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悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第9章・悪魔が仕組んだもの、天使の秘密
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第153話・復讐者の祈り



「心配かけて、ごめん」

「………謝る必要なんてないわ。無事で良かった」


ベンチに距離を置いて、並んで座る。

芳久は明らかに表情に疲れが見えて、窶れている様に伺えた。


「…………相談、って? ……どうしたの?」

「実はさ。俺、高城家の家に居たんだ」


それから、芳久は全てを話した。

身辺整理をしていた事、後妻が妊娠をした事。

そして芳久は鞄からある物を取り出した。

_____取り出したのは、“あの万年筆”。


「取り敢えず、聞いて」

「…………」


芳久は、スイッチを押す。

聞こえてきたのは、例のあの英俊と愛人だった後妻の音声。

理香は真剣な面持ちで、聞いていたが。

(やが)て。


『君が叫ばなくても、優子はもうすぐ死ぬ。

安心しろ。私が、優子の死を早めるから。

優子が死んだら君を妻として迎える』


その瞬間。

理香は目を見開いて、無表情のまま固まる。

そして芳久の方へと視線を向けた。青年は悟り切った表情をしている。



「………これは」

「意味通りだと思う。現に母さんが亡くなってすぐに父さんは後妻と再婚した」

「……………」


夫が、病床に着いた妻の死を早めた。という事だ。

理香は驚きを隠せない。芳久の母は、病死した筈。

けれど裏では、こんな取り引きがあったなんて。


「多分、父さんにとって

母さんは要らなかったんだろう」


芳久は、悟り切った表情と眼差しを浮かべながら



「諦めるつもりだった。もう生きるのも」

「………そう言ってたわね」


理香は頷く。


「けれど母さんは俺の恩人だ。これを無視して

黙って死ぬなんて、向こうで母さんに顔向け出来ない。


俺は、この真相を突き止めるつもりだ。

だったら父さんと同じ様な実力を付けてないと」

「………だったら、」


理香は解り切っていた。

これは復讐だ。芳久は父親に復讐するつもりだ。

今まで生きる事を諦め、死を待っていた青年だったのに。


「………俺、手術を受けるよ」


理香は、驚く。


「今なら手術可能なんだって。

前に理香が助言してくれたのに突き放してごめん。

でも今度は逃げないよ。


ちゃんと手術に望む。

手術を終えたら、応戦するつもりだ」

「………その心を決める為に、行方を隠していたの?」

「そういう事になるな」


「だから。俺に

復讐の知恵を教えて欲しいんだ。

理香は立派に、復讐をやり遂げてみせたから」

「…………そういう事」


理香は悟る。

確かに母親が殺されたというなら、見過ごせないだろう。

自分自身の復讐もまだやり遂げてはいないけれど、青年の気持ちは分かる。


「……分かった。貴方は、今まで私に協力してくれた。

だから。今度は私が協力する側ね」

「でも今まで通り、理香に協力するよ」

「………ありがとう」



凛として告げる理香に、芳久は肩を落とす。

まるでしょげた子犬のように。



「………今まで、

母さんが死んだのは俺のせいだと思ってた。

俺のせいで気苦労して、寿命を縮めたんだと

そう思っていたのにな……」


治療が上手くいけば、生きていたかもしれないと

カルテをくれた看護師の言葉が忘れられない。




「……………」


「………でも。

俺が母さんの寿命を縮めたのは確かな事だと思う。

俺の存在が、気苦労がなかったら……」


疲れ切った様に、芳久は項垂れ呟く。

そんな子犬の様な弱々しい姿を見て、理香は無意識に手を伸ばしかけた。


指先が躊躇う。

けれど。


「言った筈よ。

貴方は、何も悪い事をしていないと。

貴方の存在が悪ではなかった。


ただ置かれた環境が、悪かっただけ。

だから気にしない事。自分自身を責める事はないわ。

大丈夫よ」



(_____貴方と、私は違うのだから)


理香は芳久の背中を擦りながら、ぽんぽんと叩き

まるで、子供をあやすように。理香は告げる。

彼は違う。純粋無垢な犠牲者なのだ。悪魔から生まれた自分自身とは違って。




「………だから。落胆しないで。

今度は私が貴方を支える。だから、貴方の傍に居てもいい?」

「…………ありがとう、理香……」


俯いているせいで、表情は見えないけれど

声も姿も弱々しいだが気力を振り絞り、芳久は顔を上げる。


「………ごめん。ありがとう」

「………落ち着いた?」

「………うん。力強いよ」


二人とも、自然と頬が緩んでいた。





ガラガラとストレッチャーは、手術室に向かっていく。

寝かされている青年の手を、自然と理香は己の手を置いていた。

ストレッチャーは、一旦、手術室の前で止まり、横たわる青年は彼女に向かって呟く。


「…………行ってくるよ」

「…………待ってる」


そう呟いた。

芳久は手術室へと消えて行き、やがて「手術中」という赤ランプが点灯する。

その赤ランプが着き、青年が消えて行った手術室を見送ると、理香は長椅子に座った。




(______お願いします。助けて下さい)



周りの欲望によって翻弄された、罪なき青年を、どうか。


理香は俯きながら、そう心の中で祈り呟いた。




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