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悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第9章・悪魔が仕組んだもの、天使の秘密
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第133話・協力者の悟り


もしも。

何もかも捨てて、違うものになれたのなら。

どれだけ幸せな事だろうか。



「薬で様子見ていたけど、

最近は頭痛に襲われる回数が多くなってさ。

いよいよ意識も保てなくなってきたんだね」

「…………それで、倒れたの」

「うん。ごめん。 色々と迷惑と面倒をかけて」


遠くを見詰める様な眼差しで、芳久は話を終えると俯いた。

理香は目を伏せつつ首を横に振り


「迷惑だなんて、思っていないわ。

こちらこそごめんなさい。何も気付いていなくて」

「大丈夫。俺が気付かれない様にしていたんだ。理香が謝る事なんて何もないよ。


それと、ありがとう。色々と面倒を見てくれて」


そう告げると、芳久は薄く微笑んだ。


このせいか。これが原因だったのか。

青年が雰囲気が今までと違うと、更に儚く映ってしまったのは。



全てを知った今は、なんだかその微笑みが儚く遠くにある様に見えた。

芳久はどう思っているのだろうか、病気の事を。

そしてどうするつもりなのだろう?







凍えてしまいそうな程に、空気が冷たい。

今年の冬はかなり冷え込むらしい、と聞いていたので腹は括っていたのだが。

眼鏡を外して一息着いた後で、健吾は項垂れた。

三条の要望を聞き入れてから数日が経つ。



自室の部屋に籠ったままの健吾は

森本佳代子の事故死の事で、頭を悩ませていた。

机に座り込み、傍らに置いた辞書の様に積み上げられた束の紙を取り

健吾は自身が探り見付けた情報、富男から貰った情報を見詰めていた。

それは紙に穴が空いてしまうのではないかという程だ。


しかし。

森本佳代子に纏わる取巻きの環境や関係者は、皆無、又は少ないに等しかった。

情報資料を見詰めても、森本佳代子は真面目一筋の女性としか言い様がない。


都心から離れた片田舎の一般家庭で育った4人家族の長女。

学生時代は常に成績トップの成績優秀で何時間も掛けて

都心にある女子校に通い、学業の傍ら、大好きだったバイオリンの習い事に打ち込んでいた。

大人になってからは、バイオリンの才能が認められたのもあり

音楽劇団にスカウトを受け、ホテルのコンシェルジュとして働く傍ら、劇団で腕を磨いていたという。


それだけだ。

ただの“森本佳代子”としての情報だけ。

穏和で優しく人当たりの良い人柄である彼女に怨恨等は有り得なく考えられない、民家に強盗が入ったというのは尚更、考えづらい。

やはり偶然に起こってしまった不慮の事故死だけなのだろうか。


森本佳代子の事故死を取り扱った人間とは、連絡が取れないと富男も言っていた。

自分自身も彼女の事故に関わった人間として三条富男に連絡が来た。

なんとも自分自身が最後の砦だったのだとか。



健吾自身も地道に森本佳代子に関係する連絡先、場所を

探っては見たが、電話をかけても、自ら足を運んでも

森本佳代子の関係者は見付けられない。


(カラクリなのか、それとも本当に偶然か?)



“森本”という名字に視線を向けた時、

健吾は個人的に気分的な不快感を覚えた。



森本。森本………あの女の名字と一緒__。

一瞬だけ脳裏に“あの女”の顔と姿が浮かんで、また気分が悪くなる。

自覚してしまった不快感はきっと気のせいではないだろう。

浮かんだ人間の姿と不快感を健吾は首を横に振り、否定しながら、掻き消した。


(____嫌だな、忘れた筈なのに)


もうずっと、思い出していなかったのに。

けれど其処ではっとして、健吾は思う。


(まさか……?)


違う。単なる偶然だ。自分自身が神経質になっているだけ____。

しかし、健吾の中でどうも“森本”という名字が引っ掛かる。

否、違う。自分の思い込みかも知れない。

だが浮かんだ思いは無性に気掛りになっていく。



次いでに“あの女”が言っていた言葉を思い出した。


『姉が居たのよ』


“あの女”には、姉が居たらしい。

森本という名字のワード。よくある名字に見えるが、世の中は広い様で狭い。

まさかの坂がある、という事だって有り得るのだから。



まさかと思いながら、半信半疑の気持ちを抱えて

健吾は携帯端末を取ると健吾は富男に電話をかけた。


「こんにちは。三条さん」

『はい、どうしましたか。白石さん』

「資料を色々とありがとうございます。全て目を通しました。

________それで一つお願いがあるのですが」


『はい、何ですか?』

「森本佳代子さんの家族構成の情報を居ただけないでしょうか。当時の物で良いので」

『ほう。分かりました。早速用意します。

家族構成の原本をお送り致しますが、郵送だと遅くなると思うので、分かり次第メールを送ります』

「ありがとうございます。お願いします」


通話を切った後、健吾はコートを持って外へ出た。

もしかして、という自分自身だけ持つ心当たりだけにすがり頼って地を蹴る。



それは、“森本”というワードを見逃す訳にはいかない気がしたからだ。





青年が意識を取り戻してから数時間。


色々と知って自分自身の事に、目を向けられた。

意識を失って目覚めるまで2時間が過ぎていた事、

もう陽が落ちて、夜が深まって来ている事。



「あのさ、理香。

勝手だけどこの脳腫瘍がある事は、黙っていて欲しいんだ。

周りにもし知られたら、大事おおごとになるだろうから」

「…………そうね」


芳久の言う通りだ。

もし理事長の耳に入ったりすれば、秘密では避けられない。

理香は丁度、ストックとして鞄に入れていた500lmのペットボトルの水を差し出す。


「………大丈夫よ。誰にも言わないわ。絶対に秘密にする。

だから今はゆっくり休んで?」

「ありがとう」


頭痛は治まっているらしいが、油断は出来ない。

他人の領域に土足で踏み込む趣味も思いも無いが、

青年はこれからどうするのだろう。どうするつもりなのだろう?

そんな思いが理香の思考回路を巡った。



少し躊躇ったが、理香は恐る恐る尋ねた。



「………ねえ、芳久」

「うん?」

「干渉はしないわ。今は休んで欲しい。また倒れたりして欲しくないもの。

けれど、腫瘍は進んでいるのでしょう?」

「うん」


芳久の手も止まる。

何故なにゆえ、幼少時から培われてきた勘には鋭い為、

相手がどう来るかはなんとなくだが分かった気がした。



「芳久は…………どうするつもりなの?」

「どうって?」


背を向けているせいで、互いに表情は見えない。

だが。理香の言葉は微かに震えている。


「お医者が言っていたわ、腫瘍の進行速度は早いと。

このままでは普段通りの生活も失われる。

幸い今は脳腫瘍のみで、他の臓器には転移していない。


今、手術すれば助かる確率があると。

……手術を受ける意思は無いの?」



「無いよ」


理香の言葉を斬り棄てるかの如く、芳久は即答した。

問いかけに身を乗り出した彼女は自然と体ごと青年の方へと視線が向く。

彼を見てみれば相手は悟り切った表情を浮かべていた。


「俺、もう十分なんだ。

高城家に関わるのも、プランシャに束縛されるのも。

生きていても俺に自由な将来は無い。だから。

手術を受けずにこのまま死を待つつもりだ。


俺には理香にみたいに戦う勇気も、抗う姿勢もない、

所詮は弱虫な人間なんだよ」

「………………」


彼は正に、鎖に包まれた鳥籠に閉じ込められた自由のない鳥。

確かにそうだ。プランシャホテルの息子である限り、

あのプランシャのしがらみから抜け出せない。


そう思えば、理香も納得出来た。


だが。


悟り切った言葉を並べる芳久に、理香は言葉を失った。



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