第137話・隠されていた陰謀の欠片
繭子の不幸は、二つだけ。
一つは、森本佳代子が異父姉だったこと。
二つは、森本心菜が娘だったこと。
それだけだ。
「あんたなんか、産むんじゃなかった……!」
繭子の本心に理香は嘲笑う。
嗚呼、何処まで自己中心的なのだろうか。
「そうよね。
貴女にとって、私は失敗作でしかないでしょうね」
「_____………!」
「自分だけ幸せになれれば、
満たされれば良いんでしょう、貴女は。
自己欲を満たす為に周りを潰して自分だけ幸せになろうと?」
冷静沈着で感情を出さなくなった理香の表情が読めない。
だが珍しく変わらず、その声音には熱が籠っている。
それが繭子には意外であった。
「いつもそうだったわね。
周りを蔑んで威圧して自分だけ幸せになる。___最低な女」
語尾にどす黒い口調を籠らせながら、理香はそう吐き捨てた。
理香の言っている事は的確だが、繭子は耳を塞ぎたくなった。
誰でも自分の不都合は認めたくはないのだ。
繭子が言葉を詰まらせ、
自信有りげな表情から不穏な表情に変わる。
理香はそれを分かりながらも、話を止めずに続けた。
「そんな貴女の本質を知らずに
振り向いて欲しいと操られ続けた私が馬鹿だったわね」
理香は蹴散らすかの如く微笑する。
それは強気な物言いながら、悟りつつも何処か後悔する様な
口調と寂しげな表情と眼差し。その表情は美しくも儚い。
それは触れれば壊れてしまう陶器の様に脆く映った。
「でもね?
私を責めるのは、お門違いではないかしら。
貴女の計画を潰したのは、貴女自身よ。
自分だけ幸せなろうと目論んだ、貴女の単なる身勝手な___“独りよがり”」
繭子の悲劇は、自分自身で招いたもの。
理香が責められる筋合いはない。
(私は、馬鹿だった)
愛されたいと
振り向いて欲しいという欲に渇れ、必死だったあの頃。
現在思い振り変えれば全てが無駄で、抱いた無垢な愛情の渇望は操り人形として
利用されすぐに泡として消えてしまう物だと。
「佳代子さえ消えれば、居なくなれば良いと思った?」
繭子は、黙って聞いていたが。やがて、
「アイツが!」
繭子は叫ぶ様に吐き出した。
繭子の目は血走り、表情は鬼の様な形相と血相に変わった。
まるで鬼が憑依したかの様に。
(____本性が出たわね)
やはり、この女は欲望の塊。
もう少し追い詰めれば、佳代子の事を吐き出してくれるだろうか。
理香は内心で微笑を浮かべつつ、冷めた眼差しで繭子に視線を向けている。
「佳代子が全部悪いのよ!
佳代子があたしの物を奪ってばかり。苦しめるの。
いつもあたしを惨めに晒すから……!あたしはいつも惨めだったわ。
佳代子が居たらあたしの存在が薄くなるばかり」
本夫の子として生まれた佳代子とは反対に、自分は愛人の子。
周りは、特に母親は___佳代子にばかり目をかけて、彼女の才能を称えた。
いつも主役は、自分自身ではなく佳代子。
佳代子がいる限り、一番にはなれない。
一番になり注目される事に飢えていた。そして、それを望んだ。
「……………自分の事を棚に上げて、
自分自身を悲劇のヒロインにするのね。相変わらずだわ」
ふっと、悟り笑う。
この女は変わらない。
「だからあの日、清々したわ。佳代子が消えたんだから。
あたしが、あれだけ用意した甲斐があるって」
「____…………え?」
理香は、呆然とする。
けれど、聞き逃しはしなかった。
(____“あたし”が用意した?)
用意した甲斐がある、とは何だろうか。
佳代子は不慮の事故死から命が奪われた筈だ。それなのに。
基本は不慮の事故死を、“用意した”とは言わないであろう。
仕事中、携帯端末に連絡が入った。
仕事の手を一端止めて、健吾は連絡の入った携帯端末を取り出す。
“______森本佳代子の家族構成の情報を送ります”
三条富男から送られてきたメール。
送られて来たそれは、自分自身が最も欲しがっていた情報だった。
森本佳代子の知り合いがあたれない以上、警察機関に頼るしか方法はない。
健吾はスクロールをしながら、内容を見る。
森本佳代子には、両親と7つ下の妹が一人。
“森本”という名字に目を遣いながら、健吾は注意を払いつつ見詰める。
名字は気になる為に、この件だけは見逃せない。
両親の情報を凝視した後に、妹の情報が映る。
“氏名:森本 繭子 事故当時:20歳
事故当時大学二回生。姉が事故死した日には大学の講義を終えて、友人の家に泊まっていた。友人宅から帰宅した翌日に姉の訃報を知る”
健吾は目を見開く。そして項垂れる。
森本という名字を怪しんでいたが、まさか予想が当たるとは。
……………………佳代子の妹が、森本繭子だった。
繭子の言葉を、理香は聞き逃しはしなかった。
理香は呆然としながら、繭子を見詰める。
「用意した?
用意したって、どういう事?」
もしかして。
あれは事故死に見せかけて、本当は違うのだろうか。
(___しまった)
理香に問いかけられ其処で初めて
繭子は、自分自身が口を滑らせてしまった事に気付いた。
つい感情的になり言葉を吐き出してしまったのだが、もう叫んだ言葉は仕舞えはしない。
理香は少し凝らした表情をし、険しい眼差しを向ける。
繭子ははぐらす為に睨んでみたが、理香には通用しなかった。
「____聞いてどうするのよ。あんたには関係無いでしょ?」
「関係無い? どうしたの、急に手のひらを返して。
私とそっくりな、憎い人間なんでしょう? 十分、関係と思うけれど」
「__あんたは知らなくて良いのよ!」
繭子は急に感情的になり、声を荒げた。
繭子の表情には明らかに焦りの色が、伺え始める。
明らかに怪しいと理香は内心で睨んだ末に、弱味に付け込んで身を乗り出した。
目の前には、
椎野理香が背筋が凍る程の微笑を浮かべ、首を傾けている。
「___知りたいの。私とそっくりな人だから。
貴女が私を壊す程に執着して憎んでいる事、見逃せない」
疑念が確信に変わる。
きっと森本佳代子は不慮の事故死で亡くなったのではない。
ならば。
「改めて聞くわ。
佳代子は“消えたのではなく”、“消したの”? __貴女が」




