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悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第9章・悪魔が仕組んだもの、天使の秘密
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第130話・漠然の消えた姿



闇の中で、ただ無機質な音だけが響く。

他には何もない。真っ暗な闇に佇み、呆然としていた。


不意に目を開けた。

目を開けて見えるのは真っ白な、澄み切った様な天井。

闇に居た頃に染み着き慣れた、無機質な音。


そして青年は気付いた。



自分が沢山の管に繋がれ、ベットに眠っている事に。


頭の激痛が今は柔いでいる様に感じる。

酸素マスクの存在に、ふと上げた腕には、点滴の管。

憂いた眼差しで、芳久はそれを見ると悟った表情で、だらんと腕を元に戻す。



記憶を辿れば、確か自分は喫茶店で倒れた、だったか。

薬を飲む猶予もないくらいに、自分の身体は限界まで行き着いているらしい。



あれからどれくらい時が経ったのだろう。

今、自分の現状を見ればきっとあれから病院へ運ばれたのだろう。

たが、倒れた直前の記憶は、まるで誰かが盗んだかの様に、綺麗さっぱり抜け落ちていた。


キョロキョロと辺りを見回せば自分以外誰も居ない。

ゆっくりと身を起こした後、


(___いつまでも、此処に居る訳にはいかないよ)



病気の事は、自分自身しか知らない。

誰かに悟られてしまったら、その時点で終わりだろう?

それは不味い。避けてしまいたい事だ。


幸いか否か痛みは柔いでいる。だからこそ今の内に。

浮かび上がった考えに青年は酸素マスクを離し、身体中に繋がれていた管を引き千切った後に、すぐに行動に移した。






辺りは心身と凍えてしまいそうな、冷たい外気。

寒い真冬の冷たさを乗せた淡い風が頬に触れ、思わず身を竦めてしまいそうだ。


けれど、今の理香にそんな寒さに構う暇はない。

彼女は陽が落ちた夜空の下で、所構わず地を蹴り走り回っていた。

理由は__青年が、病室から姿を消したからだ。



(____何処に行ったの……?)



ずっと付きっきりで、理香は芳久の傍に居たが

日暮れ時、少しだけ芳久の傍から離れた。

病室へ戻ってきた瞬間、病室は、ベッドの上は蛻のもぬけ状態で、在るのは無残に引き千切られた管の痕だけ。


すぐにナースコールを押して主治医に伝えた。

病院は入院患者が消えたと騒動になり、主治医は騒然としたが__。


『引き千切られたみたいですね。客観視でしかありませんが

これは、自分で引き千切った可能性が高い。

自分自身で逃げ出したのかと』

『…………………』


自分自身で、逃げた。

けれど、あの身体が衰弱している青年に出来る事だろうか。

体力面では身体は悲鳴を上げ、衰弱しているのだろうに。

理香はふと芳久の置かれている環境、彼の要望を振り返り思い出した。


脳腫瘍を患っている事は、自分自身だけの極秘。

誰にも明かさない、伝えないでくれという要望だった筈だ。

現に彼の病状は担当医と、居合わせた理香しか知りえない。


彼が自分自身の病状を誰かに知られれば、厄介になる事を知っていたからだ。

自分自身が一番、自身を悟り理解していた。




(また、倒れたりしたら……)



心配が過る。



また、苦しみながら倒れてしまったら?


今も尚、苦しみの中に居たら?




無論

病院内、その周辺を探したが青年は見付けだせなかった。

二人で訪れた場所、見境なく捜し回ってみるが、青年の姿は見当たらない。

___だが。



(____私、何故、必死になってるの?)



他者には干渉も、元々から興味なんて無いのに。

誰にも関心を示さないまま、生きてきた筈なのに。

ならば何故、他人の事は気掛りになるのだろう?

…………不思議だ。





空は星一つもない、濃紺の夜空。

窓からその景色をぼんやりとしたまま、空を見詰めて青年は、その目を伏せた。



あの後、

素早く検査着から元々着ていたスーツに着替えて、

荷物を持ち周りの目を盗んでこっそり病院を逃げ出した。




何度か頭痛で倒れかけた。

けれど意識だけは繋ぐ様に、歯を食い縛り意識を留める。

だが。残っていた少ない体力と気力で振り絞りこっそりと、

プランシャホテルの廃棟、自室に戻ってきた。


病院に居る訳にもいかない。

暫く此処で静かにしていよう。そしてまた普通に戻れば良い。


そう考えた所で、思いが止まった。

けれど。薬を飲む猶予すらない程に痛みに襲われ、倒れたのだ。


それだけ病魔が侵食しているのだと実感した。

確実に病状は進んでいる。振り返った瞬間、今まで通りに、普通ではいられないだろう。


思考に思い浸っていた時に、

コンコンとノックの音がして我に返る。


此処には、廃棟には誰も来ない筈だ。

廃棟に入る前に念入りに周りを見回し、誰もいない事を確認した。

寂れ廃墟と化した此処は誰も訪れないし、自分が居る事も知らない筈なのに___。




「……………芳久?」




凛としながらも、控えめな声。



この声は間違いなく、椎野理香だ。




『_______芳久?』



その瞬間に、脳裏にフラッシュバックし思い出した。

自分自身が最後に倒れた瞬間、意識が途切れる前の事を。

意識が途切れる寸前に聞こえた声は、彼女だ。


激痛が走る思考の中で、芳久は悟りを開く。



理香に知られた。


「芳久? 居るなら、返事をして……」


「________来るな!!」



咄嗟にそう返した。

ドアの前には心配な面持ちで、理香が居る。

最後の砦、手掛りに間違いはなかったらしい。やはり青年は自力で自室に戻っていたのだ。

理香は驚きと共に、青年の所在が掴めた事に安堵する。


「___見つかって良かったわ。今は……大丈夫なの?」

「………………………」


理香の問いかけに、芳久は黙る。

暗い空間に、沈黙が流れた。

だが。


「気持ちは分かる。干渉はしない。

けれど、此処で会話していたらバレてしまう。貴方への渡す預かり物も預かっているの」

「じゃあ、其処に置いて行って____………」



鍵を解錠して呟いたその瞬間、

稲妻の如く、頭に激痛と衝撃が走る。

熱さ、猛烈な痛みに襲われ、うずくった。

芳久の微かな呻き声に気付いた理香は何度か、ドアをノックした後で、青年が開けようとしたドアノブを引く瞬間を狙い、と突撃する様に開けて入った。






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