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悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第9章・悪魔が仕組んだもの、天使の秘密
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第155話・令嬢が行き着いた先


不意に、足元に何かが当たった。

床に足の踏み場がない状態だから、当然だが。

繭子は下を見ると小さなピンクのファイルがあった。


(………企画書)


椎野理香が率いるチームの企画書だったか。

椎野理香と、名前が浮かぶだけで繭子の腸には憎悪が走り、

苛立ちが芽生えたが退けるために床に滑り飛ばした。


ファイルは、走り回り壁に激突する。

その拍子に企画書の中にあったある中身が、飛び出した。


「…………」


繭子は怪訝な顔をしながら、

企画書に近付くと飛び出したそれを拾い上げた。

たった一枚の紙切れ。それは少しだけ色褪せた様な写真だった。

繭子はその写真の中身にぎょっとして、目を見開く。


肩まである髪。

紺色のブレザーの制服。

弱々しい、何処か硬い表情を浮かべた少女が佇んでいる。

_____これは。


これは確か、小学生の入学式の写真だ。

絵にならないから、微笑めと耳元に怒鳴っていたか。

白に色褪せた裏面を見ると、こう書かれてあった。


“______6歳。小学校の入学式にて”


裏面には付箋も貼られていた。


“_____私には無関係なものです。

森本心菜さんの母親である貴女にお返し致します”



達筆な字でそう書かれていた。


そうだ。

繭子にとって、心菜は計画的に選び生んだ子供だった。


父親を選び、産み分けをし

妊娠も出産も計算し、無痛分娩によって生んだ娘。

全ては自分自身の欲望と世間体の為に。


シングルマザーで育てる女社長となれば、

自分自身の株は上がるだろうとそう目論見、作った子供だった。


佳代子に似ている、

という失敗さえなければ完璧だった。



でも。どうだろう。

容姿は佳代子に似ていても、

娘としての用途は果たせるのではないだろうか。

佳代子に生き写しの容姿で生を受け、繭子は屈辱を受けて来たのだから、娘を利用をした所でバチは当たらない。

寧ろ、当たり前の計算だ。


(会社からは追い出したけれど

あんたには、娘としての役割を果たして貰うわ。

あたしの存在と贔屓が無いと、あんたなんか、生きている価値はないんだから……)


予定通りになんとしても、博人と結婚させる。

そして子供を産ませねば。


でないと、気が済まない。



ふらふら、と覚束無い足取り。

少しだけ櫛の通っておらず、ぼさっとした髪。

薄いピンクのパジャマと、大学病院の名を書かれた緑のスリッパ。


光りを無くした瞳。

けれど正気が失せながらも、瞳は狂気が秘められている。

その女性が通り過ぎて、通行人はぎょとして引いていた。


(______ユルサナイ……)


千尋の原動力は、それだった。

心がどす黒いものに満たされて、理性が効かない。

理性を失いないながらも、狂気に満ちた感情だけが彼女を突き動かしていた。


ふらり、ふらりと覚束無い足取りで千尋は、

夢遊病の如く、“ある場所”に向かっていた。







千尋が居なくなった、という話を聞いて

仕事先にいた順一郎は、心臓が飛ぶ思いだった。


出来る限り、千尋の傍には居たが

不動産の社長という重役を抱え、やはり出ないといけない場面にも遭遇する。


娘が鎮静剤で眠っている間に

仕事を素早く終えて帰ってこようと思い席を外したところだった。


「貴方のせいよ。貴方が目を離すから、千尋は………!!」



目を話した隙に、

千尋は居なくなってしまったらしい。

病院内を駆け回り周囲を捜したが、娘の影はない。

警察には捜索願を出した。


千尋は着替え等は持っていない筈だから

服装はパジャマだとは推測出来るが、娘の姿は見当たらなかった。

けれど、周囲を捜した所、千尋の携帯端末だけが消えていたのだ。


持ち主と、携帯端末だけ。

順一郎は何度も千尋に連絡を寄越したが、繋がらない。


肌寒い中。

上掛けも何も羽織っていないだろう。

寒さで震えているだろう。下手したら、凍死しかけない。


パジャマ姿で消えた娘を捜しに

順一郎は、寒い夜空を駆け回る。

夜空という暗い中ならば、寄り一層探しにくい。


(………早く、見つけないと)



焦りが生まれる。

娘は一体、何処にいるのだろう。

やり場のない思いを歯軋りで紛らわした瞬間に、

ポケットに入れていた携帯端末が震えた。


“千尋”



相手は愛しい娘。

飛び付く様に携帯端末を取り、耳元に当てる。


「千尋?」

『……パ…………パ……』


か弱い声。



「ごめんな。千尋。今、何処に居るんだ?」


順一郎が、心配そうに訪ねた瞬間に

千尋は悪魔の様に、にっこりと深い微笑を浮かべた。



『………何処か知りたい?』

「ああ。迎えに行ってやる」


少し焦った口調の順一郎に、千尋は呟いた。

“決定打”を。



『………パパが、愛している人のところ』



順一郎は固まる。

最初は訳が分からなかったが、やがて悟る。


(…………まさか)



星が一つもない空。

千尋は、明かりの失せた豪邸を見詰めていた。

…………森本繭子の家に。



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