第142話・魔女に近付く男の正体
最近、父親が大人しい___。
千尋はそう思った。
興信所の人間を味方に付けて、
父親である順一郎を尾行させては報告させている。
森本繭子に出会った際には必ずだ。
云わば人を用意てGPSナビゲーションという形というべきか。
資産家と不動産王の娘である千尋にとって
誰かを味方に付ける事は難しい事ではない。
父親の名前と身分を翳して迫り、自分自身の笑顔を見せれば容易い事であった。
小野順一郎の名前を出して、断る勇気のある人間は早々、いない。
繭子の顔を見る度に憎悪が走った。
女相手に父親の見せた表情も、見たことがないもので嫉妬する。
順一郎が繭子に会う事を快くは思っていない千尋は、繭子の存在を知ってから父親を見張る事にした。
けれど近頃、興信所からの連絡はない。
繭子の存在によって千尋の心は常にもどかしくさせられた。
納得出来ない形で、問い合わせてもみたが
近頃は順一郎と森本繭子は会ってはいないという返事だった。
(________何故なの)
あれだけ頻繁に会いに行っていた程に
順一郎が恋い焦がれて執着していた筈なのに。
今はJYUERU MORIMOTO騒動もあってか、会うのを控えているのだけだろうか。
理香は自宅のベランダに立ち、遠い夜空を見詰めていた。
曇りではない。晴れてはいるが、月も星も一つもない殺風景で無情な夜空。
何時もは幾つか、星が伺えるのに。
ぼんやりと夜空を見詰めながら
理香はある事が引っ掛かっていた。
(____何故、あの人は森本繭子に会いに来ていたのかしら?)
ふと、脳裏に余儀った。
あの民衆の集まりの様な報道陣の群れを押し切って、
森本邸のインターホンを押した男、小野順一郎。
マスコミを押し退け繭子に接触を試み、自分自身を娘だと信じ言い張って譲らない人物。
けれども今更、悪魔と繋がりを求めて何になる?
自身は過信しても繭子を繋ぎ止めておくものは、何もないのに。
26年間、何もなかった筈なのに。今更何故だ。
理香は、(心菜は) 森本繭子の交流関係は知らない。
悪魔は自分自身の交流関係や過去を、娘には絶対に露にしなかったからだ。
今更、悪魔の知りたくもないが、
実際の会話を見ているだけでもその様子は繭子と親しそうだった。
二人が親密な関係であった事には間違えなさそうだ。
(…………貴方の娘は、“千尋”だけなのに)
(…………“貴女が思い込んでいる娘”は、“私”じゃないのに)
そうぼんやりとしていた理香は、
携帯端末の音で、瞬く間に現実へ引き戻された。
携帯端末を見ると新着のメッセージが一つ。___協力者の青年からだ。
他愛ない事だろうと思っていた理香は、
メッセージを見た瞬間に愕然とする。
"理香、朗報だよ。
マスコミを押し切って森本邸に尋ねてきた人の事だけど、かなり凄い人だね"
なんだろうか。目が点になりながら、
理香はメッセージに目を通し、折り返して青年に電話をかける。
『理香、メッセージ読んだ?』
「___ええ。………で、小野順一郎ってどういう人なの?」
理香が、小野順一郎という人間を知っているのは二つのみ。
JYERU MORIMOTOで再会した際に貰った名刺から
不動産関連に勤めている男性で自身を虐めていた娘の父親としか知らない。
そんな理香の一言に、芳久は呆気に取られた。
小野順一郎は資産家・不動産王として有名な人間だ。
有名な不動産王の代表を知らない人間はいない。反対に知らない方が珍しい筈だった。
理香は全く小野順一郎が、
小さな人見知りの人間でもどんな人物かは知らない様だ。
ただ知り得ているのは、自分自身を虐めていた相手の父親だという事だけ。
理香は冗談を言う人間ではないし、声音を聞いてい顔の様だ。
『…………小野家は、元々家柄が資産家であり不動産王として
有名な家柄で、小野順一郎という人が今は小野家の当主なんだよ。
プランシャホテルにも一度だけ宿泊した事があって、俺も見た事がある』
「……そう。ごめんなさい、私はこういうのには疎くて……」
政治問題等の時事ネタはある程度、頭に入れているけれど
TVを見る習慣を植え付けられていない上に他者に興味は無い。
なので、理香は小野順一郎という人間を知らなかった。
小野順一郎が、小野千尋の父親だと知っているけれど
小野順一郎という人間が、どういう人物かは知らない。
だから自身を娘だと思い込んでいる小野順一郎という名前と素性は新鮮で、驚いてしまう。
ジュエリー界に華々しく居座る女と、
資産家の御曹司であり不動産王に君臨する男。
身分の差のある二人どんなきっかけで知り合い、接点があったのかは知らないが。
その接点がどんなモノなのかは掴めない。
職業も人間性も正反対で無関係な筈なのに、何故だろうか。
『実際、話すよりも、自分の目で確かめた方が良いと思う』
「分かった。ありがとう。調べてみる」
何故、不動産王は
ジュエリー界の女王とどんな接点で知り合っていたのか。
仕事の関係かとも思ったが、仕事関係でマスコミの目もあるといのに堂々と家に乗り込んだりしないだろう。
それに父娘の親子DNA鑑定の結果は違っていたのに
何故か順一郎は無関係な筈の理香を娘と思い込んでいるのか謎だ。
プランシャホテル、エールウェディング課。
椎野理香、と書かれた名前に浮かんできたのは、
凛とした端正な面持ちを持つ女性の姿。
健吾は眉間に指先を当て、少し塞ぎ込んだ。
(どうしてこんなに似ているんだ?)
椎野理香の容姿は、森本佳代子にそっくりそのままだ。
髪色だけ違う事以外は、森本佳代子がそのまま其処に居る様な感覚に襲われた。
名字も名前も素性も違う筈なのに、何故容姿だけがそっくりなのか。
健吾は、椎野理香を少し調べていた。
天涯孤独の身で、自椎野理香自身も自分自身の素性を知っているのかさえ知らない。
捨て子だったのか、元から施設に預けられていたのかさえも。
基、椎野理香の経歴さえも全くの謎だ。
捜そうにも、椎野理香の素性が解らない。
何故森本佳代子に生き写しの容姿を持ち、繭子を奈落へ突き落としたのか。
だが。
(_____今は、この人しか当たるしかいない)
三条富男との利害関係を成り立たせ、
森本佳代子の死の真相を露にする為には、彼女しかいない。
石井によれば、
椎野理香は相当、森本繭子に目をかけられ可愛がられていた。
誰も背を向けたJYUERU MORIMOTOの騒動の時さえ、彼女は繭子の傍に居たらしい。
(とんだお人好しだ。あんな社長に支えるなんて)
一番 森本繭子の傍に居たのだから、
何かしら森本繭子、彼女の事を知っている筈だろう。
けれど。
(何故、森本繭子の不正をリークして、奴を奈落へ突き落としたのか)
それが、唯一引っ掛かる。
謂わば椎野理香は、
森本繭子の不正をリークし、彼女の全てを壊した張本人。
最初から森本繭子とは接点はなかっただろうに。
あの女社長に可愛がられるのは難しい。
女社長に可愛がれていた筈の彼女が
何故、飼い主を裏切る、そんな真似をしたのだろう?
2018.6.29
数話表記にミスがございました。
現在は訂正しております。混乱された方々、
申し訳ございませんでした。




