第163話・復讐を捧げる理由
世の中には、
あっては欲しくない現実がある。
例え、それが望まない現実であったとしても。
健吾は明かりのない暗闇の事務所で項垂れて、立ち竦んでいる。
呆然と生気を失った表情と、瞳で____。
疑念があった。
椎野理香は、自分自身の娘ではないかと。
疑念で閉じ込めるつもりだったのに、
一度、抱いた疑念は止まらなくなって、確める事にした。
【対象者】
白石 健吾(57)
椎野 理香(26)
血液型:A型(RH+)
親子関係確率:99%以上
以上の結果により
白石健吾、椎野理香の父娘関係肯定(成立)とする”。
まさかと抱いていた疑念が現実に変わった瞬間、
言葉に表せない打撃を受けた。
健吾は、壁に持たれかかり項垂れる。
椎野理香が、森本心菜が、間違いなく自分自身の血を分けた実の娘だった。
あの時、繭子は身籠っていた。
(______どうして、僕は)
あの時
繭子が嫌がってでも、自分自身が責任を取るべきだった。
自分自身は腹の子供の父親で、父親としての責任があったのに。
何故、繭子の言う通りに、従ってしまったのだろう。
もしも
自分自身が父親の責任を取っていたら
娘が全てを変える程、豹変する必要もなかっただろう。
全ては、何も出来なかった父親である自分自身の責任だ。
無性に目の奥が熱くなった。
(_____すまない。理香………)
初めて出会った時から、違和感を感じていた。
会った記憶もない筈なのに、何処か懐かしくて。
好物が一緒だったこと、自分自身が送った指輪を嵌めていた事が、決定打となった。
まさか、椎野理香が自分自身の娘だったとは。
娘と分からないまま、今までに普通に接して、森本繭子を貶めてきた。
(まさか、尾嶋博人がリークしたの………?)
理香は言葉を失った。
利害が一致している白石健吾がこんな記事を無断で書く筈がない。
記事に並べられた文字の数々を見て、一瞬で見抜けた。
一目瞭然で、
健吾が並べ書き連ねる文章の書き方とは全く違う。
(______これを晒して、何になる?)
そう疑問が浮かぶ。
このリークを通して
何のメリットが尾嶋博人に発生するというのだ?
それだけが謎で分かりしない。
自分自身の示した行動なのか。
それとも森本繭子の命令の元の指示なのか。
繭子の指示ならば飲み込めるのだが、今の情緒不安定な悪魔が出来る行動とは思えない。
第一、こんな惨めな姿を晒すなんてしないだろう。
だとしたら、博人のリークに他はなかった。
繭子は、博人と結婚させると息を巻いているのは知っている。
それに関しては理香自身も何か対策を考えねばと思っていたところだった。
けれど。
肝心な尾嶋博人の素性が分からない。
繭子はお気に入りのようだが、理香自身は婚約者の男を何も知らない。
けれどあの悪魔の“お気に入り”という時点で、簡単な人間ではないだろう。
理香は携帯端末を取ると、電話をかけた。
相手は______。
夜。
カフェで、理香はソファー椅子に項垂れた。
目の前にはお馴染みのアールグレイが置かれている。
森本繭子の体調不良は本当らしい。
けれど身体的な不調ではなく、精神的な不調だとか。
繭子が精神的に脆い事は、一番、傍で見てきた理香が知っている。
ふらふらとした足取りで来たのは、
あの自分と利害が一致している白石健吾___あの記者だった。
しかし。
何か何時もとは違う。
表情が示しているのは目に隈が伺え、しんどそうに窶れた姿。
以前会った時の様な凛とした姿ではなく、疲れているようだった。
「………すみません。遅くにお呼び立てしてしまって。
お疲れです、よね……?」
「いえ、大丈夫です」
申し訳なさそうな理香を、健吾は見遣る。
(…………娘、か)
椎野理香が
娘だと解ってから、健吾はボロボロだった。
何処から見ても森本佳代子にしか似ていない容貌だが、
娘と解ったからには複雑な感情が交ざり、見る目も変わってしまう。
どうして、気付けなかったのだろう。
何度も会い、その顔を、内面性を見てきたのに。
今日、呼び出したのは健吾ではなく理香の方だった。
理由は_____森本繭子がアクションを起こしたからだ。
以前、約束した。_____森本繭子が何かしたら、情報を一つ一つ流していくと。
森本繭子がアクションを起こしたら、理香は一つ事実を話す。
覚悟という名の腹を括った上で理香も、記者に会っている。
だから、電話をかけ何か話すつもりだった。
「………内容はお電話でお話した通りです。
あの人が動いたので、
今日は誰も知らないあの人の情報をお話します」
「…………そうか」
理香は、覚悟を決めている。
(いいじゃないか。あの女の秘密を聞いてみよう)
目の前にいるのは、森本繭子の娘。
名ばかりの父親になってしまうが、母親とはどんな生活を、母親を見てきたのだろう。
_____知りたくなった。
健吾は暗雲の心を一旦、置き
悟り切った表情を浮かべてから尋ねた。
「これは前にも聞いた筈です。
森本社長をあそこまで、地位を落としたのは何故かと。
そのきっかけは、何故だったんですか?」
「………………」
これは、記者としても
一人の人間としても聞いている事項だ。
「……………………」
理香は視線を伏せ、俯く。
俯いた拍子に彼女の長い髪の一房が落ちる。
森本佳代子に似た繊細な美貌はまるで、陰りを見せる花の様だった。
暫くの沈黙の後に、理香はようやく口を開いた。
「………信じろ、とは言いません。ですが私は__」
理香は、告げる。
「私は、母から虐待を受けていました。
物心をついた時は既に。最初は身体的な虐待を。
学校に上がる年になると心理的な、精神的虐待を……」
健吾は目を見開く。
虐待を受けていた、あの森本繭子から。
驚きを隠せないというのは嘘だけれど、嘘とは思えない。
なんせ
繭子は元々、気性の荒い人間。
付き合っていた頃、その荒い気性に振り回されたのは覚えている。
理香の口にする話は、言う通りだろう。
「同居している間は、ずっと続きました。
そして言うんです『あんたは、愛人の娘だと』。
『あたしに似ずに、アイツにばかり似ていると』
最初は従っていましたが
ある時から、あの人の操り人形としては生きられないと
18歳になる年に家を出たんです。
大人になってからは、ずっと憎しみばかり募らせていました」
まるで、お伽噺を語る様に理香は淡々と話す。
それは椎野理香という別人格と割り切っているからなのか、
森本心菜の生涯を他人行儀に話す事が出来る、それは自分自身でも不思議だった。
「力を得てから、あの人に仕返ししてやろうと。
勤務先とあの人の会社が、提携経営してから、
私はあの人の裏の情報を、世間に流しました。
ずっと憎しみばかりだった。
だからあの人が落ちぶれていく度に、満足感で一杯でした。
罪悪感もなく、ただ突き進んで今に至ります」
「…………そうだったんですか」
理香は一通り、話を終える。
その美貌の浮かんだ表情は、無情そのものだ。
「……けれど分からなかったんです。
虐待の理由を。でも最近。
私の容姿が、あの人の異父姉と
似ている事が原因だと解ったんです。憎らしくて疎ましくて
仕方なかった、と」
「……………」
一通り語り終えると
理香の表情が暗雲から、元に戻る。
「この理不尽な事実を知った以上、
安易に息はさせません。
落とすところまで、落とします。絶対に……」
一瞬、蜂蜜色の瞳に狂気が混じる。
(_______だから、憎んでいたのか)
繭子はずっと、
佳代子に似ている心菜を虐待していた。
心菜という人間を捨ててから、理香は復讐に走ったのか。
理香の表情を見て
罪悪感に苛まれ、健吾は切なくなった。
そして、同時に憎しみの花が、心の中で咲く。
(______理香を、心菜を殺したのは、お前か…………)
許さない。
許せない。
娘の、心菜の心を殺した、あの女が。
ようやく理香の父親が判明しましたね。
やっとここまで来られたな、と一応安堵しております。
(理香の父親が判明するまでは、という目標で
書いておりましたので)
ですが
周りは誰も理香の父親を知りません。
現時点で理香の父親を知っているのは、健吾ののみとなります。
今回から新章スタートします。
よろしくお願い致します。




