表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第2章・12年後の思い
16/264

第13話・酒の香り



シックな音響が、耳を(くすぐ)る。

下町の隠れた地下バーのカウンターの向こうには

バーテンダーが繊細かつ優雅にシェイカーを手際よく振っていた。

その手際は鮮やかだ。そんな中、

バーテンダーはテーブルの向こう側に居るある人物に気付いた。




カウンターに座る凛とした、

ストレートのロングヘア美貌の女性は憂いの表情を面持ちに佇ませながら

心地良くなだらかに進む音響に合わせて、手に持ったグラスを軽く揺らした。

透明なガラス越しの固い氷がからり、音を立ててやんわりと(やが)て水に変わる。


手、指先から伝わるのは、無機質で冷たい感触。

幾度求めても、暖かさは生まれる事も見い出す事も出来ない。

ただ無情な冷たさを伝えて、時に頭を冷やす様にと教えてくれるだけだ。


(_________まるで、私じゃない)


それに目を細めてから、上半身をテーブルに項垂らせる。

理香は自暴自棄にも似た感情を覚えながら、上半身を静かに疼くまらせる。

アルコールも混ざってか、少しの酔いと眠気を感じていた。



周りには、当然ながらアルコールの香りが漂っていた。

それは店内に流れる包容力のあるシックな音響とは対照的で、

少し鼻の奥を刺激する、強い香りだ。


理香は無意識の内に、俯いて目を伏せた。




酒の香りは、今でも苦手だ。

酒は好きでも嫌いではないがあの酒臭い大人の香りが

理香にとっては避けたいものだった。


その思いの根拠は__何処か苦い思い出。

酒を見ると酒に荒れ暮れるあの悪魔を思い出すからだ。



繭子は酒癖が悪かった。酒に酔うと暴言等の罵倒が

普段よりもより一層、激しくなり暴力に繋がる事だってあった。


酒を呑むと本音が、心の奥底に仕舞われた事が溢れる。

現に、あの悪魔は酒に酔い理性を失う度に

実娘に要らない言葉をかけてきた。


それは、自分自身を産んだ経緯とも取れる、意図に満ちた計画。


『妊娠したから、別れたのよ』

『子供だけが欲しかったの。他は何も要らなかったわ』

『あんたは、(めかけ)の子なのよ。でもあたしには、それが好都合だったけれどね』


____嗚呼。

結局は自分自身の会社を継いで

自分自身の世話をしてくれる子供が欲しかったのか。

自分自身の思い通りに動く、自分自身だけの操り人形を。


子供という名の都合の良いお人形さんを、悪魔は欲していた。

全ては全て、あの悪魔は計算し尽くした上で、自身の理想通りに生きている。


挫折も、苦労も、何も知らない女。

自身が望むものは全て手に入れ、自分自身だけのものにする。



物心着いた頃から、理香は父親の姿など見た事がない。


自分自身は、妻子の有る人物の____愛人の娘。

それを聞いた瞬間、この家庭には父親という存在がいない事を悟った。

繭子が望んだのは、男性ではなく、その“子供”。


今更、知りたいとも会いたいとも、思わないけれど

話を聞けば、その相手は資産家の御曹司だったらしい。

わざわざ自分自身の人生計画と欲望を満たす為に、繭子は妻子ある男性に近付いたらしい。



当然、繭子は相手を愛してなどいなかった。

所詮は、"子供"だけが欲しかったらしい。

相手は子供の認知も、責任も取ると言ったらしいが、

悪魔に取って子供を身籠っていた時点で既に相手は用済み。


用が済んだ後は、完全に縁を切って生きてきた。

社長である自分には一人娘を育てるくらい、金には困らない。

母親が天性の魔性の女であり、自分自身が生を受けた理由。


その意味に気付いたのは、”大人の事情が分かった時”だ。



それを聞いて、自分自身は全てが仕組まれた上で

生まれた悪魔の操り人形なのだと、自分自身の生に絶望した。

悪魔は、操り人形を利用をしたとしても、愛してはくれない。



『あんたは、アイツに似ているわ。とっても憎い。

けど利用価値があるから生かせてやっているのよ。感謝しなさい』


酒気を帯びた香りと、般若の形相で実娘を嘲笑う毒母。


悪魔は自己欲求を満たす為に求めるだけ。

自分自身から何かを捧げる事も、捧げた事はない。

自分自身が生まれた意味は、単に“悪魔の操り人形”となる為だった。



心が何も感じなくなったのは、それからだ。




ただ、ひとつ。

あんな女の似の前には、()りたくはない。

全てを悟った瞬間、それだけは、心に深く備わったのは覚えている。


悪魔は欲望を満たす為だけに生きている、

それは冷酷かつ残酷で、滑稽で、最低な、時に哀れみを感じる程の生き物だ。


あの悪魔の人間性を知れば、

自分自身を作った悪魔が、その分身である

自分自身ですらも憎らしくこの身を引き裂いてしまいたいとさえ感じた。



悪魔は己の欲を満たすと同時に、

その関わりを持った人物は必ずしも裏切られ傷付き棄てられる。


その計画に巻き添えになった見た事もない血縁上の父親も。

そして、その精密な計画によって生を受けた自分自身ですらも。

全てを捨てる様に裏切って行ったのだろう。



(……………魔性の女、ね)



復讐を誓ったあの日から、

ひしひしと滲みでてくる恨みは変わらない。

ただ、生まれた憎しみの渦が大きくなっていくだけだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ