第139話・危機感という名の衝動
理香を見る度に、繭子は憎悪が走る。
けれど、それと同時に理香に恐怖心と危機感を覚えた。
理香は相変わらず、頬笑みを浮かべたままだった。
何時もは冷静な無の表情が貼り付いたままだというのに、こういう時だけは頬笑みを浮かべる。
それは、嘲笑うかの様に。
何処か、意味有り気ながらも無機質で。
普段はその表情に微動すら見せないのに、時折にして笑いたがる。
…………不気味だ。
___その根性が分からない。
(____この女を、置いて置いたら、危険かも知れない)
咄嗟に防衛本能が働いた。
今の理香に、もう心菜の面影すら感じられない。
昂った感情と理香の存在感によって、無くなっていく余裕と自信。
「あんたは、クビよ! 二度とあたしの前に顔を見せないで!」
繭子が発した言葉は、意外な物だった。
あれだけ椎野理香に執着していたというのに。
鼠を摘まみ出す様に、繭子は理香を家から追い出した。
外界に追い出されてから、理香は空を見上げた。
薄紫色に混ざった淡い琥珀色。
浮かび上がりつつある陽。
朝帰りも甚だしいだろう。
髪を払いながら、理香は重たくなった瞼を伏せる。
(____やっぱり、殺されたのね)
闇の中で抱いた確信。
佳代子はやはり異父妹の策略によって、殺められたのだろう。
ショックは無いけれど、森本佳代子の死は決して不慮の事故死ではないと確証を得た。
ショックの代わりに
心の中で浮かび膨らんだ憎悪は止まりはしない。
(____これで済まされるなんて、思わないで。
私は貴女を苦しめて追い詰めるわ。……佳代子叔母の最期の事を白状するまで、ね)
理香は悪魔の住む館を冷めた目で見詰めた後で、
理香はふっと鼻で嘲笑い、踵を返した。
____JYUERU MORIMOTO 社長室。
社長室の玉座に座る女王は
頬杖を着き、険しい眼差しと複雑な面持ちをしていた。
目の下には深い濃い紫色の隈が浮かび、顔もかなり窶れている。
それを隠そうと、
ファンデーションを塗り直し重ねているが、何度塗り直しても隠れない。
ファンデーションを重ね、思い通りの結果が出ない事に焦り苛立った。
(何もかも、アイツのせいよ)
椎野理香。奴さえ居なければ。何も起きなかったのと後悔する。
今までは、椎野理香という人間をあれだけ欲していたのに。
彼女の人材に惹かれて、どんな手を使ってでも手に入れると思っていた。
結果的に彼女は、自分の懐に入った。
彼女は、貢献してくれただろう。
騒動で批判という名の世間の波に飲まれた時も、彼女は傍に居て支えてくれた筈だ。
それが、全て嘘だったなんて。
彼女が自分自身を破滅へ追い込んだ首謀者だったなんて信じたくなかった。
自身の懐に入ったと思い込んでいたけれど、
本当は真逆で彼女の手のひらで転がされていたのだ。
全ては、
椎野理香が仕組んだもので、自分は罠に嵌められてしまった。
あまりにも欲望が満たされた感覚に優越し幻想の夢に浸り、
その夢から覚めるのに遅過ぎた。
今の自分自身に残された物は何一つ残っていない。
一筋の欠片さえも。
全て、椎野理香に、奪われた。
(____どうして、あたしが……こんな目に遭わないといけないの)
悔しくて堪らない。
何故、高貴な華である自分自身が屈辱に晒され、惨めな思いをしないといけないのだろう。
まさか娘に潰されるなんて、思いもしなかった。
(___アイツを置いていたら、潰されてしまう)
繭子は理香に恐怖心と危機感を覚えていた。
理香に佳代子の事を知られてしまったのだ。佳代子という人間も、その末路も。
繭子から見たら森本心菜は何の取り柄も無い佳代子に似ただけの
小娘だったけれど、もう違う様だ。
椎野理香は、何かを知り握っている。
椎野理香を、自分自身の元に、
JYERU MORIMOTOに置いていたら、奴は何をするか分からない。
だからクビにした。自分自身から引き離さないと居られなくて、
屈辱に晒されてしまうと思うと耐えられない。
ある意味、それが繭子には恐怖すら感じた。
あれから数日経つが
あれだけ裏では暴れていた椎野理香は静かになった。
彼女をJYUERU MORIMOTOをクビにした事で、
彼女の華やかなキャリアに、彼女の顔に泥を塗った。
かなりの打撃を受けている筈だ。
椎野理香を傍を置いていたら、
自分の地位は益々、危うくなってしまうだろう。
身も心も森本佳代子にそっくりな女。
(__佳代子。
あんたは消えたのに、まだあたしを苦しめるというの……!?)
佳代子は消えた筈なのに、佳代子はまだ自分を苦しめている。
(姉なら、妹の幸せを祈ってよ…………)
(どうして、佳代子や心菜はあたしを苦しめたがるの)
ぎりりと歯軋りをしながら、爪を噛んだ。
だが。
椎野理香がこのまま大人しく黙っているとは思えない。
自分の地位を危うくし壊す者があれば、繭子の内心も静かにしては居られない。
自分の地位を危うなる前に、その邪魔者を消さなければ。
欲望と憎悪の、衝動に駈られていく。
(___あたしを貶めるなら、許さない)
ならば。
消してしまえば良いのではないか。
佳代子の様に、理香も……。
二人が一緒ならば、尚更。
繭子の口角が上がる。
その顔に浮かび上がるのは、悪魔の表情。
腸の憎悪が沸き出し、繭子は再び企みに支配された。
(__椎野理香を消さないと……)
椎野理香を消さなければ。
あの女にそっくりな、邪魔者を……。




