静かな容姿からは考えられない程の怪力で、

知り合った当初、不審者に間違えられた芳久も理香に羽交い締めされた記憶は懐かしい。

芳久も合気道経験者だったが、彼女の力には敵わなかった。


だが、


(_____あの狂気には、用心した方がいいな)


芳久が見た瞬間の相手の狂気。

それは炎にも似た、警戒心を騒がせる程のものだった。

理香が青年は繭子に洗脳されていると聞いたけれど、洗脳のものとは芳久にはそう思えない。


狂気は洗脳を受けて身に付くものではないからだ。

狂気や欲望、それは元々、当本人が持っている気質が、そうさせる。

気質から本人は無自覚だとしても本人の纏う雰囲気が漂わせるのだ。

洞察力の鋭い、芳久はもう理解していた。


(あれは、きっと元々、尾嶋博人が持っていたもの)


きっと尾嶋博人に狂気の火を付けたのは、森本繭子だ。



狂気や欲望を持つ者を見てきた芳久にとって、

人の狂気やその雰囲気には敏感になってしまっている。

尾嶋博人がただ者ではない事は遠目から見る分に十分に理解した。


そんな中、ポケットに入れていた携帯端末が震える。


“今から、理事長室へ来る様に”


シンプルな言葉は、理事長という名の父親からだった。

憂鬱な気持ちを覚えながら返事を返すと、携帯端末を仕舞った。




青年の手の中にあるのは、ロケットペンダント。

婚約が決まった時に何時か、いずれ義母となる繭子から渡されたものだ。

ロケットペンダントには、愛らしく清楚な少女が納められている。


その少女を見詰めながら、

瞳に狂気を秘めた青年は、微笑する。

嗚呼、少女を見る度に、狂おしい程に愛しい。



「心菜、君はもう逃げられないんだよ。

僕達はもう結ばれた仲なんだ。それに逆らうなんて許さない」


狂気を込めた嘲笑を浮かべ、博人はそう告げる。


「なんとしてでも君を射止めて見せる。

君は僕からも、お義母さんもから逃げられない運命なんだから………」





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