第14話・再会前の宴
会場は、熱気に包まれていた。
淡い照明が照らす煌々とした眩いシャンデリア、
希望の入り混じった空気感。淡い煌々とした光りの世界。
人の入り雑じる空間に漂うのは、消える事のない酒気と活気。
ホテルの宴会のホールに、集められた人々は
プランシャホテルの社員と、派遣社員として飛び込んできたJYERU MORIMOTOの社員達だ。
それぞれの課に集められたホールテーブルには、
高級料理と高級品の酒が、彩り鮮やかに並べられている。
この宴は、提携経営の記念するパーティだと聞かされた。
勿論、社員が出席するか欠席するか否かの選択は全く出来ない。
だが寧ろ、この宴は理香にとって苦手な事だ。
個人の時間を好み、あまり人と関わる事がないからである。
「それでは、JYUERU MORIMOTOと
プランシャホテルの提携経営を祝いまして、皆様、乾杯!」
そう高らかな合図を、
鳴らすのは、プランシャホテルの理事長である。
理事長の合図に社員は皆、微笑んでグラスを上げ、それぞれ乾杯と提携経営の祝福を示した。
盛大な空気と祝福の熱気の中で、理香は別の意味で祝福している。
(これで、あの人に近付く機会が生まれる)
理香は無意識的に、心内で微笑を浮かぶ。
二人の会社の提携経営が成り立ったとなれば
否が応でも、あの悪魔へと近づく機会が少なからずあるということ。
そう思うと、何処か心がざわざわとする感覚が止まずにいた。
そんな時、ふと声をかけられた。
「はい、麗人」
「やめて…そう呼ぶのは……」
「ごめんね? けどこういう場で呼びたくなるんだよ」
戯言の様な会話を交えつつ、
乾杯しよう?と、アイコンタクトを交え
己のグラスを出してくる同僚____芳久と、理香はグラスを合わせ鳴らした。
仲の良い同僚同士。そしてお互いに祝う相手でもある。
双方の会社が提携経営をする事は
彼女にとって、あまり乗り気なものではない。
寄りにもよって提携経営する会社は、あの悪魔の出処。
悪魔に対しては、当然祝福するという気持ちにはなれる筈もなく、
ただ祝福する周りの調子に、雰囲気に合わせていた。
人のペースに合わす事は特意義だ。
けれど、たった一つ。
理香は孤独の中で生まれた自分自身の誓いを改めて固めるように、という気持ちもあって
たった独りで、復讐への誓いに祝福していた。
これから、あの悪魔に近付ける機会が生まれたのだ。
それだけを思うと、提携経営する会社に乾杯の祝福を挙げよう。
その心の底にある感情を隠して、理香は祝いを挙げていると見せかけた。
________にしても。
「大々的に、やるのね」
「ああ、この提携経営はうちの理事長が望んでいたことらしいし」
「…………………そう」
いつもは、こんな大々的な事はしないのに。
細やかで済ますのに、パーティー形式での祝いは初めてだ。
ホールにはそれぞれの部署の社員が全員、集められている。
プランシャホテルはホテルでは最高峰のホテルと名は高々で、
その通りに
辺りを見回しこんなに社員人数が居るのだと、
再びこの勤務先は高級段階のホテルだと理香は思い知った。
けれど、その時、理香は気付いた。
(………………なんだか、冷たい?)
幼き頃から顔色を伺ってきたせいか、自然と身に付いた癖。
理香が気になったのは、青年の視線と表情だった。
先程だけは何時通り、朗らかな表情を見せていた芳久が
何処か遠目で冷たい眼差しで理事長を眺めている事を。
口調もいつもより沈んでいて、冷めた印象を受けるが
それは何故なのか。
そう考えてみたが、なんだが
それに触れては行けない気がして、知らない振りをした。
賑やかな雰囲気の宴会。
祝福する声や、活気の声は絶える事は知らない。
それは人が多いからなのか。それとも熱気に包まているからか。
分からないけれど。
絶えない人混みの会場で、理香が捜して
見て見たかった人物は、最後まで姿を現す事はなかった。
(何処に居るのかしら?)
JYERU MORIMOTOの女社長の姿はない。
あの華やかな自分自身が大好きで目立ちたがり屋な女が奥に引っ込んでいる筈ないのに。
宴を取り仕切っているのは、活気に満ちた理事長。
理事長が挨拶も経緯も見事な饒舌さで話し込んでいくのだ。
その楽しそうな雰囲気には誰も入る隙間もなく、ただ聞いているのみ。
エールウェディング課のパーティー席は、教壇と近い位置にある。
最も目の前にあったせいか理事長の微笑みに満ちた表情はよく見える。
そんな宴会もしめやかに締め括られ、無事に終わりを告げた。
理香は人混みが苦手なので人を見送り最後に出ようとしていると、
しかし青年も中々、会場からは去ろうとはせず、
結局、理香と一緒に出る事になった。
「豪華だったね」
「………ね」
慣れない人混みの中に紛れて、
理香の疲れは肩にどっと押し寄せてきた。
酒を呑んだせいもあり身体は気怠くなってきている。
ホテルの廊下を歩いていると、
隣にいた同僚は何かに気付いた様に立ち止まった。
理香は青年より数歩、前を歩いて前に出た形になり、後ろへ振り向く。
「俺、呼ばれているから行くよ」
「…………そう。じゃあね。今日はありがとう」
「此方こそ。理香も気をつけてよ」
「分かってる」
そう時計を眺めてから去っていく芳久に
理香も軽く手を振った後、その姿が消えるまで見送った後
用事もないから帰ろうと背を向けて出口に向かおうとした時だった。
「あ、いたいた椎野君」
「______主任」
息を切らしながら、此方へと駆け寄ってくる見慣れた人物。
それが主任だという事に、理香も振り向いて向き合う。
どうしたんだろう。そんな急な用事か。
「お疲れ様です。主任」
「ああ、お疲れ様。これから帰るのか?」
「はい。そのつもりです。どうかしましたか?」
出来るだけ微笑んで、そう言ってみせる。
主任の様子がさっきよりも何処か、奥ゆかしいと感じるのは気のせいか。
主任は何処か、遠慮気味な素振りを見せた後に言った。
「これから時間は、あるかね?」
「はい。用事はありませんが」
「なら良かった。突然で、済まないんのだが……」
お疲れ奥歯にものが詰まった物言いに、
理香は不思議に思うが次の言葉を聞いて、立ち止まってしまう事になる。
「_______JYERU MORIMOTOの社長様が、君に会いたいそうだ」
「………………………………………」
突然の事に、呆然としてしまう。
JYUERU MORIMOTOの社長_____すなわち、あの悪魔が呼んでいる。
何故だと思いながらもその理由は、何処かで分かる気がした。
「君に会いたいと言っていてね。
先日の視察の時も会えなかったからかな。
突然で済まないが、このホテルでお待ちだ。今から行ってくれないか?」
咄嗟の事に心の準備が出来ていなかった。
突然の事に驚かなかったと言えば嘘になる。
だが。
「……分かりました。お伺い致します」
悪魔からの誘いは、理香にとっての宣戦布告。
これは、神の悪戯か。それとも決められていたことなのか。
それは、分からないけれども誘いをかけてきた悪魔に微笑を浮かべる。
(貴女から、会いたいだなんて、ね……)
(私が娘とも、知らずに………)
怖いという心情ながらも、
自身の心の中で、復讐を誓った日に会えるなど好都合だ。




