表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第10章・復讐者の秘密、解けない愛憎の糸
178/264

第175話・復讐者の望まぬ相手



「あんたも、佳代子と一緒の事をするの?

あたしを侮辱的して、自分自身は優位に浸るなんて」



(絶対に許さない………)


(あんたを自由になんてさせないんだから、

あたしを侮辱した癖にのうのうと過ごしているなんて……)






「ああああああああああ________!!」


気が狂う。

正常な思考回路では息をしていられない。

叫びを上げながら、灰皿に入った大量の吸殻を投げ棄てられる。


悔しい、悔しい、悔しい。

何故、華々しい道を歩いてきた自分がこんな屈辱を受けなければいけないのか。

何故、憎い相手に侮辱的な仕打ちを受けなければならないのか。



釣り上がり充血し、血眼が走った鋭い目。

乱れた髪と崩れ落ちつつある化粧、その形相はまるで悪魔が憑依したかの様だ。


「あんたを一生、あたしから縛り付けてやる!!

あたしから逆らって自由に生きる事なんて許されないんだから……!!」


「あんたの息の根を、必ずあたしが止めてやるわ!!」


それはまるで絶叫するかの如く、

繭子は心底から沸き上がる憎悪を腹の底から叫び散らした。



空は灰色に包まれていた。

今にも泣きそうな空を見上げながら、理香は

もう少しというプランシャホテルのロビーに入ろうとした。


しかし、不意に腕を掴まれた。

驚いて反射的に視線を向けると、少し背筋が凍る。

何故ならば、其処には微笑を浮かべた表情を尾嶋博人が居たからだ。


「______どちら様でしょうか?」


そう(とぼ)けて見ると、尾嶋博人は微笑を浮かべた。


「知ってる癖に、まだ惚けるんだ。照れ隠しかな?」

「止めてくれます?」


疎ましく呟くと、博人の微笑が深まった。

理香の細腕は青年に掴まれたままだ。

振り払おうにも、力強い手は離してくれない。




「少しいいかな?」


深い微笑は危険だ。警戒心が心臓を動かす中、

微笑と共にそのまま腕を引かれて、引っ張られる形で理香は連れて行かれた。



「どこまで、連れていくつもり?」


(ようや)く掴まれた手を振り(ほど)き、理香は相手に冷めた眼差しを向けた。

出勤前に騒々しい。


いつの間にか、

プランシャホテルの裏手の人目の付かない場所にいる。

最初は何処に連れて行かれるかと思ったが、此処で止まったのならばなんとか出来る。

それに人目がない以上、込み入った話が生まれても聞かれる事はないだろう。









「私は、“森本心菜さんとは無関係の人間”です」



理香は目を伏せながら、言った。

悪魔の身勝手な思惑で、また森本心菜という操り人形に戻る事はしたくない。


「________あはは」


博人は微笑した。

その微笑の意味が、理香には解らない。


「今更、否定するつもり?

全く君は何処まで奥ゆかしくて遠慮深いんだか。

お母さんの事が心配なら離れるのではなく、傍に居てあげて欲しい。


何時まで、遠慮するつもりなんだ?」


「だったら何故、貴方は私に執着するんです?」



凛と落ち着いた理香の声音に、ぴたりと博人は動きを止めた。


「赤の他人なのに。

無関係無い人を追って、お話しているのはタイムロスだと思います。

貴方が知りたいのはなんですか? 貴方が知る前の、

森本繭子社長のスキャンダル?それとも社長の娘が自殺した理由?」



博人は微笑しながら、奥の手を出した。


(しぶとい人だ。こんなに問い詰めても知らないふりするなんて)


でも、この強情さは嫌いじゃない。

青年の少し長めの前髪がゆらり、と風に煽られて揺れた。

前髪のせいで表情は見えなかったが、

その顔立ちに刻まれた深い微笑はしっかりと伺えた。

刹那、理香に身の危険を走らせ、強い警戒心を走らせる。




「君は否定しているけど、“これ”を話したら、

君は自身が森本心菜だと肯定せざる終えないだろう」

「………………?」


博人の言葉に理香は顔をしかめた。



「僕には体の弱い弟が居てね。

長期に渡り入院生活を送っているんだ。

父と僕が稼ぎ頭なんだ。それを知った森本社長は_____」


「弟の入院費の援助をして続けてくれたんだ」


理香は固まる。そして己の耳を疑った。

繭子が博人の弟の入院費を援助していた?

あの慈愛の精神の一欠片もない己が一番可愛い冷酷非道な女が、

見ず知らずの他人に御奉仕する等、考えられなかったからだ。


だが、(やが)て______。



(見栄を張った、パフォーマンスの形まで残して、

娘の婚約者として彼をどうしても取り留めていたかったの?)


繭子は見栄張りだ。

自分自身のお気に入りの人間には、媚に媚を売りまくり

狙った獲物は蜘蛛の様に決して離さない。それが、森本繭子という人間だ。


まさか、尾嶋博人を対して資金援助までしていたとは。

そこまでして繋ぎ止めていたい相手なのだ。………尾嶋博人は。



「どうだ? これを話しても、君は森本心菜である事を否定するの?」

「……………………………………」


理香は絶句するしか終えなかった。




「……………では、もし森本心菜と認めたら?」

「……………?」


喜びと疑念、半信半疑の声音に博人は眉を潜める。



「きっとあの人の元には戻らない。

12年前に絶縁したも同然だから。そして、心菜がいない限り、

貴方の願いには答えられません」


「簡単な話じゃないか!!君が心菜に戻れば良いだけだ!!」



カチン、と頭に来た同時に堪忍袋の緒が切れる。

穏便に済ませたくて、関わりたくない相手とそつなく言葉を交わし帰るつもりだった。

けれど尾嶋博人は思った通り、一筋縄では行かなそうだ。


大人しいふりをしていたけれど、

博人の言葉は理香の沈めた怒りを買うばかりだ。


(何も知らない癖に、貴女は可愛がられてきただけの癖に)


虐待を受けた自身とは違って、

森本の闇も知らず、繭子から可愛がられてきたから、そんな事を言えるのだろう?

理香は次第に冷たく嘲笑い始めた。


「…………人が黙っていたら、好き勝手、言って……」


その呟きと共に、拳を固く握り締める。

その瞬間に博人は冷たく背筋が凍っていく気がした。

理知的な表情を変えなかった彼女の瞳が、まるで怜俐な刃物の様に感じたからだ。


「あの人だけの話を信じて、人の話は聞かないのね………」

「え?」


「今回のスキャンダルは、何かも本当よ。

森本繭子が虐待を繰り返していた件も、娘が自殺した件もね。


あの人は自分自身の嫌いなものは、虐める(へき)があるの。

徹底的に人の心を壊すまで、あの人は虐め抜き、人の心を壊すわ。


現に、私がそうよ。虐待を受けて無ければ、

私は理香ではなく心菜として生きていた事でしょう。

でも理香として生きている、それは何故か解る?」


灰色の虚空の空を景色に居るのは、冷め切った表情の天使。

けれど無慈悲な微笑を浮かべながら、何かを嘆いている様に見えた。


森本繭子が、娘を虐待をしていたのは事実。


けれど博人にとって、

あの聖母の様な優しさと微笑みで接してくれた社長が、

虐待という冷酷非道な行為をしていたなんて結びも付かない。


「嘘だ!! あんな優しい社長がそんな事をする筈がない!!」


理香の浮かべる表情は、一切変わりやしない。




「洗脳されている貴方にとって

信じたくないでしょうけれど、これらは本当よ。

弟さんの入院費を援助していたのも、それも単なる貴方への執着心からのあの人のパフォーマンスでしかないわ」

「………………っ」


(お願いだ。誰か嘘だと言ってくれ)


(この女の頭がいかれているだけだと………)


自分自身が見てきたものはなんだったのだ?

繭子を慕っていたのは、心菜に恋い焦がれ待ち続けていたのは。


森本繭子は、娘を虐待したりしない優しい人物なのだと。

しかし目の前にいる彼女(むすめ)は、こんな非情な嘲笑を浮かべたり、凍り付いた声音で話さないのだと。

時計の針を逆方向に回したみたいに、博人の描いていた現実と全てが全て違う。


「私は椎野理香です。改めて言うわ。

森本心菜ではない。彼女は12年前に確実に死んだの」

「嘘だ、嘘だ………!!」

「その嘘が現実なの」


彼女の心は凍ったままだった。

打ちしがれ佇む博人を横目に、理香は無情にも去って行った。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ