表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第10章・復讐者の秘密、解けない愛憎の糸
171/264

第168話・婚約者の焦り


窓からは、長閑な景色が伺えた。

この総合病院のVIPルームは、本院の離れにあり

悠々と生きている自然は、十分に目の保養になる。


そんな窓から伺える自然を見詰めつつ

博人は、深い溜め息を着いた。

内心は憂鬱だ。


(どうしよう)



秘密裏に

森本繭子が病院に入院するシーンを週刊誌にリークした内容。

あの内容で、必ず心菜は繭子や自分自身の元へ戻ってくる。

そんな、根拠のない絶対的な自信が博人にはあった。


けれど。

今の博人は余裕すら無くなる程の、焦りを覚えていた。


あの内容の反響は世間には物凄いものだったけれど

博人や繭子が待ちわびている人物には反応は一切ない。


森本繭子の娘は、

長年に渡り彼女から精神的な虐待を受け続けていた。

それが原因となり、彼女は12年前に亡くなったとされている。


森本繭子は、殺人者扱いにされ非難を浴び

対しその亡くなった娘には同情の声が上がっている世間。


だが。



(誰だ。こんな、ガセネタ情報を流したのは)



博人は、今回の森本繭子のスキャンダルを

信じてはいなかった。


心菜は生きている。

愛する婚約者を、死人扱いにされるのは

あまり気分が良いものではない。


それに_____博人にとって、

繭子はか弱くも優しい人物。

気前のいい品格の有る非の打ち所のない女社長。


あんなに優しい女社長が、実の娘を虐待する筈がない。



博人の()には、そう映っていた。

だから、今回のスキャンダルは信じがたい、ガセネタ情報そのものだった。

それは繭子の事を信じ切って洗脳され、世間の声にも盲目になっているせいか。


(この記事のせいで、

また彼女が帰ってくるのが、遠くなったじゃないか)


益々、心菜が遠退いてゆく。

こんなガセネタ情報を流したら、心菜は帰ってにくくなるしかないのに。

どうして世間は、自分自身と婚約者を巡り逢わせてくれないのだろう。


(誰がこんな、迷惑な事をしてくれたんだ)



世間に怒りすら、覚えた。



______プランシャホテル、廃棟屋上。



冷たい風が頬を撫で、髪は優雅に舞い揺れた。

都心の夜景は、こんなにも彩り鮮やかで、光りに満ちている。


自由を得るまで

こんな鮮やかな景色を見、知る事は出来なかった。

理香はそんな夜景を見詰めながら、ポケットから一枚の紙切れを取り出した。



写真には、寄り添う母娘が写っている。

これは、確か中学生になった記念だったか。


優しく微笑みながら映っている母親。

何処かぎこちない固い表情を浮かべている娘。

端から見れば、仲睦まじく暮らす母娘の記念写真かも知れない。


この娘思いの母親を演じ写る女が、

偽りの微笑を浮かべた、悪魔だとは誰も気付かないだろう。

あの頃の自分自身でさえも見抜けなかった。


(………………哀れな、操り人形)



森本心菜は、森本繭子だけの操り人形だ。

母親の情報しか教えられず、それだけしか飲み込む事しか出来ない。

母親の強いたレールしか知らず、そのレールしか

歩けない弱く、脆い哀れな人形。






(…………操り人形だと知らず、心菜は操られてきた)



繭子の用意されたものを、ずっと答えてきた。



『あたしの顔に泥を塗らないで頂戴ね。

只でさえ、貴女は恥ずかしい存在なのよ。



JYUERU MORIMOTOを、あたしを落ちぶれたりしたら

許しはしないわよ!!」


口酸っぱく、煩く言っていた台詞。



いつも繭子はそう叫んでいた。

常に世間体を気にする悪魔は、自分自身の地位や

会社が転落するのを異常に気にしていた。



繭子の望む、

偏差値の高い私立女子学院の学生となり

品行方正で才色兼備、不評のない完璧な人格を続けてきた。


母親の泥を塗らぬ様に。

もし、そうなれば自分自身は棄てられてしまう。

主しか知らない操り人形は、主に棄てられてしまえば

生きていけない。


佳代子に似た自分自身を、憎しみ恥じていた事

『ジュエリー界の女性』とは隠されていたけれど

決して母親の顔に泥を塗らぬ様に、怯えながら暮らしていたか。


(ある意味、“心菜”は温室の花だったのかも知れない)


ただ違うのは

大事にされず、蔑ろにされていただけ。

それに気付かずに哀れにも、虐待を繰り返す母親に

愛情を求めていた。


(……………哀れだったわね、心菜(あなた)は)


片手に持っていたライターのスイッチを押す。

刹那に浮かび上がるのは、炎。


理香は、そのぼんやりを見詰めた末に

写真に火を灯した。

黒く焦げて静かに燃え消えてゆく写真。



(利用価値は、あの人を脅すだけ)


唯一の利用価値は、繭子を脅かせるだけ。




(あの人も、消えればいいのに)


欲望の塊の、悪魔。

この炎の様に消えて行けばいいのに。

指先から離れた写真は、風に舞い灰となって

厳冬の虚空へと、消えて言った。


闇色を潜めた蜂蜜色の双眸は、冷ややかに

虚空に消えていく灰を見詰めていた。



「理香」


優しげな声に、視線を傾ける。

見慣れた、この廃棟に住む青年は心配そうに此方に

駆け寄ってきた。



「どうして此処に?」

「夜景を観たくなったの、あと……一つ忘れる為にね」


意味深な言葉と、それらを潜めた眼差し。

何かあったのは確信しながらも、気付かない振りをした。

彼女は自分自身の過去を売ってから、この表情を見せる事が多くなった気がする。


(……………複雑になるのは、仕方ない)



「なら良いけど……此処は老朽化が激しくて危ないよ。

それに冷える。来ないに越した事はない。早く戻ろう?」

「………うん」


この廃棟はかなり錆び、寂れてきている。

柵や床に当たるコンクリートは老朽化により

錆びて壊れて来て危うい。



過去を消した虚空を、

復讐者(かのじょ)が振り向く事はなかった。






いつまで、待てばいい?

いつまで待てば、彼女は自分自身の元へ帰って来る?

これからもこう焦りを覚えながら、待たなければならないのか。


(…………それは、嫌だな)



苛立ちが募る。

博人は、ずっと待ち続けてきた。

いずれは姑となる繭子に忠実に従いながら、彼女の帰りを待ち続けたのに。


けれど、もう待ち続けるのも限界だ。

両親にも早く孫の顔を見せたい。


(………仕方ない)


あまり強行はしたくないが。


ある決意をすると、博人は、休憩ルームから去った。





外界と隔離された病室で、繭子は悶々と考えていた。



(どうやって、理香を消そうかしらね)



自分自身にとって、危害しか与えない椎野理香を

どうやって消してしまおうか。


自分自身の手は汚したくない。

かと言えど、椎野理香が自分自身の娘だと他人には話せないのだ。

だが、邪魔者は一刻も早く消して仕舞わないと、

自身の名誉挽回すら出来ないであろう。


たかが、憎い小娘ごときに自分の手を汚したく無いのだが___。

思考が進まない事に苛立ちを覚えながら、繭子は爪を噛んでいたが

“ある記憶”が脳裏に浮かぶ。





『佳代子、佳代子………』


佳代子が死んだ事を知らされ、

遺体が眠る、霊安室に眠る佳代子を見た瞬間、

両親は泣いていたが、自分自身はこの上のない、満たされた感情を覚え、嘲笑っていた。


あの、遺体となった佳代子の表情が浮かぶ。



(そうよ。あの感情…………)


あの瞬間、

佳代子が死んだ顔を見て、初めて自分自身は満たされた。

あの喜びにも似たあの、脳裏に焼き付いた感覚が忘れられない。


自分自身が憎む

邪魔者が消えた時の感情こそ、良いものはない。


理香は、佳代子と瓜二つ。

だから、死人の顔も一緒だろう。ならば……。


(もう一度、あの憎い死人の顔を見るのも悪くない)


佳代子の時は、敢えて“事故死”にしたから

彼女の死に際の表情は伺えなかった。

けれど、今回は違う。


(………我ながら、良い事を思い付いたわ)


その悪巧みと共に浮かんだのは、嘲笑______。






「社長」


丁度、病室に戻ってきた青年に、繭子は視線を向ける。



「椎野理香…………いえ、心菜さんに会いに行こうと思います。

椎野さんの住所や電話番号、教えて下さいませんか」

「良いわよ」


繭子は微笑む。


「じゃあ、一つ約束してくれる?」

「はい。なんでしょうか」

「心菜を、必ず連れ戻してきて欲しいの。

それを約束してくれるかしら?」


媚を売る様な声音。独特の魔性の優しい微笑。

繭子は悪巧みの思惑を隠し、博人を誘惑する。

博人は一瞬、固まったが、


(そのつもりだ)


息を飲むと、告げる。



「はい、勿論。

必ず、心菜さんを社長の元に連れてきます」

「ありがとう。頼んだわよ」


(見てなさいよ。

貴女が生きれる期間は、あと少しだって、ね)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ