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悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第9章・悪魔が仕組んだもの、天使の秘密
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第151話・諦観者を甦らせたもの


夜が深まる。

母と兄の眠る墓地に行き、理香を送り届けてから

芳久は高城家に来ていた。


星一つもない夜空。

それらを見詰めた後で、重い足取りで高城家に入る。




芳久は身辺整理をしていた。

ホテルに間借りしている部屋、高城家の自室。

もうすぐしたら、自分自身は居なくなってしまうのだから。

高城家には、あまり足を踏み入れたくなかった。



もう優しい母と兄のいない家に行く意味も無い。

後妻は自分自身を疎ましく思っている。


「最近、よく帰ってくるのね」


ふと、声をかけられる。

嫌味の混じった声音に視線を向けると小柄な体格。

ボブカットの髪に愛らしい顔立ちをした彼女は、高城美菜。


高城家の後妻だ。

美菜はリビングの入口のドア枠に、背を預け腕を組んでいる。



美菜は、(かつ)て父親の秘書を勤めていた。

距離が近かかった故に、父親が美菜を見惚れるのを引き換えにして家族を棄てたのも、二人が愛人関係になるのも時間はいらなかった。



美菜は、前妻の子供である芳久が疎ましい。

対して芳久も美菜を良くは思っていないのだが。

長い長い愛人期間を経て、本妻の座に居座る事が出来た喜び。

美菜は英俊を愛しているからこそ、夫婦の時間を邪魔されたくないのだろう。


「断捨離でも始めようかと思いまして。

騒がしくてしまいすみません」

「そう言う事なの」


美菜は、ふっと笑った。


「でも今日は、英俊さんが帰って来るまで居てね」

「……何故です?」

「大丈夫な話があるからよ」


手を交差させて、微笑む姿はまるで少女の様だった。




高城家のリビングは、

ホテルのVIPルームと変わらない広さと家具を備え付けてある。

調度な家具の数々に、クラシカルな雰囲気漂う部屋。


芳久。英俊と美菜。

テーブルを挟んで対面式にソファーに座っている。


「久しぶりだな。芳久。少し窶れたか」

「いえ。昨日は少し徹夜していたので」


(_______不味い)


芳久の中で生まれた危機感。

病を患っている事を悟られてしまったら終わりだ。

悟られる様に適当に話術を使い、はぐらかした。


英俊の隣に座っているだけなのに、

勝ち誇った美菜の微笑みは溢れんばかり。

わざわざ同じ空間に家族が揃って何事であろうか、と思う。



(手短に終わってはくれないだろうか)


家族で集まる為に、高城家(ここ)に来た訳じゃない。

自分自身は単なる身辺整理で来たのだから、言わば

芳久にとっては興味が無く、早く終わって欲しい事柄であった。


「父さん、美菜さんからお聞きしました。大事な話があると。

大事な話とは何なのですか?」

「ああ、それはな」


理事長の男の微笑みが深まる。


「先日。美菜が妊娠している事が分かった。

やはり家族の事は家で話した方が良いと思ってな。


だから。

お前はやがて兄になるんだ」

「今年の残暑か秋には産まれるそうよ」


端から見れば、嬉しそうな夫婦。

しかし多少驚きはしたものの、芳久には特別な感情は生まれて来なかった。


美菜は妊娠を待ち望んでいた事は知っていた。

後妻が妊娠したから、自分自身はそれを聞く為に引き留められたのか。

ただ。芳久の中である思いが横切った。



(______御愁傷様だ。高城家に生まれてくるなんてさ)



妹か、弟か分からない胎児にそう芳久は思う。

不謹慎だが自然とそう思ってしまった。


けれど。

自分自身はもうすぐ死んでしまう身だ。

という事は高城家の未来は、全てこの子に託されるという事か。


今は、高城家の一人息子。

英俊も芳久にかなり執着している。

お腹の子が生まれてくるのなら。


そう思うと、少し重荷が降りた気がした。




自室の身辺整理も大概、進んだ。

あまり物の影もない。部屋を出て、不意に____

奥の部屋に視線が行った。


高城家の後継ぎしか入れぬ、特別な部屋。

前に下調べに来たっきり、あれから入ってはいなかったが。

自然と足が向いて、部屋に入る。


綺麗に整理整頓され、塵や埃も一つもない。

社員の履歴書を見ていたが、やがて歴代理事長の資料に芳久は手を付けた。


高城家は、

曽祖父の代から始まりかなりの歴史を残している。

理事長が召していた服や使っていた愛用の文房具等。

それらは、汚れる事の無い様に厳重に保管されているのだが。


時代の流れもあってか、

書物や写真、ペンは少し色褪せている。

それらを見、時に腫れ物に扱う様に芳久は触れていたのだが。


書物を戻そうとした時。

誤ってペンを落としてしまった。

咄嗟に拾おうと屈んで、指先が黒いペンに触れかけた時。


(……………?)


浮かんだ疑問。

他のペンは色褪せているというのに、まだそれは新しかった。


拾って、品定めする様に芳久は見詰める。

何の変哲もない黒い万年筆だ。


けれど手で書く際に

持ち手が隠れる部分に、少しだけ凹んだ丸い形。

何かのスイッチの様だった。少し躊躇ったが、芳久はそれを押した。



『いつになったら、私を正妻にしてくれるの!?』



甲高い女の声音。

聞き覚えのある声の相手は分かった。___美菜だ。

独り言では無い様子だった。何故なら男の息を飲む声が聞こえたから。


『………いつだって、あなたの傍にいたのは私よ。

優子さんよりも。私の望みは貴方の正妻になって

傍にいる事だけなの』


(_____昔の音声か?)


美菜が、愛人だった頃の。

熱くも切ない声音で語りかけている先は、

なんとなく想像が着いてしまった。



芳久は知っている。

早く正妻にして欲しいと、何度も英俊に迫っていた事も。

子供を宿せば勝ちだと、長年に渡り不妊治療をしていた事も。



『君が叫ばなくても、優子はもうすぐ死ぬ。

安心しろ。私が、優子の死を早めるから。

優子が死んだら君を妻として迎える』


「………………」



芳久は、愕然とする。



優子の死を早める?



死を早める事は、どういう事だ?



(…………………)



刹那。悟ってしまった。



優子が早く息を引き取る様に下したのは、英俊?



「………う、」


嘘、と言いかけた。

しかし実際、美菜が愛人となってから

英俊は妻の優子の事を蚊帳の外にしていた。

酒に溺れるかの如く、早くから愛人だった美菜に泥酔していたのは、否めない。



(_______父さんが、母さんを殺した……?)



だから。

優子が死んだ途端に、早々と籍を入れたのか?



芳久は、愕然としたまま動けなかった。




【補足】

美菜は妊娠3ヶ月、季節設定は1月の設定でございます。


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