第145話・死した者に似ている生き人
『少しお時間、頂けますか?』
白石記者から会いたいと
連絡がかかってきた事は意外だった。
森本繭子の裏の情報が欲しいのだろうかと察するが
一つに出してしまうのに惜しい。
それにあの自分しか知らない情報を出してしまうのは
森本繭子を蹴落とすリークの情報もないのにと
理香はどうしてしまおうか、と暫し考える。
『森本繭子の情報の話でもありますが
今日は椎野さんに聞きたい事がありましてね』
「……構いませんが」
森本繭子ではなく、椎野理香に話がある。
白石は確かに電話口にそう告げた。
(………私に、何の用が出来たの?)
森本繭子の裏の情報、JYUERU MORIMOTOの不正は
惜しみ無く売り伝えてきたつもりだけれども
理香は何一つ、自分自身の情報は伝えてはいない。
椎野理香に話があると言われても、繭子と無関係を装っている自身に
白石記者は一体、何を尋ねるつもりなのか。
聞いても得を得る情報を一つも無いと思うのだが。
「………まあ、良いでしょう」
理香は、森本繭子を奈落へ蹴落とす切り札を握っている。
きっと彼女のキャリアも名誉も一瞬で崩れ、
灰となってしまうであろう、あの“切り札”を。
珍しく、繭子は大人しくしているから
目を瞑り敢えて刃物は向けず、理香も大人しく
プランシャホテルのウェディングプランナーとしての仕事に専念しているが。
これは、もしもまた
森本繭子が暴れた際に出しておきたい。
今は懐に仕舞い、自分自身が握っておきたい代物だ。
ただ。
(………土足で踏み込む様な真似したら、許しはしないけれど)
自分自身の領域に、
土足で踏み込まれたら理香は黙ってはいない。
前に会ったカフェにて、
白石記者と話し合いを設ける事になった。
休日の和やかな昼下がり。
周りを見て見れば、内心は復讐心を抱えて穏やかには
居られない理香とは反対に、平和に世界は回っている。
他人に興味が失せたのはいつだったか。
人を信用出来なくなったのは、いつからだったか。
それは振り返る事が出来ない位に、遠い昔に棄ててしまった気がする。
込み入った話なので、聞かれては困る。
奥の人目に付かない席に、白石記者は座っていた。
何時もと変わらない着飾らないスタイルは変わらず
その存在感は場の空気に溶け込んでいる。
けれど
決して無個性な訳ではない、良く見れば
若々しく芸能界で脚光を浴びる人気俳優に引けは取らない端正な顔立ちと容姿を持っていた。
記者としての威厳は感じられるが
その気苦労感のある切ない眼差しの意味は何を意味するのか。
そんな白石記者を読めないまま、理香は作り笑顔を浮かべ、声をかけた。
「______“こんにちは”」
ふわり、とした羽の様な声音。
その視線を向けた瞬間、健吾は心臓が止まるかと思った。
人間とは勝手なものだ。
意識を向けてないものは、素通りする筈なのに
一度、意識を持つと見解は変わってしまうのだから。
森本佳代子に、そっくりな人間が其処にいる。
改めて見れば写真で見たあの女性と、目の前の女性は
細部までそっくりで、更には写真よりも実物の方がよりリアリティーがある。
「お時間を割いて頂きありがとうございます」
「いえ、お気になさらないで下さい」
年は26歳と言っていたか。
佳代子と然程、年齢も変わらない。
けれど不老不死でない限り、佳代子が生きている訳でもなかろう。
凛としながらも薄幸さに溢れた雰囲気や顔立ち。
気品と礼節に溢れた優雅な振る舞いや、端正で清楚な容姿。
非の打ち所がない。
何処を取っても、佳代子に似ていて
間違いを探せと言われる方が無茶な話だろう。
「お時間を割いて頂いたのは、此方の方です。
わざわざありがとうございます。それで、
聞きたい事とはなんでしょう?」
「______………………」
(どうして、森本佳代子とそっくりなんですか)
本当はそう尋ねたかった。
けれど、それは出来ない。
「今日は、貴女にお聞きしたい事がありまして」
「_____はい?」
理香は、少し首を傾ける。
「私は回りくどいのは苦手でしてね。
単刀直入に尋ねますが
貴女は森本社長から相当可愛がられていたそうじゃないですか?」
健吾の一声に、理香は固まる。
「……………」
非の打ち所がない。
人良さそうな彼女は、実は森本繭子を蹴落とした人間。
それを忘れてはならない。
「そんな貴女が
何故、社長を裏切る行為を働いたんです?」
「…………………」
(____まさか、土足で踏み込まれるなんて、ね……)
何処かで覚悟していた。
けれど、人の領域に土足で踏み込まれるのは
気分が良いものではない。
内心、理香は健吾を睨んだ。
着かず離れずの距離の人間だと思っていたけれど実は違う。
人は見かけには寄らないだろう。
(____どう返すのが、最善かしら)
自分自身が墓穴を掘らず、身を死守する術。
椎野理香の仮面を外さないまま、当たり障りなく
避ける術はないか。
理香は黙り込んだ。




