第174話・婚約者の素性
とあるカフェ。
理香と、テーブルを挟んだ先には調査を依頼した探偵が座っている。
紳士的な雰囲気漂う彼は、そっと封筒をテーブルに起き、
理香に差し出した。
【氏名:尾嶋博人
生年月日:19XX年 10月14日 血液型:B型
出身地:◯◯県 :◯◯市
住所:◯◯県◯◯市 ◯◯町 ◯◯ハウス103
身長:171cm
家族構成
尾嶋 ◯也 (父親)
尾嶋 ◯◯子 (母親)
尾嶋 ◯人(弟)
尾嶋博人は、理香より3歳年上。
元々は九州地方の出身の人らしい。
繭子が婚約者にしたと豪語していたからか、
理香は博人の事を何処か企業の御子息だと思っていた。
だが予想に反して明らかになったのは
絵に書いた様なありふれた、穏やかな一般家庭。
…………ただ気になる、一つを除いては。
「尾嶋の弟は不治の病に倒れ、
長らく病院に入院しているそうです。
母親は弟の看病に付きっきりで、
父親と長男である尾嶋が入院費・治療費を稼いでいる様です」
尾嶋博人を調べていた、探偵はそう告げた。
年の離れた弟は、
不治の病に倒れ長期入院を余儀無くされている。
父親は海外へ単身赴任で出張、治療費の為に出稼ぎに出ており
博人自身もJYUERU MORIMOTOの正社員として働いて
多額の治療費と入院費を稼ぐ為に働きに出ている。
母親が弟に付きっきりで看病しているので、父親と博人が尾嶋家の稼ぎ頭だという。
弟の病の事があるからか、
家族一致団結心、慈愛、家族愛に溢れた家庭だと聞いた。
それは探偵から見せられた写真から見てもすぐに悟る事が出来た。
理香が持ち上げた写真。
幸せそうな雰囲気に溢れた
笑顔に満ちた両親と、二人の兄弟が仲良く寄り添い笑顔を浮かべている。
写真を見なくても分かる。見るからに、見なくとも、
家族愛に溢れた家庭なのだと気付いた。
(………素敵な家族愛、だということ)
家族愛とは無縁な、理香はそう思った。
見るからに家族愛に溢れた仲良さそうな雰囲気は隠す事は出来ない。
しかし繭子との接点は、何処で生まれ
そして何処から婚約の話が持ち上がったのだろう。
JYUERU MORIMOTOに入社は、社会人になってから、
経歴を見る分には繭子との接点等、感じられない。
予想するに、JYUERU MORIMOTOに入社してからと推測する。
しかし森本繭子と尾嶋博人に接点が生まれたのは何処からだろうか。
どちららから、接点を持ったのは知らないけれど
尾嶋博人にとって繭子と接点と持つのには、何のメリットがある?
暫く考え込んでから、理香は気付いた。
(弟の治療費の為に、
JYUERU MORIMOTOと社長令嬢と縁を望んだ?)
理香の思考回路に、ふとそんな考えが浮かんだ。
優秀な業績を納める優秀社員となれば、悪魔が見逃す筈がない。
宝石業界では有名なJYUERU MORIMOTOの女社長の一人娘となると縁談の話は訪れるかも知れない。
『ジュエリー界の女王』と呼ばれた名声を持つ
女社長が君臨するJYUERU MORIMOTOは宝石業界では有名な存在だった。
そんな有名なブランドである
JYUERU MORIMOTOの女社長の一人娘となると縁談の話を
結び着ける為に彼は必死だったのかも知れない。
だが、繭子は人の好き嫌いが激しい。
けれど根は単純で、自分自身を美しく煽てれば
彼女に好まれる事等、赤子の手を捻る位に簡単な事だ。
尾嶋から話を持ちかけたのであれば、その可能性は高い。
繭子は違う意味で、人の感情を揺さぶられたら落ちてしまい易い。
尾嶋がもし計算付くでJYUERU MORIMOTOの
女社長の一人娘と結婚しようとする思惑があるならば
それを狙ったのかも知れない。
だが。
そう思うには、疑問が生じる。
JYUERU MORIMOTOは今、かなり転落してしまっている。
理由は森本繭子のスキャンダルやJYUERU MORIMOTO不祥事も
重なり、すっかり昔の栄光は消えているのだ。
今のJYUERU MORIMOTOに、
昔の様な財閥と同等の財力があるとはとても思えないのだが、
何故、尾嶋博人はJYUERU MORIMOTOにしがみつき離れないのだろう。
(…………謎が多すぎるわ)
____________森本邸、リビングルーム。
(こんな筈じゃなかったのに)
(あたしの人生は華々しいのに。
どうしてこんな惨めな思いをしなきゃならないの)
ソファーベッドに座りながら、虚ろな目と感情でそう思った。
あのスキャンダルが公になってから
一旦、繭子は病院を退院し自宅に戻り引き籠っていた。
医師は入院を継続する事を進めたが、無理を言って退院した。
理由は、もう払える多額の入院費用がないからである。
前々から業績は下火になっていたけれども、
様々なスキャンダルが公になってからはJYUERU MORIMOTOの業績はみるみる低下してしまった。
資金もあまり無いのが現実だ。
髪は乾燥しボサボサになり、
瞳だけがぎらぎらと鋭く光り、その顔は憔悴仕切って窶れ切っている。
まるで窶れ切った老婆の魔女の姿というべきか。
テーブルには、灰皿と精神安定剤。
ヘビースモーカーである繭子には、煙草が手放せない。
まるてま不安を掻き消すかの様に頻繁に煙草を吸い、
灰皿には大量に、吸い終わった煙草と灰が溜まっている。
全ては、自らが起こしたこと。
自らの私利私欲、欲望を満たす為に華やかな物を手に入れ、
汚点の一つのないその道を歩いてきた。
全ては順調そのものだったのに。
悪魔の瞳から、一筋の涙が流れる。
(あたしの、人生はこんな筈じゃなかった)
華々しい道を歩いてきた。
なのに、椎野理香は呆気なく自分自身の華やかな道を壊した。
(………椎野理香、なんて事をしてくれたの………!!)
怒りが混じる。
全ては彼女のせいだ。
あんな、親を地獄に落とす娘を産むのではなかった。
眉間に皺を寄せながら
紛らわす為にまた一本、煙草を取り出すと、煙草を吹かす。
溜め息の様に吐いた吐息は白煙となり虚空に浮かび、消えた。




