第154話・執着のご令嬢
一部、流血表現あり。
申し訳ありませんがご注意下さい。
手術は、誰にも知られぬままに行われた。
『手術は成功です。
後は意識が戻るのを待ちましょう』
誰もこない個室。
穏和な雰囲気を流れる静寂な部屋で、理香は芳久の傍に居た。
一定の無機質な機械音。
頭に包帯を巻き、気管送還をし呼吸を繋いでいる青年は、ただ固く瞳を閉ざし眠っている。
手術から数日。青年の意識が戻る兆候はまだない。
理香は一時も傍を離れやしなかった。
ただ、芳久の意識が戻るのを切実に待ち続けている。
(……………お願い。無事に戻ってきて)
芳久の表情を見詰めながら、理香は思う。
前の感情がフラッシュバックするのを、覚えながら。
彼の存在はどれだけ力強かったか。
どれだけ、頼もしい存在だったのか。
失いかけてから、初めて気付いた。
今度は、自分自身が彼の復讐に力になる。
理香の心は決まっていた。
憎い。
父親を奪った、あの女が。
父親を奪った、あの異母妹という存在が。
ぱち、とゆっくりとその薄紅色の瞳が開く。
寝かされている感覚。
目の前には白い天井と、心配そうに見詰める父親の姿。
その姿に、千尋は紅潮する嘲笑いを浮かべた。
(パパがいる。“あの女”の元ではなく私の傍に)
優越感に浸って自惚れてしまう様な
心の中で千尋は紅潮する嘲笑いを浮かべていた。
“父親が自分の傍に居る事”、それが何よりもの望みであった。
だから。
父親の視線を寄せるならば、自分自身を傷付けても構わない。
あの日。
千尋は、硝子の破片で、深く鎖骨上の首元と
薄れ行く意識の中で、更に血に染まった破片で手首を切ったのだ。
傷が深い影響があったのか、
瞬く間に血が大量に吹き出し、千尋は壊れた人形の様にばたりと倒れた。
彼女の倒れた場所から広がっていく血溜まり、部屋は一面、血の海と化す。
順一郎は、腰を抜かしていた。
だが千尋は血に濡れた手で、順一郎の服の裾を掴みながら、途切れつつ意識の中で呟く。
「……パ、パ、いかないで…。
あの、女と、妹………、私……、どっちが大事……?」
「千尋だ。千尋に決まっている…………」
その目は正気を失いながらも、狂気に満ちていた。
頸動脈の損傷は避けたが、傷自体が深く
千尋は何週間も意識不明のまま、眠りに着いていた。
一時期は、今日が峠とまで言われていたが____。
「千尋」
「………パパ」
ぽつりと呟いた言葉。
「良かった……パパは私を選んでくれたのね……」
正気を亡くした瞳。
このまま時が止まれば良いのに。
時が止まれば、順一郎は繭子の元には行かないだろう。
「千尋は、昔からパパっ子だったものね。
なんだか寂しいわ」
順一郎の妻は、そう呟く。
順一郎には仕事があるからと言えば、千尋は
「会社より、娘の方が大事?」
「………千尋」
「パパの娘は私だけよ。私は大事じゃないの?
大事なら、傍に居て頂戴!!」
意識が戻り、回復しても
千尋は余計に順一郎に執着する様になった。
傍に順一郎が居ないと、千尋は不安にかられてしまう。
(____私から離れたら、“あの女”の元に行ってしまう)
なんだか言えど
父親は繭子を気にかけ、愛している。
あの女との娘が居るのなら、尚更。
千尋の傍を離れてしまったら、順一郎は繭子の元へ執着し、走るだろう。
千尋にとって、それは許さなかった。
自分自身こそが彼の娘。そんな父親が、女狐の元に行くなんて
眼差しを向けるなんて、屈辱的で耐えられない。
だから会社にも行かせず
ずっと自分自身の傍に置いていた。
自分だけを見てくれる。それだけで優越感に浸って微笑まずには居られない。
繭子の事を忘れさせるくらい、
自分自身の存在が大きければ良いのに、とすら思った。
けれど。
満足感に満たされる中で、千尋はまだ不安がある。
今は良くても自分自身が回復してしまったら。
また、順一郎は繭子の元に行く。
それは許せない。
「…………」
気付いたら、行動に起こしていた。
順一郎が席を外している間に、テーブルに置かれた
黒い携帯端末に目が着いた。
父親の携帯端末を千尋は取る。
弾き出したのは、森本繭子の連絡先。
電話番号にメールアドレス、彼女の家の住所まで記載されていた。
(______甘いわね)
千尋はふっと、心の中で嘲笑う。
森本繭子の連絡先の情報を、自分自身の携帯端末に送り保存した。
そのまま
何事もなかった様に、携帯端末を戻した。
森本繭子の情報を、自分自身の懐に入れた。
千尋は微笑する。
自分自身から、父親を奪ったのだから
ただでは済ませない。
(_______見てなさい。パパを誘惑した事を
後悔させて上げるから)
あはは、と何度も何度も
千尋は心の中で、高笑いという名の嘲笑を続けた。




