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悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第9章・悪魔が仕組んだもの、天使の秘密
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第159話・娘の歩む道




「……私の人生は私のものよ。

貴女に決められて、生きるものではないわ」



理香は冷めた口調で、そう呟いた。

その言葉を聞いた瞬間、繭子の脳裏にある台詞が

木霊して、人物が浮かんだ。


『私の人生は、

私だけのものだから、私らしく生きるわ』


自分自身の望む様に、努力によって全てを掴んだ異父姉。

異父姉は芯が強い性格で真っ直ぐな、思いも曲げなかった。



佳代子に似た女。

佳代子と同じ台詞を吐くとは。

心菜である筈なのに、佳代子を見ている様だった。


(なんで、佳代子にそっくりになって行くのよ……!)


自分自身の娘なのに、何故異父姉に似ているのだろう。

容姿も性格も、言動だって_____。

かっと、頭に血が昇る。



「違うわ。あたしの娘なら、

娘として望む人生を生きなさいよ。

あたしの言う通りにしていれば、失敗はないの」

「そうと言い切れるかしら?」


理香は笑う。

もうこの悪魔の操り人形となって生きるのは御免だ。

憤りや怒るなら幾らでも、自身自身一人で怒ればいい。

もう自分自身には関係ないのだから。


「貴女の娘は、死んだ。悟って?

他人の私に貴女の操り人形になるのは不条理だわ」

「…………」


そのまま、理香は無視して森本邸を後にした。




外を出、

歩いているとぽたり、と冷たい感触が触れた。

不思議そうに見上げた空は、暗雲の灰色で

ぽたり、ぽたりと雨粒が降っている。


(………何かの前触れ?)


胸騒ぎは治まったけれど、

また一つ、悪魔の陰謀を悟ってしまった。

婚約者も結婚も無視し続けるつもりだけれど、あの強引な女の事だ。

何をやらかすか分からない。


(………対策を考えないと、ね)


何か対策を、防御を考えねば。

無防備で居たら本当に巻き込まれてしまう。

取り敢えず、カフェのテラスの屋根にかけ込んで、その場を(しの)ぐ。


ぽたり、ぽたり、とした雨粒。

今までは普通だったのに、空は泣き出してしまった。

みるみる雨脚は、強くなって行く。



どうしてしまおうかと

考えていた瞬間、背中を叩かれる様に、

こんこん、と一定のリズム感で硝子を弾く音。

振り向くと、理香は驚いた顔をした。





視線を向けると、

ラフな格好の、あの記者が店の窓側の席に座っていた。


“雨ですね”


“良かったら、止むまで此方に来ませんか?”


メールの文章を見て、

理香はでも、と躊躇いの言葉を送る。

健吾に視線を向けると、彼は首を横に振り、内側に片手で手を振る。


此方へ、来いという事か。



何処か苦労の影が消えない雰囲気と面持ち。

けれど依然として変わらない姿勢や態度。

彼は薄く優しく微笑んでいて、その微笑みは儚く

なんだか断れない様な気がした。


でも、踏み出せない。


“ご警戒は為さらず。情報を貰うつもりはありません。

単なる偶然だと、気兼ねは要りません”


(………)



雨も止みそうにはない。好意を受け取り

理香は軽く会釈すると、店に入った。



椎野理香の見る目が

変わってしまったのは、いつからだったか。

変な意味ではない。あの、娘という疑惑を持ち始めてから、健吾の心境は暗雲だった。


両親に一つも似ていなくても

26年の時を経て現れた、佳代子に似ている女性。

椎野理香が、森本佳代子に似たのは何の悪戯なのか。



「………どうして、声をかけて下さったんですか?」

「困っている様でしたから。雨脚も強い、寒い外に居るよりは良いかと思いまして」

「…………」

「お節介の様で、すみません」

「そんな。ありがとうございます」


何も注文していないのに、

当然の如く出てきた、アールグレイ。


「気にしないで下さい。冷えたでしょう」

「………一つ、聞いてもよいですか」

「何故、アールグレイを?」


アールグレイは、理香の好物である紅茶だった。

何も頼んでいないのに、アールグレイは自然と現れて

それが不思議だった。


「……椎野さん、いつも

アールグレイを頼んでいませんでしたか?」

「…………そうでしたね」


いつも情報関係で話を持ち込む際に

理香はアールグレイの紅茶を頼んでいた。

どんな些細な事でも、健吾は見逃していなかった。


「………すみません、踏み込み過ぎましたね」

「……いえ、仰られる通り、アールグレイは好きです」

「なら、良かった」

「………白石さんも、アールグレイですか?」


不意に視線を向けた時、

白石の飲み物も、アールグレイである事に気付いた。

不思議にそうに言うと、健吾は困った様な面持ちで呟く。


「珈琲よりも、アールグレイが好きでしてね」

「………そうなんですか、紅茶がお好きなんですか?」

「はい。そうです。珈琲は苦手で」

「………私もです。なんだか、奇遇ですね」


理香は、薄く笑う。

控えめで繊細な美貌が、花開いた様に殊更美しい。

彼女が微笑む姿を初めて見ていた。


(………奇遇に思えないのは、気のせいか)


疑念が潜んでいるから、殊更そう思うのだろう。

何処かで喜んでも良いのかもしれないが、健吾は

複雑化した気分になった。



だが微笑む彼女の表情の裏には、確かに暗雲を潜めていた。

何かあったのだろうか、と思いながら


「………何かありましたか?」

「…………」


理香は健吾の顔色を見た。

穏やかながら、何処か鋭い面持ちと眼差し。

これが記者の勘なのだろうか。逃げられないと観念した、理香は口を開いた。




「実は、用事がありまして

森本社長にお会いしてきた帰りなんです」

「そうですか」


いつも通りの声音で、健吾は呟く。

身を乗り出す様子はない。それが理香にとっては不思議だった。


「………あの、」

「………お伝えした筈です。

今日は情報関係でお会いしたのではないと」

「………そうでしたね」

「………社長の様子を、お聞きしても良いですか?」


理香は、冷静に告げる。

ありのままを、何があったのかを。


「会社的には何かを起こすつもりはない様です。

ただ、娘には自分自身が決めた婚約者と、結婚させると

息を巻いていました」

「……そうですか」


「………踏み込む様で失礼ですが、

お母様と二人暮らしだったですよね。

他にお父様や、ご親戚の方は居られないんですか」


健吾がそう尋ねた途端、理香の表情は固まった。

不穏そうな理香の表情にしまったと健吾は思ったが

もう引き下がれはしない。


彼女がどういう環境で、暮らしてきたのかは

ある意味、キーパーソンだ。


「………私は、母以外、知りません。

父親が誰か、どんな人なのかも分からないんです。

親戚との付き合いも疎遠で、どういう家柄なのかも分かりません」

「………物心ついた時から、そうだったんですね?」

「………はい。父親は知りません」


健吾は背筋が凍る思いだった。

理香は父親を一切、知らない。やはり戸籍謄本の通りだった。

繭子はどうやら全てとも縁を切って、娘を育ててきたのか。


ますます

自分自身と繭子の過去の境遇と、目の前の女性の疑念が

拭えなくなっていく。


(________やはり……)



健吾は、絶句する思いだった。




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