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悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第9章・悪魔が仕組んだもの、天使の秘密
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第132話・霧の沈黙



プランシャホテル。

誰も居就かぬ、廃棟の一室。

カーテンが締め切られている影響もあり、今が昼か夜かも分からない。

けれど、確かめる気までに視線が行かない。



其処で彼女はベッドの傍らに立ち佇んでいた。

時間がどれくらいに経ったという実感も、目も行かないくらいに。

部屋の空気も変えなければとも思っていたが、体は動かない。



新しく冷やしたタオルを

青年の額に、静かに当てると理香は目を伏せる。

病院から逃げ出して自室へ帰ってしまったが、芳久はまた倒れてしまった。


(…………顔色が悪いわ。疲れた顔をしてる、どうなのかしら……)


あれから痛みを訴えて、再び意識を失ったが

今までの事を、思うとまた長く眠りに就いてしまうのだろうか。

固く瞳を閉じた青年の寝顔を見詰めた。


尋常でもない、危機が迫っている事は分かっている。

けれど。手術をするも病院で戻るも、全ては芳久の意思で決めるもので、理香が独断で行動して良いものではないのだ。

けれど、芳久本人は何も望まないらしい。


手術も。

生きることも。


青年はただ惰性と、諦観で息をしている。


青年がいる事

理香にとっては日常で、あわよくば当たり前であった。

社会人となり会社に入社して初めて出来た友人であり、同僚。

そして自ら率先し、復讐の協力者となってくれたのだ。

彼はかなり力になってくれていた、芳久が居なければ

自分自身一人では出来なかった事もあるだろう。


色々と心配をかけた。

けれど自分は芳久の身が危うい事も、芳久の事も何も知らなかった。


(___私は貴方の事、何も知らなかった)


家でも、会社でも気を抜けない日々だろうに。

それを彼は理不尽さに耐えて、父親に忠実に従ってきた。

それを知っておきながら、自分は復讐しか見ずに、彼に要らない背負わなくて良い重荷を背負わせてしまったのだ。

理香は呆然と、青年の目覚めを待ちながら、自分自身を悔い責めた。


(……………時間はない)


余命宣告を告げられという事は、彼の死の迎えは刻々と迫って来ている。

このままで居れば必ず、確実に。




(___私も、疫病神よね。貴方の、)




「………………」


「……………う」



微かに指先が動いた。

傍らに座り俯き青年を見詰めていたが、指先が微かに動いたのを理香は見逃さなかった。


「……………」


ゆっくりと開かれた、灰色の双眸。

その瞳が彼女へ向いた瞬間、青年は呟いた。



「____理香?」








『____お掛けになりました番号は、電源が切られているか、電波の届かない所に___』



苛立ちがまた一つ生まれ、昂って行く。

これで何度目だろうかと思いながら、繭子は身を投げる様に乱暴に社長室の玉座に腰掛けた。


机を指先で書くと、歯軋りを一つ。



「なんで、電話に出ないのよ。心菜……」


椎野理香が突然、無断欠勤をし姿を消して数日。

十回、何十回と椎野理香_心菜に電話をかけ、繋がろうと試みるが、連絡は一向に繋がらない。

聞こえて来るのは、決まった無機質な台詞。

それももう聞き飽きてしまった。


(小娘のあんたに、あたしをシカトする権利なんて無いのよ……)


椎野理香は、心菜は、徹底的に無視に走るらしい。

早く捕まえなければ逃げられてしまう__と怒りにも似た焦燥感を繭子は覚えていた。

どんな(トラップ)




繭子の腸にある理香への憎悪が増して行った。




意識が戻った。

理香は安堵を覚えながら、冷静な声音で尋ねる。


「___芳久? 此処が分かる?」

「…………うん。全部覚えているし、分かるよ………」

「気分はどう? 頭痛とかは………」

「今は大丈夫」


記憶も鮮明に思い出した。

そうだ。自分を捜し回ってくれた彼女は最終的に此処に行き着いて、代わりに自分自身に余裕が無いせいで、彼女に知られたく無くて、きつい言葉を浴びせたか。


___そう思うと、気不味いが。


(____理香に知られてしまったんだ)


自身の病を。

それだけは、悟った。

知られたくなかった。無害な協力者で彼女を見守っていたかった。

母への復讐しか目に見えない彼女に、他の色等、心配なんて入れたくなかったのに。



けれど。


「さっきは、怒鳴ったりしてごめん。

理香はずっと面倒を見てくれたのに」

「………………そんな事位で気にしなくて良いわ。貴方も色々あるだろうし」


くるりと背を向けて、再びタオルを冷やす理香。

彼女の表情も態度も常に通常運転で変わらないからか、相変わらず真意は読めない。

身を起こした芳久は、己のてのひらを見詰めると、視線を落とす。


(___いよいよ自分自身でコントロールが利かなくなったんだ………)


もう突然の頭痛に苦しみ、意識を留める猶予もない。

それを自覚した瞬間に、病魔が蝕んでいる事、それに加えて死を実感すらした。

余命宣告の通り、このまま迎えれば、自分自身は確実に死ぬだろう。


「……………理香は、」

「…………………」

「知ったんだろう? 俺の病気の事を」

「……………ええ。全部」


タオルを冷やし直していた時

理香は視線を俯かせ、少し躊躇い黙った後にそう頷く。

微動ひとつしない冷静沈着な理香の言葉に、芳久は悟り、話始めた。



「何ヵ月か前、ずっと頭痛が続いて内緒で病院に行ったんだ。

単なる偏頭痛かと思っていたけど、其処で脳腫瘍があると告げられたんだ」

「………………そう」


それは、まるで昔話を語る様に。

悟った表情と眼差しをする青年の話を、彼女はただ聞いていた。



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